最悪の作品
清水さゆり。
私について、一言で言うなら漫画家だ。
もちろん、清水さゆりという名前はペンネーム。
世間でも知られてる方の漫画家だと思う。
カリカリッ
正直、みんな私のことを過小評価している。創作の世界では一度だって当てるのは難しい。それなのに、やってもないのに否定ばかり、あーだこーだと偉そうにダメ出しばかり。一発屋?一発当ててから言えよ。
むかつく。ろくに努力もしたことない奴ばかり。直接文句を言えない意気地なしども。
シャーッ カッ
そんな奴らの機嫌を取って作品作って何がたのし...
「...んせい、先生!」
「っ‼︎ ...はぃ」
「このページ、これで良いですか?」
「.......」
「早くしてください。時間ないんで。」
「.........だったら良いです。...自分でやります。」
「ッチ。じゃあお願いします。」
作業場に嫌な沈黙が流れる。
そのすぐ後に聞こえるか聞こえないかの声で私への悪口が始まる。
(な、言ったろ、あの人に言っても無駄なんだって)
(指示できないとアシスタント雇う意味ないだろ、一発屋のくせに調子乗りすぎだって)
(前の現場の方が100倍やりやすかったな)
相手が言い返さないと思って調子に乗りやがって。他の現場では作家にへいこら媚び売ってるくせに。
あまりに抑えられない苛立ちと居づらさから、机の上のスマホ、キーなど必要そうなものをポケットに突っ込み作業場を飛び出した。
時間がないってわかってる。
だけど別にしたくてしてる仕事じゃない。
...全部担当編集がわるいんだ。
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(半年前)
「さゆり先生、完結した『異世界放遊録』、メディアミックスも好調です!いやぁさすがですね!」
担当編集がご機嫌で話し出す。
ごまをすってるのか、貶しているのか、どっちとも取れるこの話し方が私は苦手だ。
「..そうですか..よかったです...」
空気を読まず、ニヤッとした顔で続ける。
「実は次の作品についても編集部でアイディアが出てて。昨年ヒットした『偽物の恋』の原作者の吉田シオンさんの新作が発表されるんですよ!さゆり先生の絵が合うんじゃないかって話になってですね」
「いやいや、恋愛ものなんて絶対嫌ですよ」
「あくまで作画だけなんで!原作は難しくても絵柄が合うから大丈夫ですよ!作者のシオンさんも是非って言ってましたよ!」
「っ!勝手に話進めてるんですか?」
「いやまぁ可能性の話で伝えただけですよ、無理強いはしないです。..でも次の構想も全く立ってないって言われてたから、新しい挑戦としてもやってみましょうよ。ほら『異世界放遊録』でもヒロインとのキスシーンとか書いていたじゃないですか」
「『異世界放遊録』を恋愛漫画なんかと一緒にしないでください!あのシーンは葛藤の上でそれ以外に互いを確かめ合うすべがなかっただけで....とにかく絶対に断ってください!」
そう言って話を半ば強引に打ち切った。
渋々帰った担当編集だが、私は悪いとは思わない。
次の作品が少し詰まってるからって恋愛漫画の作画を押し付ける方が信じられない。
恋愛なんて興味がないし、気持ち悪いとさえ感じる。
とはいえ、そこから数日経ったが、新しい作品のイメージは依然としてなにも思いつかなかった。
ふと忘れた頃に、SNSを意味もなく見ていると衝撃の文章が現れた。
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吉田シオン:大好きだった清水さゆり先生が私の新作に絵を描いてくれるらしい!最高!
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心拍数が高鳴り血の気が引く。
次の日にはネットニュースのトップに記事が並ぶ。
【期待の新星がコラボ!シオン×さゆりが描く新時代の恋愛物語】
...逃げ場がなくなった。
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作業場を飛び出し、とりあえず歩く。
一番近いコンビニを通り過ぎて、意味もなく踏切を超えた先のコンビニを目指す。
描きたくない作品。
何かを聞かれても何も答えられない。
正解がわからない。
恋愛なんてしたことない。
子供の頃から好きなジャンルはファンタジー。剣と魔法。少女漫画は読んだことはあるけど、恥ずかしくてちゃんと読めない。
中学、高校で周りは恋愛話ばかりの中、自分はひたすら絵を描いてきた。だから今がある。
恋愛してないと人間じゃないのか?そこまで言われないとダメなのか?
色んな言い訳、日に日にぎくしゃくする現場、追われる期日、ぐちゃぐちゃの感情と自己嫌悪の渦に襲われる。
踏み切りで止まり、スマホを取り出す。SNSを見ながら、ふと、一つの投稿に目がいく。
子供の頃好きだった『マーブルランド』の作者の訃報。
たしか私が8歳のときに25歳だったはず。いまはおそらく40歳。そんな歳じゃないのに...
さっきまでの気持ちのぐちゃぐちゃが、一瞬寂しさで塗り替えられる。
踏切が上がり携帯片手にそのまま進み出す。
マーブルランド最後に見たのはいつだっけな、単行本を全巻揃えて定期的に読み返してたな...
ーーファァン!ゴゴゴォォォ!!!!
ふと右を向くと、完全に踏切が上がったはず線路から、迫り来る大きな壁(電車)を見て、思考が止まった