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亡国のステラリア  作者: 黒瀬 行杜
第五章
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第五章 第三節「上等じゃない……!」

一行は再び小人の国――ツヴァーグラントの門をくぐった。

以前と違うのは、エルとオズが前を進み、ジゼルが少し離れて後ろを歩いていること。

そして、何より街に満ちるざわめきだった。


石畳の商館には旅の商人たちが集い、沈んだ声で言葉を交わしている。


「ひどい目にあった……まさかこのタイミングで開戦するなんて」

「このままローレシアまで北上するしかないな。しばらくは国には戻れん」


エルはわずかに足を止め、オズは表情を曇らせた。

三人はそんな会話を横目に、荷受け口へと向かう。


魔法協会(サークル・アーク)からの使いで来ました。受け取りを」


エルが声を掛けると、受付の小人(ドヴェルグ)が鋭い眼差しを向けた。


「協会の者か……確かに受け取った」


荷札に受領印を押しながら、小人は鼻を鳴らす。


「お前たち――ブラウロットに行きたがった連中だな」


エルとオズが一瞬目を見合わせたその隙に、ジゼルが一歩前へ出る。


「そうよ! あのとき転送環(ミスリル・ステップ)の使用を断られて、こっちは散々な目にあったの!」


興奮して詰め寄ろうとするジゼルを、エルが慌てて押さえ、オズもすぐに肩を掴んで制した。


「少し待て」


小人はジゼルの様子を一瞥し、無言のまま奥へと引っ込む。

しばらくして戻ると、端書を差し出してきた。

破れた羊皮紙には、数字が三つ並んでいる。部屋番号だ。


「……何よこれ?」


ジゼルは紙切れをまじまじと見つめる。


頭領(シュタイナー)が会いたがっている。この部屋で待て」


短く告げると、後ろに並ぶ商人たちを通すよう手を振った。


ジゼルの唇の端がわずかにつり上がった。


頭領(シュタイナー)って、まさか――」


「ボルグ・プレトリウス、ツヴァーグラントの王……だろうな」


オズが低く言う。


「まさか本当に一発殴るチャンスが来るとはね」


ジゼルの笑みは挑戦的だった。


* * *


指定された部屋で待つことしばし。

石壁の炉が静かに赤く灯り、鉄の匂いが漂う。


「いいか、今は俺たちが協会の人間だって割れてる。絶対に事を荒げるなよ?」


オズが真剣に言うが、ジゼルはどこ吹く風。

そのとき、重い扉が開き、ボルグ・プレトリウスが姿を現した。


「……再びこの場で顔を合わせることになろうとはな」


短く言い、ボルグは三人を見渡した。


頭領(シュタイナー)ヘルガから報告は受けている。ブラウロットの問題は貴様たちで解決したそうだな」


懐から小袋を取り出し、卓上に置く。


「これは小人(ドヴェルグ)の王としての礼だ」


ジゼルが袋を開くと、光を放つ鉱石がぎっしり詰まっていた。


「……どれも一級品じゃない」


「貴様も知っての通り、ブラウロットは六つの共同体(クラン)において北方を繋ぐ要の地。あれが止まれば、我らにとって致命だ。これくらいは当然だろう」


「これ、売っても?」


ジゼルはぶっきらぼうに尋ねる。


「好きに使え」


思ったよりも話せる相手だと悟り、ジゼルは少し声を落とす。


「ねえボルグ。――ドリュオンズについて、何か知ってる?」


「それも聞いている。……ドリュオンズ――いや、ヴィゴには関わるな。その石で手を打て」


「……何よ、それ?」


「奴は“封印指定(シールド)”だ。ドワーフの貴様に何ができる?」


「なっ……何ですって……」


ジゼルの声が弾ける。

エルがとっさに腕を掴むが、その力を振りほどこうとする。


ボルグは懐から一本の鍵を取り出した。

古びた金属に、炉の炎が赤く映る。


王鍵(ロード・キー)――ヴィゴが忌名となって以降、共同体(クラン)で造られたすべての簡易工房はこの鍵に繋がる。工房で起きた出来事は、すべて私の下に届く」


ボルグの視線が、ジゼルを射抜く。

その眼差しは、まるで“知っている”と語っていた。


「いいか、ジゼル。もし貴様が手を引かぬというのなら……貴様の工房は閉ざさせてもらうぞ」


ジゼルの眼に炎が灯る。


「上等じゃない……! 勝手に締め出せばいいわ!」


机を叩きつけ、小袋を大きく払いのけた。

その勢いのまま立ち上がり、部屋を飛び出す。


