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亡国のステラリア  作者: 黒瀬 行杜
第一章
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第一章 第八節「試される意志」

魔法使いとしての一歩を踏み出したエル。

その朝、マリアは彼を連れ出し、あらためて“火”という魔法と向き合わせます。


揺らめく炎は、ただ熱を放つだけではない。

それは、内にある“意志”を映し出すもの。


師の教え、初めての失敗、そして――魔法に宿る理の深層。

静かな対話と、確かな実技の中で、少年は次なる段階へと進みます。

空は高く、雲は薄く。

風は静かで、陽光はまだ涼しい。


マリアの小屋の裏手にある広場――そこは、木々に囲まれた土の空き地だった。


「さあ、やってみなさい」


マリアの声に、エルは静かに息を整えた。

両手を前に掲げると、掌の奥に小さな火球が現れる。


「はっ!」


放たれた火球は空を裂いて飛び、一直線に木の杭へと突き刺さった。

轟音とともに炎が爆ぜ、杭の半分が吹き飛ぶ。黒煙と焦げた破片が空中を舞った。


「うん、命中率も出力も……初めて会った日とは段違いね」


マリアは腕を組みながら、ふっと目を細めた。

その表情には、思っていた以上の成長を見せられたことへの驚きと、

確かな手応えが混ざっていた。


「そろそろ次の段階ね、応用を見せるわ」


そう言うと、マリアは手をゆっくりと地面へ向けた。

次の瞬間、大地が唸りを上げた。

空き地の中央に細かい亀裂が走り、地面が裂けて盛り上がっていく。

隆起した土の壁が音を立ててそびえ立ち、まるで戦場の障壁のようだった。


「この土壁がどうなるか――見てなさい」


マリアは無言のまま歩き出し、エルの横をすり抜けて、空き地の中央――

先ほど隆起させた土の壁の手前に立った。


彼女は右手を軽く掲げると、小さな火球を作り出す。

だがその火は、さっきのように揺らめいてはおらず、ぴたりと静かに燃えている。


「これは、ただの火。でも――意志を込めれば、こうもなる」


マリアは土壁の根元に向けて火球を放った。

それは弧を描いて飛び、ぴたりと目標に命中した……ように見えた。

――だが、何も起きない。


「……え?」


エルが思わず息を呑む。


火球は消えた。煙も爆音もなかった。

ただ、地面に触れた火が、跡形もなく消滅したように見えた――その瞬間。


土壁の根元から、烈火が噴き上がった。

轟音と共に、燃え盛る火柱が空を裂く。

まるで地中に潜んでいた炎が、一斉に牙を剥いたかのように。

熱の奔流は壁を飲み込み、焼き尽くし、削り落としていく。

抗う間もなく、土の障壁は一気に崩れ落ちた。


そして、再び静寂が訪れたとき――そこには、もう何もなかった。

炎も、壁も消え去っていた。

残されたのは、黒く焼け焦げた裂け目と、わずかに燻る大地の匂いだけ。


マリアは振り返り、言った。


「“焼き払う”火球ではなく、“消し去る”火柱――応用とはこういうこと。

……分かったかしら?」


エルは返事もせず、ただ瞬きもせず、その光景を見届けていた。

マリアはさらに続ける。


「大切なのは、“揺るがないこと”。どんな状況でも魔力を安定させ続ける集中力。もう一つが、“イメージすること”。その魔法で何をしたいのかを思い描く力」


「イメージ、ですか?」


エルの問いに、マリアは頷く。


「そう。“ただ撃つ”だけなら獣でもできる。 でも、魔法は意志の力。“どうしてそれを放つのか”を自分の中で定めなさい」


エルは再び構えを取り、小さく息を整えると、火球を練り始めた。


だが、その途中。

遠くで鳥が羽ばたく音が響き、エルの指先がわずかに震える。


魔力の流れが乱れ、火球が手の中で不安定に揺れた。

慌てて放ったそれは標的から逸れ、真っ直ぐマリアの方へと向かっていく。


「危ない!」


エルの叫びと同時に、マリアはすでに火球を放っていた。

火と火が衝突する寸前――彼女の目がわずかに見開かれる。


(……おかしい)


火球がぶつかり合う刹那、マリアは直感した。

このままでは押し負ける。確かにエルの魔力に合わせて出力したはず――なのに、あの火には、別の“何か”が混じっている。

目に見えぬ力の歪み、意志を超えた“何か”が。


即座に判断を切り替え、マリアは放った火球にさらに魔力を注ぎ込む。

火を以て火を包み込み、飲み込み、無理やり爆ぜさせる。


乾いた爆音が空気を裂き、訓練場の一角に黒い煙が立ち上る。

風に乗って灰が舞い、地面には黒々とした焦げ跡が残されていた。


「……何やってんのよ!」


鋭い叱声が響く。


「集中、って言ったでしょ。たかが鳥の羽音で乱れるようじゃ、まだまだね」


エルは悔しそうに唇を噛み、目を伏せた。

だがマリアの表情は、わずかに陰りながらも冷静さを崩していなかった。


(今の……あれが、“星”の力?)


