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亡国のステラリア  作者: 黒瀬 行杜
第四章
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第四章 第十四節「魔力の反応なら追える!」

重々しい音を立てて、背後の鉄扉が閉ざされた。

雪原の冷気はもう届かない。

残されたのは、湿った岩肌の匂いと、じわりと染み出す瘴気だけだった。


「……暗いな。まるで閉じ込められたみたいだ」


オズワルド・ミラーが肩をすくめる。

声はマスク越しにくぐもり、狭い洞窟に吸い込まれていった。


「……本来、ここは閉ざす場所じゃないの。外の光が入るはずなのに」


先に進むジゼル・ブラウロットは、前を向いたまま答えた。


狭い通路を抜けると、視界が一気に開けた。

頭上を覆う岩壁の切れ目から白い光が落ち、冷たい風と雪片が吹き込んでいる。

山の中腹に抱かれるように、石造りの小さな町が広がっていた。


「町がある……!」


エル・オルレアンはマスク越しに広がる光景に目を丸くした。


「ここが共同体(クラン)の居住区……本工房もここに造られているわ」


ジゼルが低く呟く。


石積みの家々は整然と並び、中央には高い煙突を抱いた大きな建物――本工房が鎮座している。

かつては鉱夫や家族の往来で賑わっていたであろう広場も、今は雪に埋もれ、物音ひとつない。

窓は閉ざされ、炉の煙も立たない。

人の気配を完全に失った街は、息を潜めるように沈黙していた。


「誰も……いないね」


エルが呟き、吐息が白く揺れる。


「あの扉を開けたときから嫌な予感はしてたけど……ここまで魔素(ネクト)が広がってるなんて」


ジゼルは足を止め、しばし街並みを見渡した。

胸の奥に鈍い痛みが広がる。

生まれ育った場所――だが、いま目にしているのは共同体の抜け殻だった。


「あれが本工房……だけど」


ジゼルが指し示す先には、厚い石壁と鉄扉を備えた建物が白く塗りつぶされていた。


「こんなに雪が積もってるのは初めて見る。炉の火は……消してあるのね」


煙を吐かぬ煙突。

雪に埋もれた扉。

炉の火は止まり、町の心臓は沈黙している。


「これが”眠らない町”だなんて……悪い夢でも見てるみたい」


煙突の先を見上げ、ジゼルは呟いた。


「……居住区って言ってたよな? 工房もだけど、建物には特に目立った損傷はないみたいだな」


オズが低く洩らすと、すかさずエルが反応を示す。


「うん……大鬼(オーガ)もここまでは来なかったってことかな?」


「おそらくな……本当に鉱石の先の”何か”を守る門番なのかもしんない」


二人の言葉を耳には入れながらも、ジゼルは居住区の奥へと無言で足を進める。

山肌が再び迫り、黒い口を開ける洞窟が行く手を塞いでいた。


「ここから先が採掘場よ……エル、それとオズ」


ジゼルは振り返り、二人を見やる。


「火気厳禁。火の魔法だけは絶対に使わないで。最悪、全員吹き飛ばされるから」


「わかった」とエルは頷き、「大丈夫だ」とオズも短く応じた。

三人は横並びになり、狭い坑道の入口を見据えた。

そこからは、絶え間なく灰緑の瘴気が吐き出されている。

耳を澄ませば、地の奥から低いうなりのような風が響いていた。


――いまも瘴気を吐き出し続ける鉱山。

崩落と異変の現場へと続く入口が、彼らを待っていた。


坑道に足を踏み入れた瞬間、空気はさらに重く淀んだ。

魔素と瘴気が絡み合い、肌の上をじっとりと這う。

マスク越しでも、喉の奥にざらつく痛みが広がっていく。


「……嫌な感じだな」


オズが低く吐き捨てる。


岩壁には等間隔で鉄のフックが打ち込まれ、そこに小さなランプが吊るされていた。

中には発光する植物――小人(ドヴェルグ)たちが「灯苔」と呼んで用いていた種だ。

本来なら澄んだ翠の光を放つはずが、瘴気に侵されたのか、今は鈍く濁った黄緑に変じている。


「……弱ってるね」


エルが顔をしかめる。


確かに光量は乏しく、足元を照らすには十分だが、先の闇までは押し払えない。


ジゼルは斧の柄を握り直し、低く呟いた。


「奥の様子が見えないのは厄介ね……。いつもならこの灯苔で、主坑の奥まで一望できるのに」


足音が反響し、湿った岩肌から滴る水音と重なって坑道に響いた。

その音だけが、沈黙に沈んだ坑道にかすかな命を与えているかのようだった。


岩壁には、まだ掘り出されていない鉱石が所々に埋まっていた。

凹凸の激しい壁面は手をついて進むのも難しく、灯苔の淡い発光が鉱石に反射しては、鈍い煌めきを返す。


その瞬間――光の揺らぎの向こうで、何かが蠢いた。


「……っ」


エルが息を呑む。


影はすぐに闇へと溶けたが、耳には確かに這う音が残っていた。

岩を擦り、地を這う、粘りつくような響き。


「な、何かいる……!」


エルの叫びに、オズは即座に目を凝らす。


「暗くて実体は見えないけど……魔力の反応なら追える! 間違いない、魔獣だ!」


「魔獣……!」


ジゼルの瞳が揺れる。


「坑道に魔獣なんて……そんな、ありえない!」


彼女の記憶をたぐっても、この鉱山で魔獣と出くわしたことは一度もなかった。

三人は自然と背を寄せ合い、周囲を警戒する。


這う音はだんだんと近づいてきて――


「エル、右前だ! 来るぞ!」


オズの声が鋭く響いた。

エルは即座に反応し、魔力で鉄の剣を造り出すと、横薙ぎに振るう。

鈍い金属音が坑道に反響した。

硬い――刃が弾かれた。

まるで岩を斬ったみたいだ。


灯苔の光が影を照らし、その姿を浮かび上がらせる。


「……土蛇ワーム!? 坑道を塞ぐほどの……こんな巨体、見たことない!」


ジゼルの声が震える。

土蛇は本来、鉱石の欠片を食むだけの小さな生き物で、小人にとっては脅威でも仲間でもない存在だったのだ。


しかし、目の前にいるそれは、胴で坑道の半ばを塞ぎ、岩片のような鱗片が刃を滑らせる。


魔素ネクトの影響か!」


オズが叫ぶ。


「ジゼル! こいつは、倒していいんだよね……!」


エルは巨大な土蛇を前に、鉄の剣を構え直す。


「普段なら放っておくけど……こんだけ大きいなら論外!」


言葉が終わるより早く、巨体の土蛇が口を広げた。

湿った息が瘴気と混じり、坑道の空気をさらに濁らせていく――。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新は10/21(火)20時頃の予定です!

引き続き宜しくお願いします!

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