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亡国のステラリア  作者: 黒瀬 行杜
第四章
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第四章 第十三節「私は一人じゃないから」

吹きつける風は、遠い山脈の白を孕んでいた。

帝都サンクト=アレクサンドロフから南へ下り、ユージオ大山脈を西から東へと縫う道のちょうど中程。

吹きすさぶ雪の狭間に、ブラウロット鉱山は口を開けていた。


大山脈の背骨に刻まれた洞窟は、もはや自然のものというより人の手で削られた巨大な裂け目である。

その入口には、新調された鉄扉が据えられていた。

扉には円環状の魔法陣が幾重にも描き込まれ、さらに上から太い木材が二本、無骨に打ち付けられ、×の印を形づくっている。


「……厳重だな」


オズが低く呟く。

視線の先には、結界の光をほのかにまとった鉄扉がある。

それはただの封鎖ではなく、怨念すら閉じ込めようとする祈りのようにも見えた。


エルは口を引き結び、ジゼルの横顔を見やった。

彼女の瞳はただまっすぐ、封じられた洞窟の奥を射抜いている。


冷え込む空気の中で、三人の吐息だけが白く浮かび上がっていた。


* * *


数時間前――皇宮の大会議室にて。


「入るぞ」


朝の冷えた空気の中、大会議室の扉は音を立てて開かれた。

現れたのはヘルガ・ブラウロット――ジゼルの姉であり、ブラウロットの現頭領。


「おはようございます、ヘルガ様。今日は一段と冷えますね」


迎え入れたのはローレシアの皇帝陛下、アナスタシア・アレクサンドロフ=ドミトリエフ。

蒼い瞳はヘルガをゆっくりと見据え、束ねた金色の髪は揺れることもない。


そして、その隣に座るのが――ジゼル・ブラウロット。

エル・オルレアン一行の代表として、ブラウロット鉱山での事件の調査について、いま頭領であるヘルガからその可否を得ようとしていた。


ヘルガは大会議室の椅子に腰をかけると、無言でジゼルを睨みつけていた。

長い沈黙の末、油にまみれた手で頭をかき、吐き捨てる。


「……好きにしな。けど、勘違いすんなよ」


「鉱山は共同体(クラン)のものだ。勝手に掘り返す許可をやったわけじゃない」


その声は荒っぽく突き放していたが、握りしめた拳は小刻みに震えていた。

ジゼルは静かに頷き、言葉を返さなかった。

アナスタシアはヘルガの返答に、そっと胸を撫で下ろす。


「チッ……」


舌打ちしたヘルガは、棚の奥から革袋を引っ張り出す。

ごそごそと探り、金具付きの黒革の面具を取り出した。

鼻から口元を覆う、鉱夫用の防塵マスクだった。


「坑道は瘴気と魔素(ネクト)で満ちている。お前たちが吸ったら一発で肺をやられる。……何人か回復したら、自分たちで見に行くために準備してたんだ」


ぶっきらぼうに差し出すその仕草は、まるで石を投げるようだ。

けれどジゼルには分かった。

言葉にしない思いが、この無骨な面具に込められていることを。


受け取った瞬間、革の重みが掌にずしりと伝わる。

ジゼルは小さく息を呑み、頭を垂れた。


「……ありがとう、姉さん」


ヘルガはそっぽを向き、鼻を鳴らした。


「礼なんざいらないよ――あくまでも調査だ、絶対に無理はするな」


ヘルガの言葉を受けて、場に静かな気配が広がる。

アナスタシアは微笑みを作り、ゆるやかに頷いた。


「ヘルガ様、ただいまの回答、ローレシアの主として確かに見届けました」


その蒼い瞳はすぐにジゼルへと向けられる。


「ジゼル……ローレシアの同胞、ブラウロットのこの窮地。どうか解決の糸口を見つけてきてください」


真っ直ぐに投げかけられた願いに、ジゼルはわずかに息を呑み、そして強く首を縦に振った。


「もちろん。……本当にドリュオンズが関わってるなら、こっちにも因縁があるの。解決する気で行ってくるわ」


その言葉に、ヘルガが苛立ちを隠さず咎める。


「この馬鹿が……無理するなって言ってるだろうが」


ジゼルはわずかに笑みを浮かべ、姉の言葉を受け止めるように返した。


「大丈夫よ。私は一人じゃないから」


ジゼルはそう言いながら、心の中でエルとオズの顔を思い浮かべていた。


「ふふ……ジゼルらしいわね」


アナスタシアは柔らかに微笑むと、机の引き出しから小さな銀のペンダントを取り出した。


「そうだ、ジゼル。これも持って行って」


掌に収まるほどのそれは、中央に青い宝石を嵌め込んだ簡素な装飾品。

だが石の奥底からは、かすかな光とぬくもりが漂っていた。


「これは……?」


問いかけるジゼルに、アナスタシアは真剣な眼差しで答える。


治癒魔法(サンクティス)の力を込めてあるわ。……大切な友人として、あなたにローレシアの加護を」


ジゼルはしばし言葉を失い、やがて胸の奥からこみ上げる思いをそのままに呟いた。


「……ありがとう、アーニャ」


二人の視線が重なり、静かな光がその絆を照らしていた。


* * *


吹きさらしの冷気が、洞窟の口を鳴らしていた。

鉄扉に描かれた魔法陣は、雪明かりを受けてかすかに光を返す。

上から打ち付けられた木材の×印は、祈りとも呪いともつかぬ沈黙を宿していた。


「……行くわよ」


胸元のペンダントが、雪の光を一度だけ返した。


三人の顔には、すでに黒革のマスクがかけられていた。

吐息は白く曇り、革越しにこもる音となって雪原に溶けていく。


ジゼルは鉄扉の前に立ち、片手を扉へかざした。

瞬間、円環を描いていた魔法陣が脈打ち、淡い光が波紋のように広がる。

精霊魔法(スピリット)を由来とする封印は、彼女の血を受けて薄れていった。


ジゼルは戦斧の刃先で、魔法陣の内側に小さな逆螺旋――ブラウロットの通行印を素早く刻む。

沈んだ解錠音とともに、木材の×印が自重で外れ、鉄扉の中央に細い隙間が生まれた。


「そのまま下がってて」


取手を押すと扉は重く軋み、人ひとりがやっと通れる幅までゆっくりと開く。


灰緑のもやが、重く足元へ落ちる。

途端に、坑道の奥から瘴気が溢れ出す。

マスク越しでも、喉を灼くような生臭さが伝わってきた。


「っ……!」


エルが思わず目を細める。


「これ……さすがに封してたから瘴気が籠ってただけだよね!?」


オズの声が、震え混じりに響いた。


「分かんない!」


ジゼルは短く吐き捨てる。


「どうする、アンタたち戻ってもいいわよ!」


「まさか!」


オズはすぐさま叫び返す。


「……行こう」


エルの声音には揺るぎがなかった。


ジゼルは一瞬だけ二人を見やり、マスクの奥で小さく笑みを作った。

信頼の証を胸に、戦斧を握り直す。


「……私が先導するわ。着いてきて」


三つの影が、瘴気に覆われた闇の中へと沈んでいく。


光の届かぬ坑道へ。


そして、血の呪いが息づく深淵へ――。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新は10/19(日)20時頃の予定です!

引き続き宜しくお願いします!

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