第四章 第二十三節「私は――」
ジゼル・ブラウロットは炉の余熱に照らされながら、束ねていた蒼銀の髪をほどいた。
緊張の糸が切れたように肩まで落ち、光を受けてゆるやかに揺れる。
「ふう……久しぶりの本気の鉱歌はしんどいわ」
吐息と共にこぼれた言葉は、先ほどまでの荘厳な巫女の面影を和らげ、職人としての顔を取り戻させる。
その視線が、台座に据えられた二つの魔導具へと注がれた。
「オズ、ちょっと試してみなさいよ」
レメンティアの把手は、オズワルド・ミラーの腕に合わせて革帯が三つ。
最後の留め具を締めると、黒鉄の面が微かに震え、紋が一度だけ脈打った。
彼はそっと前へ構え――目を瞬いた。
「……軽い。なのに、これなら何だって護れる気がする」
「そう感じるなら、うまく馴染んだ証拠だ」
ブラウロットの頭領、ヘルガが低く言った。
「私たち小人と中人とでは腕力に大きな差がある。盾としての強度はもちろん重要だが、持ち上げられずに潰されるようでは意味がない。だからこそ、鉄に混ぜる段階から、重さを逃す工夫を施してある」
オズは思わず盾の内側を見つめる。
革帯の縁に刻まれた細かなルーンが、炉の火にかすかに光っていた。
「荷重を分散する符を仕込んであるし、慣性を殺す環を一枚噛ませてあるの」
ジゼルが続ける。
「だから受け止めても腕に響かないし、次の動きに繋げられる。アンタの魔法と合わせれば、ただ守るだけじゃなく“返す”盾になるはずよ」
「……すごいな、実用性はもちろんだけど装飾も凝ってる。俺も商人の端くれで色々な魔導具を見てきたつもりだけど、ここまでの品は見たことがない」
オズは身に着けた盾を様々な角度から見て、その度に感嘆の声を上げる。
ジゼルは得意げに顎を上げる。
「当然でしょ? これはブラウロットの職人が総出で鍛えた傑作なんだから!」
オズの口元に、自然と笑みが浮かんでいた。
「次はエルよ、付けてみなさい」
ジゼルに促されて、エル・オルレアンはデネボラを指に通した。
黄金の輪が肌へ吸い付くように馴染み、緋石が心臓の鼓動とひと拍だけ重なる。
次の拍では、胸の奥のざわめきが潮のように引いていった。
彼は息を吐き、小さく笑う。
「最初から付けてたと思うくらいだ。……何だか、すごく安心する」
「それも当然だ。あの石は炉の奥で鍛え上げたものだが、単なる魔導石じゃない」
ヘルガは、指輪の緋石を細い目で見つめながら話す。
「詳しくは分からんが……お前の魔力と呼応するよう、何度も火にくべ、歌で叩き、力を馴染ませ、磨いた。あれだけはそこの馬鹿娘が一人で仕上げたが、出来は悪くない」
「ジゼル……そうなの?」
エルは目を丸くしながら、ジゼルを見る。
「アンタの魔法を目の前で見てる職人は私だけ……これは私にしか出来なかったってだけよ」
姉からの意外な評価とエルの純粋な眼差しを受けて、ジゼルは目を伏せながら続ける。
「アンタの星が、もしまた黒に飲まれそうになったら……その緋色を見つめて落ち着きなさい」
そして、ジゼルは一歩エルの方へ踏み出し、緋石に指腹を軽く当てる。
「いいこと? 道具はあくまで補助。大切なのは――エルの意志よ」
エルは深く頷いた。
黄金の輪は熱くも冷たくもなく、ただ心臓の奥で小さな焔のように息づいていた。
* * *
夜。
工房街の広場には長卓が並び、炉の赤が雪を朱に染める。
塩気の強い肉と黒パン、熱い麦粥、琥珀の酒。
杯がぶつかる音の合間に、どこからともなく鉱歌の響きが重なる。
意味は分からない――けれど胸の底が温かく震える。
ヘルガが立ち上がった。
白銀の装束は儀礼の時よりも肩の力が抜け、しかし目の光は強い。
「神の下へ帰った同胞たちを、決して忘れてはならない」
短く目を伏せ、杯を掲げる。
「――だが、今宵は祝おう。この共同体を救った中人たちへの感謝を。そして、我が一族の放蕩娘の帰還を!」
歓声が上がり、杯が高く鳴った。
何人もの職人がエルとオズの背を叩き、笑い、泣いた。
やがて喧噪がほどけ、火の粉が静かに舞い落ちる頃――
三人は炉の灯りの前に自然と集まっていた。
「ジゼル、本当にありがとう」
エルが言うと、ジゼルは「当たり前」と肩をすくめる。
オズは盾の縁に手を這わせ、感触を確かめた。
少しの沈黙ののち、エルは炉の明かりを見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……決めたよ。僕、魔導師団を作ろうと思うんだ」
オズがすぐに頷く。
「そっか。なら――次の行き先はヴィクトリアだな。手続きは任せておけ」
「え……?」
「おいエル、魔導師団は一人じゃできないぞ? ……もしや俺の席はなかったか?」
オズがわざとらしく言う。
「いや……オズが居てくれれば心強いよ」
エルは小さく笑う。
「おう、任された! そうだ、名前はどうする? こういうの、憧れてたんだよなぁ!」
オズが麦酒をぐいと飲み干し、目を輝かせる。
「……え、名前?」
思わぬ言葉に、エルは目を丸くする。
「ガキの頃に考えてたんだよ! 『夜明けの王』とか、『天空の剣』とか、それとあと――」
次々と飛び出す案に、エルは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「黒……はちょっと縁起悪いからな。『白い三連星』とかどうだ? 俺たち三人だし、なあ、ジゼ――」
オズがジゼルの方へ振り向き、明るく笑いかけた。
ジゼルは返事をせず、ただ小さく笑っただけだった。
その微笑みは炉の光に溶け、すぐに影の中へ消えていく。
火の粉が静かに舞い上がり、三人のあいだに小さな沈黙が落ちた。
「私は――」
言葉は途中で途切れた。
ブラウロットの灯、鍛場の熱、姉の笑み。
それでも耳の奥では、遠い鉄鎖の鳴る音がした。
ドリュオンズの名。
断たれた輪。
彼女は拳をほどき、また握る。何かを掴むように。
炉がぱちと小さくはぜた。
決めるべきことは、まだ残っている。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
次回第四章最終節の更新は11/8(土)20時頃の予定です!
引き続き宜しくお願いします!




