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亡国のステラリア  作者: 黒瀬 行杜
第五章
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第五章 第七節「合点がいったさ!」

雪風がやみ、白い平原の真ん中に沈黙が落ちた。

老竜スレイヴァンは巨大な頭を垂れ、ワシリーサはその横で腰に手を当てていた。

外套に積もった雪をぱんぱんと払い、彼女はいつもの調子で笑う。


「とにかく有名な人……で、いいんだな?」


オズが半ばあきれたように呟く。

ジゼルは腕を組み、少し考えてから答えた。


「少なくともローレシアとその周辺じゃね。ただ――」


「ただ?」


「ワシリーサが生きた時代は、今から三百年近く前の話よ」


「三百っ……?」


オズが素っ頓狂な声を上げる。

ジゼルは苦笑して肩をすくめた。


「だから、この“自称ワシリーサ”が騙りの可能性も……なくはないわね」


「またこそこそと言いなさんな!」


少し離れたところから、耳に突き刺さるような大声。


「何でも聞けばいいわな!」


「ワシリーサさん、ごめんなさい」


エルが慌てて前に出た。


「僕とオズはあなたのことをよく知らなくて、でもジゼルが言うんです。あなたは三百年前の人だって」


エルは真っすぐにワシリーサの目を見つめる。

不思議な緊張感に包まれ、オズは固唾を飲んでいた。


「……黒髪の坊や、今は何年だ?」


西方世界(ユーロピア)歴で五九八年です」


一瞬の沈黙。風が止まり、雪の粒が舞う音だけが残る。

ワシリーサはしばらく空を仰いだまま固まっていたが、次の瞬間――。


「なんだなんだなんだ……!」


外套をばさりとはためかせ、明るく笑った。


「まだここに来てから二五〇年程度しか経ってないわ!」


「……“しか”?」


エルの口から漏れた言葉に、オズが頭を抱える。

ジゼルは呆れ顔のまま額を押さえた。


「時間の感覚どうなってるのよ……」


「気にしてたら竜の背なんて乗れないわな!」


そう言って、ワシリーサは豪快に笑った。

その笑い声は、雪原の空気を震わせて広がっていった。


* * *


「蒼銀頭、お前さんが一番詳しいな! 私の武勇伝を教えてあげなさいな!」


ワシリーサがジゼルをせっつく。


「……私のこと? 武勇伝って……まあ、いいわ」


ジゼルはため息をつきつつ、彼女に目をやる。


「ワシリーサはローレシアの英雄みたいな存在ね」


「そうだそうだそうだ!」


「……ちょっと黙っててくれる?」


「え、うん……」


ジゼルは姿勢を正し、語り出した。


「巨人の国を発見したローレシアは、巨人たちと戦ったあとに手を取り合った。このあとが、私が幼いころに聞かされてきた物語――『竜使いワシリーサの冒険』よ」


「そんな題までついてるのか!」


ワシリーサが目を輝かせる。

ジゼルはじろりと睨んだ。


「……申し訳ないな」


軽く咳払いして、ジゼルは話を続ける。


「ワシリーサはローレシア中を相棒の中型竜と巡り、行く先々で出会う魔獣たちを従えて冒険した。結果として、その旅が今のローレシアの国土を形づくったの。そして――ローレシアを巡り終えたワシリーサは、新たな地に旅立った。それがこの中央平原」


雪を踏む音だけが響く。

エルは息を呑み、オズが静かに問う。


「で、そのあとどうなった?」


ジゼルは少し間を置き、首を振った。


「そこで物語は終わり。ワシリーサが中央平原でどうなったかは、誰も知らない」


* * *


「ここからはあたしが話すわな!」


突然、ワシリーサが胸を張った。


「ワシリーサは中央平原に――神々の地を求めて旅に出たのさ!」


雪風が再び吹き、彼女の群青の外套をはためかせる。


「神々の、地……?」


「そうさ! ローレシアは北部は氷海、南部は山々に囲まれてるからな! 元素(マナ)が漲る豊穣の土地、そんな土地がローレシアの地になればもっとローレシアは発展すると思ったのさ!」