「ジゼル!」


エルがすぐに後を追う。


重い扉が閉まり、部屋に残ったのはオズと王だけだった。


「……ジゼルは頭に血が上りやすいけど、本当にいい奴です。あの、ひとつ聞いてもいいですか?」


「言え」


「簡易工房の鍵を閉めるなんて――本当にできるんですか?」


ボルグはわずかに眉を動かす。


「……中人(ヒューマ)、何故そう思う?」


「もしできるなら、ジゼルが小人(ドヴェルグ)たちの共同体(クラン)を出ていったときにとっくに閉ざされていたはずだ」


短い沈黙。

そして王の唇に、わずかな笑み。


「……そんなことに気付けなくなるほど、あの小娘は単直だ」


中人(ヒューマ)、少し聞いていけ」


ボルグは炉の光を背にして続けた。


「――あれは“特別”だ。それは聖鍛の巫女プレッシング・メイデンとしての素質だけではない」


「特別……?」


「この国とブラウロットで、多くの小人(ドヴェルグ)を見てきただろう」


「ええ」


「各共同体(クラン)には、それぞれ身体的な特徴がある。我らツヴァーグラントの者なら、この氷柱のような髭がそうだ」


「……そういえば」


ツヴァーグラントで出会った小人たちは、誰もが同じような髭を蓄えていた。


「では、ブラウロットの小人(ドヴェルグ)たちの共通点が分かるか?」


オズは口元に手を当て、思い出す。

頭領ヘルガ、長老格のグリムホルト、そしてローレシアの宮殿に運ばれていた負傷者たち。


「あ……髪だ。髪が紅色だった」


「そうだ――だが、あの小娘はどうだ?」


「蒼と銀……待ってくれ、何の話をしているんだ?」


ボルグは一拍置いてから、低く告げた。


「これはツヴァーグラントの王家に伝わる古い伝承だ。我ら小人(ドヴェルグ)の中には、まれに“蒼銀の髪”を持つ者が生まれるという」


オズは息を呑んだ。

脳裏に浮かぶのは、炉の炎の中でなお冷たく輝く蒼と銀の髪。

赤にも黒にも染まらない――夜明けの光。


「そして、蒼銀の者が現れたならば――『森の賢人』へと遣わすべし、と伝えられている」


「森の……賢人……?」


オズは目を見開いた。

理解が追いつかないまま、ただ黙って聞き入った。


ボルグは先ほど払いのけられた小袋を拾い上げ、オズの前に差し出した。


中人(ヒューマ)、これは貴様が持っていけ。前金だ」


「前金……?」


「ああ。貴様らに仕事を依頼する。依頼は、あの小娘を『森の賢人』のもとへ連れていけ。場所は――」


炉がぱちりと爆ぜ、小人の声をかき消した。


オズは息を詰める。

火の音だけが、告げられぬ依頼の重さを伝えていた。


* * *


ジゼルの怒鳴り声が、冷えた空気を裂いた。


「遅い! 何やってたの……って、それ!」


商館の外で待っていたジゼルが、オズの手にある小袋を見て目を吊り上げる。

隣のエルは慌てて宥めようとするが、ジゼルの怒気は止まらない。


「ちょっと、それ! あの髭親父に渡されたやつでしょ!?」


「いや、王様が“持っていけ”って言うからさ」


オズが両手を上げて弁解する。


「返してきなさい!」


「なんでだよ、くれるって言ったんだし。背に腹は代えられないだろ?」


ジゼルが腕を組み、ぐっと顔を寄せる。

その視線を受け止めながら、オズは少しだけ真顔になった。


「……それに、これはさっきまでとは意味合いが違う」


「意味合い?」


エルが小首を傾げる。


「ああ。これは俺たちに依頼された仕事の――前金だ」


「は……?」


「依頼? あの状況から?」


ジゼルは思わず言葉を詰まらせ、エルが驚きの声を漏らす。


「中で何があったの、オズ?」


「それは帰りの道中で詳しく話す。まずはザスターヴァに戻って仕事の報告だ。終わったら、準備をして向かおう」


ジゼルが眉を吊り上げる。


「……向かうって、どこによ?」


オズは軽く口角を上げた。


「中央平原だ」


風が雪を巻き上げ、三人の外套をはためかせる。

ツヴァーグラントの空は曇り、遠く鉄の街並みが灰色に霞んでいた。


やがて三人は歩き出す。

再び、旅の足を――鈴の消えた道を、新たな“理”へと。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新は11/21(金)20時頃の予定です!

引き続き宜しくお願いします!

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