第四章 第二十一節「僕が、僕らしくあるために……」
「さて……ここからが本題よ」
その声音には、皇帝としての威厳が宿っていた。
「貴方に伝えたいことは三つ。そのひとつめは、貴方の血について」
エルの眉がぴくりと動く。
アナスタシアは視線を逸らさず、静かに続けた。
「『滅国の七日間』によって亡国となったガレオン皇国。貴方はその血を引く者。そして――この世界を始めた勇者の血が、確かに貴方の中にも流れている」
「勇者の……血……」
エルは息を呑む。
彼自身、教養として歴史を学んだことはあった。
だがそれは遠い物語、決して自分と結びつくことのない過去のはずだった。
アナスタシアは少し口元を和らげる。
「それは、貴方も知識としては学んでいるでしょう? けれど……実際に自らの血筋として受け止めたことはないのでしょう?」
エルは視線を落とし、声を震わせた。
「……はい。僕は……そんなものを誇りに思ったことはありません」
「そうでしょうね」
アナスタシアは軽く頷き、しかし語気を強める。
「では、私たちが遠戚にあたるというのは知っていたかしら?」
「……え?」
エルが驚きに顔を上げる。
アナスタシアの蒼い瞳は確信を帯びていた。
「ローレシア帝国は、勇者と共に魔王討伐に赴いた戦士が建国した国。そして二代皇帝の皇妃は――勇者の孫娘だった」
エルの胸に重く落ちる言葉。
遠いと思っていた血の流れが、確かに彼女と自分を繋いでいた。
アナスタシアは一息つき、柔らかく笑みを添えた。
「ガレオンの滅亡は同盟国として、とても痛ましく残念な出来事だったわ。けれどこうして……その血を継ぐ貴方と出会えたことを、私はうれしく思っている」
アナスタシアは組んでいた手をほどき、机上に置かれた書簡を片隅へと寄せる。
そして、まっすぐにエルを見据えた。
「二つめは――星についてよ」
エルの瞳がかすかに揺れる。
アナスタシアはその反応を見逃さず、言葉を継いだ。
「私たち、ローレシア皇帝の一族は代々、特別な魔法を持っていた。それが限定魔法……『星』」
「……!」
エルの胸が跳ねる。
彼にとって、それはいまの自分を定義するものでもあった。
「ただし――星を持っていたのは私の父、先代の皇帝まで」
アナスタシアは静かに目を伏せる。
「父はアトラス様に宝瓶宮の星を還したの」
「還した……?」
「ええ。星は強大な力。元々はその力を適切に管理するため、各地に分散させられていた。そして我がローレシアもその管理を担ってきたのよ」
声がわずかに硬さを帯びる。
「けれど……百年前のこと。ゲオルグ・グヴァルグラードの反乱――外では“ローレシア戦争”と呼ばれる出来事があった。ゲオルグが国を掌握した理由のひとつに、星を手に入れるという目的があったらしい」
エルは息を吐くことすら忘れていた。
自身も持つこの魔法は、大国すら転覆の危機に晒す価値を持つという事実に。
「そして今……我が帝国には銀狼が棲みついている」
アナスタシアは淡々と語るが、その声には重さがあった。
「幻獣と星の組み合わせは凶兆――父はそう考え、星を手放すことを選んだの」
短い沈黙が流れる。
やがて、アナスタシアは微かに微笑んだ。
「でもね……私には、星を継ぐ資格だけはあったらしいの」
彼女は自らの胸に手を当てる。
「わかるのよ。星を持つ者はね。……だから、貴方もそうだと気づいた」
エルは言葉を失い、視線を伏せるしかなかった。
アナスタシアは椅子の背に軽く身を預け、組んだ指を解きながら静かに言葉を紡ぐ。
「そして最後に――三つめ。これは貴方自身に関わること」
エルは顔を上げ、その視線を正面から受け止める。
アナスタシアは微笑を含み、静かに問いかけた。
「エル。いま貴方は、何のために世界を回っているのかしら?」
「……僕は……」
言葉が喉で詰まる。
始まりは自分でも曖昧だった。
『金竜』に焼かれた亡国で燃えるような赤髪に拾われ、老人に星を告げられ――
自由の国で『魔女の女王』に魔法の手解きを受け――
魔法の国で金髪の青年と出会い、一人の女性の死に直面し、師と別れ――
騎士の国で蒼銀のドワーフに連れまわされ、黒に飲み込まれて――
この氷の国では、『銀狼』に目を留められ、ドワーフの故郷を取り戻して――
そして今、この国を統べる“星”を知る者の前にいる。
ただがむしゃらに戦い、気づけば幾つもの国を渡り歩いていた。
「きっと、理由は一つじゃないでしょうね。けれど――これは星を持つ者としての“巡り合わせ”。私はそう思っているの」
アナスタシアはゆっくりと立ち上がり、窓辺に歩を進めた。
雪に覆われた庭園が、夜の光に淡く照らされている。
「星は、かつてない速さで巡っている。近い未来、この世界に集い、必ず大きな波紋を広げる」
振り返ったその眼差しは、女帝としての威厳を帯びていた。
「その時、貴方が“エル・オルレアン”であるのか“エルキュール・ド=ロワ”であるのかは、正直どちらでも良いの」
「ただ、貴方が貴方らしくあるために――エル、貴方は自分の魔術師団を持つべきよ」
「魔術師団を……? 僕が、僕らしくあるために……」
エルの声は驚きと戸惑いに揺れる。
「ええ。仲間を束ね、居場所を築き、選んでいくの。きっとそれは、貴方を貴方でいさせる助けになる」
アナスタシアは机に置かれた書簡に視線を落とす。
「今までの経歴が物語っているわ。貴方は一人で歩いてきたけれど、その旅路には常に誰かが寄り添っていた」
そして再び、彼を真っ直ぐに見据えた。
「……考えてちょうだい、エル。これは“お願い”ではなく、未来のための“助言”よ」
室内に沈黙が落ちる。
エルは拳を握り締めたまま、唇を動かすことすらできなかった。
視線を落とし、胸の奥で言葉にならない思考が渦を巻いていく。
やがて、ただ小さく息を吐くしかなかった。
「答えは今すぐでなくてもいいの。大切なのは、貴方が考えて決めることよ」
アナスタシアは穏やかな微笑みを見せ、それ以上の答えを求めなかった。
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次回更新は11/4(火)20時頃の予定です!
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