そう考えても、彼女は何も言わなかった。

代わりに、いつもの口調で言葉を続ける。


「失敗はいいの。気づけるなら、次に繋がる」


その言葉に、エルはもう一度火球を構えた。


(……何をしたいのか)


答えはまだ見つからない。けれど、それでも彼は火に“意志”を込めた。

その姿を、マリアは静かに、しかし慎重に見つめていた。


* * *


朝の空気がまだ澄んでいるうちに、ふたりは木陰に腰を下ろしていた。

エルは掌に小さな火を灯したまま、名もなき光に静かに向き合っていた。


「……今日は、もう一つ話しておこうかしらね。今のあなたには、少し早い話かもしれないけれど」


マリアは空を仰ぎ、ゆっくりと語り始めた。


「魔法の中には、理屈で割り切れないものもあるの――限定魔法(リミテッド)って呼ばれてる。使える者は極端に少ないし、体系として確立されていない。制御の手法も特殊で、元素魔法(エレメント)とは根本的に両立しないの」


「両立……しない?」


エルの疑問に、マリアは静かに頷く。


「“星”ってやつも、その一種とされてる。……あくまで私の理解だけど。魔法教会(オルド・マギカ)でも、正確には定義されていない。あるいは“異端”として封印されたか……」


彼女は視線を空に向けたまま言葉を続けた。


「いずれにせよ、星の魔法を扱えるなら、元素たちには拒まれるはず。身体が受け付けないか、魔力同士の干渉が起きて自壊する。……だから、教本にも載っていないのよ」


少し間を置いて、彼女はふっと笑みを浮かべる。


「……でも、前にも言った通り魔法というものは、“なんでもあり”なのよ。理論外の現象なんて、この世界にはいっぱいあるのよ。“例外”があるたびに、歴史は塗り替えられてきたの」


エルは小さく息を吐き、前を見つめた。


「……僕も、例外なんですか?」


マリアは答えず、代わりに問いを返す。


「“調和の環”、覚えてる?」


「……はい。火は風を纏って“雷”を起こし、

地は火に鍛えられ“鉄”と化す。

水は地を潤して“樹”を育み、

風は水を包んで“氷”へと昇華する――でしたね」


「そう。じゃあ、私がさっき使った元素魔法(エレメント)は?」


「火と地、です」


「正解。じゃあ、その二つから生まれる複合魔法(フュージョン)は?」


一拍置いて、エルは答える。


「……“鉄”」


マリアは満足そうに頷いた。


「その通り。――じゃあ、実際に見せてあげる」


ゆったりと立ち上がりながら、彼女は手を地面へと向けて掲げた。

その掌に、赤い揺らめきが灯る。

燃え立つその光を、大地へとまっすぐ押し付けた。


瞬間、地面が淡い光彩を放つ。

そして甲高い金属音とともに――一本の槍が、せり上がってきた。


灰銀色の槍身。赤熱を帯びた穂先。

火と地の融合が生んだ、鍛鉄のごとき魔法の槍だった。


「これが、鉄の複合魔法(フュージョン)。今回は“槍”として具現化してみたけど、昔の人はこれを“錬金術”とも呼んだのよ。今は魔法協会(サークル・アーク)の体系に組み込まれて、名前だけ残ってるけどね」


マリアの声は平坦で、それでいて誇らしげに聞こえた。

エルは目を見開き、槍の輝きに言葉を失っていた。


マリアはその槍を無造作に持ち上げ、くるりと回す。

彼女の魔力が通ったそれは、重さを感じさせないほどに自在に動いた。


「私の魔力で成した槍だから、当然私には馴染む。けど――」


彼女は正面に立つ樹木へ向けて、槍を突き出した。

鈍く、重い音が響く。

引き抜いたその刹那、木の幹には深く抉れた傷痕が刻まれていた。


「槍としての質量も、ちゃんとあるってこと。……どうかしら?」


マリアが柄の根元を軽く叩く。

次の瞬間、鉄槍は実体を失い、空気に溶けるように霧散した。


「いい? この複合魔法(フュージョン)だって、かつては例外の魔法と考えられていたの。でも、今は一般化されて、多くの魔法使いが使いこなしてる。だから、自分の魔法が例外とか、そうじゃないとか、そんなことで心配しないこと」


エルは、黙って頷いた。


「もう一度言うわ。大切なのは、“揺るがないこと”と、“イメージすること”。」


彼女の瞳は真っ直ぐで、そしてどこか温かかった。


「揺るがずに思い描いたものは、意志になる。そしてその意志は、きっと――あなたを助けてくれるわ」


「はい」


エルは、もう一度頷いて、今度ははっきりと答えた。

胸の奥で、名もなき“意志”の輪郭が――静かに、芽吹き始めていた。

「意志」、それは魔法の根源。

ただ放つのではなく、なぜ放つのかを知ること。

この節では、マリアの視点から見た“魔法の本質”と、星にまつわる禁忌の片鱗が語られました。

そして複合魔法――異なる元素が交わることで、生まれる新たな形。

その一端に触れたことで、少年の中にまた一つ、小さな種が蒔かれたのかもしれません。


次回、少年は再び“剛剣”イエロのもとへ。

そこで語られるのは、星についての一つの真実。


6/19(木)6:00頃の投稿予定となります、お楽しみに!

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