第四章 第十九節「……ない」
眩い光が坑道を白く塗りつぶした。
オズワルド・ミラーは全身を焼かれるような感覚に耐え、必死に盾を押し立てる。
「……駄目、なのか……?」
視界が霞み、意識が遠のく。返す力はなかった。
そう思った瞬間――咆哮が轟いた。
坑道を震わせる絶叫とともに、大鬼の全身を覆っていた金色の装甲に音を立てて亀裂が走る。
だが同時に、オズの即席の盾も亀裂を刻まれた。
鉱歌で鍛え直された鉄も、怪物の膂力と反射の負荷に耐え切れず、粉々に砕け散る。
「――ッ!」
衝撃に押され、オズは膝をつきかけたが、その眼は巨影をしっかり見据えていた。
ひび割れは一気に広がり、結晶の鎧が剥がれ落ちる。
粉塵が宙に舞い、露わになった灰白色の、ひび割れた肌。
今まで一切傷つけられなかった肉体が、初めて剥き出しとなった。
「エル!」
オズのかすれた声に応えるように、エル・オルレアンの風刃が閃く。
切っ先が露出した肌を裂き、赤黒い血飛沫が舞った。
「――今だ、ジゼル!」
叫びと同時に、ジゼル・ブラウロットは跳んでいた。
戦斧が弧を描き、灰白の肉を叩き割る。
「うおおおおッ!」
咆哮が絶叫に変わる。
巨体がのけぞり、坑道の天井にまで届くほど仰け反った。
続けざまにジゼルが斧を振るい、エルの風刃が切り裂く。
三人の連携が重なり、ついに怪物の膂力は支えを失う。
最後に、ジゼルの渾身の一撃が大鬼の頭蓋を打ち砕いた。
轟音とともに巨体が崩れ落ちる。
舞い上がった粉塵と血の臭気が坑道を覆い尽くす。
そして、長い戦いの果てに訪れた静寂。
「……やった、のか?」
ジゼルは息を荒げ、斧を握り締めたまま膝をつく。
オズは砕けた盾の残骸を手放し、岩壁に背を預けながら荒い息を吐く。
エルは仲間二人の姿を確かめ、深く頷いた。
坑道に横たわるのは、もはや動かぬ巨影――大鬼。
岩壁にもたれていたオズは、疲労困憊のまま膝から崩れ落ちた。
「……情けねぇ……もう立ってられないわ」
エルがすぐに駆け寄り、その身体を支える。
ジゼルは斧を支えに立ち上がり、ゆっくりとオズの下へ歩み寄った。
「……ありがとう、オズ。あのまま無闇に戦ってても、絶対に倒せなかった」
エルに抱えられたまま、オズは拳を握り、親指だけを突き立てる。
顔は青ざめ、言葉を紡ぐのも辛そうだった。
「ジゼル……僕はここでオズを見ておこうと思う。あの金色の鉱石は……」
エルの言葉に、ジゼルは首を横に振る。
「いや、一度戻りましょう。瘴気はもう失せ始めてるし、オズも早く休ませるべきだわ」
ジゼルはオズを労わるように見つめ、大鬼が居た方に振り向いた。
「……それに、同胞の亡骸もこのままにはしておけない」
「……そうだね」
大鬼は倒れた。
それでも坑道の奥には金色の鉱石が輝き続けている。
ふたりはその光を名残惜しげに見つめ、地上へと戻った。
* * *
エルたちが地上へ戻ってから数十時間後。
深夜の坑道は冷えきり、かつて大鬼が吐き出していた瘴気も消え去っていた。
魔素も薄まり、ただ粉塵と血の臭気だけが名残を留める。
静寂を支配する坑道の奥、崩れ落ちた大鬼の屍骸の傍らに、一つの影が佇んでいた。
「……忘れておったわ。黄金病――被検体壱号」
低く湿った声が響く。
「……あのときは失敗したと思っていたのだがな。まさか時を経て、不完全な状態で顕現するとは」
『闇の商人』ドリュオンズ。
その手にはなおも輝く金色の鉱石が握られていた。
ゆっくりと屍骸の傍らに歩み寄り、鉱石を岩壁へ押し込む。
硬い音とともに岩肌が剥がれ落ち、隠されていた空間が姿を現す。
そこには煤けた器具と型場が並ぶ古びた工房――長く使い込まれた痕跡があった。
「仮に見られたところで、誰が理解できるわけでもないが……念には念を入れておくか」
ドリュオンズの声が坑道に低く響く。
金色の鉱石が手で鈍く光を返し、封じられた秘密をあざ笑うかのように煌めいた。
* * *
「……ない」
ジゼル・ブラウロットは驚愕の表情でその場を見つめる。
ブラウロットの鉱石場、最下層――。
一晩前まで大鬼の屍骸が横たわり、金色の鉱石が輝きを放っていた場所。
「まだ一日も経ってないのに……何が起きたって言うのよ」
岩壁はただ冷たく閉ざされ、粉塵だけが虚しく漂う。
あとは静けさが広がっていた。
最奥に残されていたのは、無惨に食い荒らされた同胞たちの骸。
血の匂いも、腐敗の臭気も、瘴気が薄れた今ではなお生々しく残っている。
布を敷き、ひとつひとつ小人たちの骸を包み込む。
エルも黙々と手を貸す。
ただ、オズの姿はない。
力尽きた彼は地上を経てローレシア皇宮へと運ばれ、他の重傷の小人たちと同じく治療を受けて眠っている。
ヘルガを筆頭に、まだ動ける小人たちは沈痛な面持ちで作業を進めていた。
嗚咽を噛み殺しながら、それでも地上に連れ帰ろうと肩を震わせる。
「クソッ……!」
岩壁に拳を叩きつけるヘルガ。
ブラウロットの頭領として、怒りと悲しみをないまぜにした表情が、坑道の薄闇に浮かぶ。
「本当に……ここに大鬼と、黄金の鉱石があったんだな?」
問いかけに、ジゼルは一瞬言葉を詰まらせる。
戸惑いと悔しさが混じった、いつになく自信のない声で答えた。
「ええ……間違いないわ。エルだって見てたでしょ?」
「はい……大鬼も、鉱石も確かにありました。でも……」
エルは視線を岩壁に移し、考え込むように呟く。
「土蛇の死体は上に残っていたのに……ここだけ、跡形もない」
彼の声が細まり、ふと別の可能性が胸をよぎる。
「……何か、見られたくないものがあった?」
その言葉に、ヘルガの目が鋭く光る。
「鉱石があったのは、この辺りか?」
「確か……そうよ。その辺りなんだけど……掘り出した後も何もない」
ジゼルが確かめるように視線をエルへ送ると、彼も静かに頷いた。
ヘルガは岩壁へ掌を翳し、目を閉じて沈黙する。
やがて確認を終えると深く息を吐いた。
「……ヘルガ、何よ? 何があったの、ここには?」
「……地上に戻ったら話す。これは、ブラウロットの"血"の問題だ」
その声は怒りを押し殺し、悲しみを呑み込んでいた。
それだけを告げると、ヘルガは背を向ける。
ジゼルもエルも、それ以上は問いたださず、静かに、しかし確かな手つきで亡骸を抱えた。
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次回更新は10/31(金)20時頃の予定です!
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