第四章 第二十節「私のやることは決まったわ」
小人たちの遺体はすべて運び終えられた。
ローレシア皇宮の大広間にて、ブラウロットの頭領ヘルガは皇帝アナスタシアに事の顛末を報告していた。
アナスタシアは静かに頷き、低く、しかし確かな声で哀悼の意を告げる。
その言葉は儀礼を超えて胸に届き、ヘルガは深く頭を垂れた。
報告を終えると、ヘルガはジゼルを伴い、宮内に設けられた簡易工房へ向かう。
扉の前で立ち止まり、振り返ってエルに告げた。
「中人……すまないが、しばらくジゼルと二人にさせてくれ」
エルは短く頷き、アナスタシアに向き直る。
「では、僕はオズの様子を見に行きます。……失礼いたします」
そう言って辞そうとしたその時、アナスタシアの声が彼を引き留めた。
「――少し、お話しましょうか。エル・オルレアン……いえ、エルキュール・ド=ロワ」
その名を呼ばれた瞬間、エルの胸の奥に冷たいものが走った。
* * *
ジゼルは腕を組み、真っ直ぐにヘルガを見据えた。
「血の問題って言ってたわよね。どういうこと?」
ヘルガはしばらく沈黙し、やがて重く口を開いた。
「今となっては、これを知っているのは私と……老グリムホルトくらいだ。あの最下層には、かつてとある職人の工房があった」
「職人……?」
「名はヴィゴ・ブラウロット。――またの名を、ドリュオンズだ」
ジゼルの瞳が大きく揺れる。
ヘルガは視線を落とし、言葉を継ぐ。
「金色の鉱石がどんなものなのか、私にもわからない。けど――大鬼は跡形もなく、鉱石は持ち去られていて、錠前は破壊されていた。お前が戻ってきて私たちと再度向かうまでに……あの男がやってきたんだろう」
「なんで……なんでそれを許してるんだよ!」
ジゼルの声が怒りに震える。
ヘルガは拳を握りしめ、低く返した。
「錠前と鍵。鍵は壊しても新たに作れるが、錠前は壊したら最後だ。その工房には二度と行けない。……その代わり、破壊できるのは工房の主だけ」
言葉を切り、吐き捨てるように。
「そんなのは、私たちの常識だろうが」
ジゼルは唇を噛み、声を押し殺す。
「じゃあ……ブラウロットの者が、ブラウロットの小人を殺したっていうの?」
ヘルガは目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「……ああ、そうだ」
重い諦観の響きに、ジゼルは一瞬言葉を失った。
だが、次に吐き出した言葉は思いもよらぬものだった。
「わかったわ――私、頭領には向いてない」
「お前……私の話をちゃんと聞いてたのか?」
ヘルガが目を丸くする。ジゼルはふっと笑みを浮かべ、斧の柄を軽く叩いた。
「もちろん。ブラウロットの家の者が同胞を殺したという事実は、絶対に許せない」
瞳に光を宿し、力強く言い放つ。
「だから、私のやることは決まったわ――ドリュオンズを捕まえて、大監獄にぶち込んでやる!」
吐き出すような宣言に、ヘルガは額を押さえながら息を吐いた。
「はあ……何というか、お前らしいというか。悩んでる私が馬鹿みたいだ」
「そうよ、頑固馬鹿」
「ジゼル、お前なあ……」
ジゼルはそこで一呼吸おき、表情を少し和らげて続けた。
「でも、そんな頑固で真面目な姉さんが頭領をやってれば――ブラウロットは大丈夫」
言葉の余韻を置いてから、さらに畳みかけるように言う。
「大体、秘密を抱えたり、他の国とやり取りしたり……そういうの無理。鉄を鍛えて、誰かをぶん殴る、私にはこれが合ってるわ」
ヘルガは思わず口をつぐみ、僅かに目を細めた。
「……全く、お前には敵わん」
ジゼルは肩をすくめ、笑みを浮かべる。
「だから……まずは、同胞をちゃんと弔ってあげましょう」
「……ああ、そうだな。手伝ってくれ、ジゼル」
「もちろん」
抱擁ではなく、固い握手を交わすふたり。『奇跡の姉妹』と呼ばれたブラウロットのドワーフ――
この二人の間に降り積もっていた雪は、いま完全に解けきった。
* * *
アナスタシアはエルを伴い、皇宮奥の皇務室へと案内した。
人払いが済まされ、厚い扉が閉じられると、静寂が訪れる。
「ここなら、周りを気にせず話せるわ」
机上に置かれた整然とした数枚の書簡を前に、エルはゆっくりと口を開いた。
「アナスタシア皇帝、どうして僕の名前を……?」
「そうね、まずはそこから話をしましょうか」
アナスタシアは書簡の一枚を手に取り、目を通す。
「これは魔法協会の記録庫にある記録よ。誰でも見られるものではないから安心して」
落ち着いた声音で読み上げられる文章に、エルの表情は強張る。
誰にも語らなかった過去を、他者の口から明かされる異様さ。
「西方世界歴五八〇年、ガレオン皇国にて出生。五九六年、魔法教会リベルタ支部にて魔法使いに認定。同年、リベルタ自由国連合にて海竜種の変異体、『霧誘竜』を撃退」
言葉を継ぐごとに、エルの身体はわずかに揺れる。
「五九七年、魔法協会本部にて一ツ星魔術師に昇格。推薦事由は先の霧誘竜撃退、推薦人――マリア・クルス」
師の名を読み上げられ、エルは一瞬身体を震わせる。
アナスタシアは紙面から顔を上げ、エルを見つめたが、すぐに書簡に視線を戻す。
「そして同年――ヴィクトリア王国における禁呪事件に関与。……この時、協会の審問官によって本名が調べられ、追記されている」
エルの肩が震える。
喉に引っかかるように、掠れた声が漏れた。
「……僕は……名を明かした覚えはありません」
アナスタシアは書簡を閉じ、真っ直ぐに彼を見据えた。
「協会の審問官は優秀よ。真名を見抜くくらい、造作もないことでしょうね」
その声音は淡々としていたが、エルには底知れぬ圧にしか聞こえなかった。
胸の奥に広がっていくのは、答えの見えない不安と恐怖だけだった。
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次回更新は11/2(日)20時頃の予定です!
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