「そうしたら、以後二百……何年だったか? まあいいわ!」


軽く手を振って笑う。だがその瞳には、一瞬、深い影が宿った。


「ワシリーサはこの地に囚われちまったわけさ。つまり――お前さんたちは、あたしがここに来てから初めて話せた中人(ヒューマ)なのさ!」


ジゼルが眉をひそめた。


「話せたって、どういうことよ?」


ワシリーサは雪に杖を突き、静かに言った。


「過去にもこの中央平原を通る連中はいたんだ。……いたんだが、どうやら誰もあたしに気付けなかったな」


「もちろん今くらいの大声だったんだよな?」


オズが半ば呆れたように言う。


「当り前さ! あの連中、何も見えない、聞こえない、気配すら感じてなかったろうな!」


ワシリーサは苦笑しながら、雪を踏み鳴らす。


「ただ――ちょっと前から急に事情が変わったんだ。あたしを縛ってた“何か”が、解けたのさ」


ワシリーサの足もとで、雪の下に沈んだ氷がぱきりと割れた。

エルが目を瞬かせる。


「“何か”って……?」


「さあね。あたしの感覚じゃ、この平原よりももっと南で、大きなことが起きたように思ったんだが。……お前さんたち、何か心当たりはあるかい?」


三人は思わず顔を見合わせた。

その沈黙を破ったのは、エルのかすかな声だった。


「……もしかすると、『滅国の七日間』かもしれない」


「なんだそれは?」


「ガレオン皇国に金竜が現れて――ガレオンは滅びました」


ワシリーサは数秒、言葉を失った。

そして次の瞬間、目を見開いて叫ぶ。


「……おいおいおいおいおいおい!」


外套がはためき、雪が跳ね上がる。


「勇者の国が滅びたっていうのか! そりゃあ大事件だな!」


スレイヴァンが低く唸り、白い息を吐く。

その背でワシリーサはひとり笑った。


「なるほど、そうかそうかそうか……合点がいったさ!」


三人がきょとんとする。

彼女は両手を腰に当て、得意げに言い放った。


「つまり、世界が大英雄ワシリーサを求めているんだな! 勇者の国が滅びた今――あたしをローレシアの英雄だけに留めておくべきではないってことさ! だから――封印が解かれた!」


その声は風を裂き、雪原に響き渡った。

群青の外套が翻り、老竜スレイヴァンが翼を広げる。


「“竜使いのワシリーサ”、再び参上ってわけだわな!」


どこまでも豪快で、どこまでも無鉄砲。

けれどその笑みの奥には――

誰よりも長い孤独と、再び“世界に呼ばれた者”の歓喜が、確かに滲んでいた。


* * *


その夜。

焚き火の明かりが消え、中央平原に静寂が戻ったころ――

エルの夢に、また、あの闇が来た。


――真っ暗な空間。

光も、音も、地平もなく、ただ黒だけが広がっている。

しかし、前とは違う。


そこには“形”があった。


ひび割れた床。

崩れた柱。

天を覆う、錆びた鉄格子。

まるで、世界そのものが牢獄になったような――そんな闇。


「……前とは明らかに、違う?」


足もとは確かに“地”を感じる。

ただし、その地は腐ったように軋んでいた。


やがて、重い鎖の音。

低く響く足音。

闇の奥から、あの男が現れた。


「四元の受け皿……貴様との繋がりは、私にとっての“天啓”だったようだ」


前よりも近い。

前よりも“重い”。


彼の鎖が軋むたびに、空気が歪んで震えた。


「また……お前は誰なんだ!」


「名乗ったところで、貴様が光の下へ戻る頃には忘却されている……気にするな」


ゆっくりと締め付けられ、圧し潰されるような息苦しさ。

目の前の男は名乗らない。

ただ、確かに分かることが一つある。


この男は、この男だけは、絶対に“悪”である。


「安心しろ、ここで相まみえるのは今宵が最後だ――礼を言おう」


男は不敵な笑みを浮かべる。


「貴様を介して、私は遂に機を得たのだ――失われし『禁呪(タブー)』を取り返す、その時が来た」


禁呪(タブー)……? 禁呪(タブー)について何か知ってるのか! それに取り返すって……何をする気だ!」


「この“奇跡”を起こした褒美だ、今回は貴様を見逃してやろう。その時までで良い。今宵のことは――忘れろ」


男が掌を向ける。


「待て! お前の好きにはさせ――ッ!」


次の瞬間、エルは現実に戻っていた。

荒い呼吸。

額に浮かぶ汗。


頭上には冬の月が冴え冴えと浮かんでいる。


確かに何かがあった。

だが、その“何か”だけが、跡形もなく抉り取られていた。

何も――憶えていないのだ。


しかし、エルははっきりと感じていた。

胸の奥に強く残る違和感――鎖の軋む音が、かすかに響いていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新は11/29(土)20時頃の予定です!

引き続き宜しくお願いします!

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