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亡国のステラリア  作者: 黒瀬 行杜
第五章
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第五章 第六節「あたしの名はワシリーサ!」

雪原の真ん中で、黒いドレスの魔女が腰に手を当てて立っていた。

さっきの転倒で、衣装はすっかり雪まみれ。

黒いはずの帽子も外套も、今や白一色。


それでも当の本人は、まるで気にしていない様子で顎を上げた。


「あたしの名はワシリーサ! “竜使いのワシリーサ”って言えば……知らないわけがないわな!」


雪原に反響して、その声は遠くまで届く。

あまりに堂々とした名乗りに、エルとオズは思わず顔を見合わせた。


「……オズ」


「すまん、俺も知らない」


「ちょっとちょっとちょっと! お前さんたち、どこの田舎から来たのさ!」


距離なんて関係ない、バカみたいな大声だ。

エルとオズは思わず一歩後ずさる。


こそこそと小声で話し合う。


「この人が……ボルグさんの言ってた“森の賢人”?」


「いや、これは賢人ってよりは……変人だな」


エルが思わず吹き出す。


「……オズ! それは、言い過ぎだって」


「何を笑ってんのさ! お前さんたち、失礼だわな!」


腰に手を当て、ワシリーサが仁王立ちする。

帽子の先から雪がぽとりと落ちた。


その様子を見て、エルが小声で呟く。


「……でも、悪い人じゃなさそう」


オズは眉をひそめた。


「いや、まだ分からん。“竜を従えてる”時点で只者じゃない」


「何をごにょごにょ言ってんのさ!」


ワシリーサの声がまた飛んでくる。


「さっさと名乗んなさいな! 礼儀ってもんがあるでしょ!」


風が雪を巻き上げる中、二人は半ば押されるようにして、竜使いの魔女と向き合った。


* * *


「あの、ワシリーサさん」


「なんだなんだなんだ?」


あいかわらずの声量に、エルが思わず身を引く。


「あなたが……“森の賢人”、ですか?」


一拍の静寂。

ワシリーサは目を瞬かせ、それから――露骨に眉をひそめた。


「森の賢人……? お前さんたち、目はついてるのか?」


思いもよらぬ返答に、二人は顔を見合わせる。

彼女の口ぶりには、何かを“知っている”響きがあった。


「どう見たって、あたしは中人(ヒューマ)だわ! あんな人馬ひとうまと一緒にするなんて失礼だわな!」


人馬ひとうま……?」


エルが小さく反復する。


ワシリーサは大げさにため息をつき、腰に手を当てたまま誇らしげに言った。


「お前さんたち、何も知らんわな! 仕方ないわ!」


そして鼻を鳴らし、白い息を吐きながら高らかに告げる。


「“森の賢人”といえば――『忘れ去られた仔』! 半人セントウルのことだわな!」


風が吹き抜け、ワシリーサの外套が大きくはためく。

その声は誇らしげで、どこか懐かしむようでもあった。


エルとオズは顔を見合わせる。

聞き覚えのない名――しかし、どこか胸の奥を刺す響きがあった。


「セントウル……?」


エルが小さく呟く。


「聞いたことないな」


オズが眉を寄せてから、後ろに振り返る。


「おい、ジゼル! こっち来てくれ!」


呼びつけられたジゼルが、しぶしぶ雪を踏みしめながら近づいてくる。

腕を組み、眉をひそめたままのその顔は、明らかに不機嫌だった。


「何よ、結局このおバカさんが何か知ってたの?」


「ちょっとちょっとちょっと! おバカさんとは失礼だわな!」


勢いよく反論するワシリーサ。

相変わらず距離なんて関係ない大声に、エルとオズは一歩引いた。


「……モジャ、こいつ何なの?」


ジゼルが呆れたようにオズを見る。

雪風が二人の間を抜け、オズが口を開きかけたその瞬間――。


「あたしはワシリーサ! “竜使いのワシリーサ”だわな!」


声と同時に、群青の外套が風に翻る。

やけに得意げな名乗りに、三人は一瞬言葉を失った。


「……は?」


ジゼルが目を丸くする。

その反応に、ワシリーサはどこか誇らしげに胸を張った。


「どうしたの、ジゼル?」


エルが尋ねる。


「“竜使いのワシリーサ”って……あの、ワシリーサ?」


「え、知ってるの?」


オズが驚く。


「知ってるも何も……!」


ジゼルは目を見開いたまま、息をのむ。


「ワシリーサといえば、私が幼い頃から聞かされてきた伝承の魔女よ! 中型竜(ドレイク)を相棒に、様々な魔獣を手懐けて世界を渡り歩いた――って!」


言いながら、ジゼルの視線がワシリーサの背後へと向かう。

そこには微動だにしない老竜――中型竜(ドレイク)の姿。

さらに、その周囲には先ほどの小型竜(ワイバーン)たちが静かに降り立ち、雪原で頭を垂れていた。


「……もしやあれ、大型竜(ドラゴン)じゃなくて中型竜(ドレイク)なの……? だって、数百年前に絶滅したんじゃ……」


ジゼルの呟きに、ワシリーサは鼻を鳴らした。


「ふふん、分かってきたじゃないか! もっとこの子たちにワシリーサを教えてあげなさいな!」


「なんかすごい機嫌よくなってないか……?」


オズが小声で突っ込み、エルが困ったように笑う。


ワシリーサは顎を上げ、完全に得意満面の笑みを浮かべていた。

雪の反射を受けて、外套の群青が輝く。


「そうさ、あたしは“竜使いのワシリーサ”! この老いぼれ竜のスレイヴァンと、あと百匹ばかしの魔獣たちと共に、ローレシア中を回りまわった伝説の魔女だわな!」


「これが、あの……ワシリーサなの……?」


ジゼルが呆れ顔で呟く。

それは、幼い頃に夢見た伝承が、今まさに目の前に立っていたからだ。

けれど、その口調にはもう、先ほどまでの棘はなかった。


雪風が止み、老竜の吐息が白く広がる。

伝承の魔女と、三人の旅人。

吹きすさぶ平原の真ん中で――新たな対話が始まろうとしていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新は11/27(木)20時頃の予定です!

引き続き宜しくお願いします!

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