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亡国のステラリア  作者: 黒瀬 行杜
第三章
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第三章 第二十一節「終幕と宣告」

入口から、甲冑のきしむ音が近づいてくる。


抜いたままの剣を手に歩み入るのは、クライセン王国最強の騎士――『騎士王』ヴィルヘルム・フォン=アイゼンブラント。

その背に続くのは、蒼の竜兜を戴く長身の騎士、ファーヴニル・ウルスラグナだった。


ヴィルヘルムの視線が、入口付近で倒れているテオドールに落ちる。


「……まだ生きてはいるようだな」


低く、しかしはっきりとした声。

テオドール・デア=クライセンの首元に手を当て、わずかに息を吐いた。


そのとき――

崩れ去った黒い影の余波が収まると同時に、氷漬けとなっていたアルブレヒトの身体が解け始めた。

大きく息を吸い、まるで水面に浮かび上がるかのように意識を取り戻す。


「ハア……ハア……! 機械魔神エメト! ……動け! 動くのだ!」


彼の腕の中には、無残に砕けた機械魔神の残骸が抱えられていた。


「……あそこに……あそこに、この国の象徴がいる! あれを殺す千載一遇の好機だ! 動け! 立て! まだ終わっていない!」


だが、破壊された巨体は二度と応えない。

関節は砕け、動力は失われ、ただの鉄屑と化している。


ジゼル・ブラウロットは、何も言えなかった。

目の前の男は、かつての最愛の男ではない。

その誇りも、温もりも、あの日の笑みも――全てはもう、戻らない。

妄執に取り憑かれ、幻の声を追い求めるこの姿が、残された“彼”のすべてだった。


アルブレヒトは必死に残骸を揺らし、再起を促す。

その背に、静かに歩み寄る影があった。

ファーヴニルだ。


竜兜の騎士は、一歩、また一歩と近づく。

鋭く冷たい空気が、その足取りにまとわりつくようだった。


アルブレヒトは、その気配に気づいたのか、あるいは全く気づいていないのか――

ただ、壊れた巨人に呼びかけ続けていた。


そして――


竜兜の下から、わずかに光る蒼が閃いた。

次の瞬間、ファーヴニルの剣が振り抜かれ、鋼のように硬い首筋を一息で断ち切った。


音もなく、アルブレヒトの身体が傾ぎ、床へと崩れ落ちる。

その手から、機械魔神の残骸がこぼれた。

金属片が床を転がり、微かな機械音を漏らしたのち――それも途絶えた。


アルブレヒトの首が床に落ちるまで、ジゼルは瞬きひとつせず、その光景を見届けていた。

その瞳には、涙も怒りも宿らない。

ただ、静かに全てを受け入れた者の色だけがあった。


だが――ファーヴニルは歩みを止めなかった。

血の一滴も浴びぬまま、巨大な竜兜がゆっくりとジゼルの方へ向く。


何かを察したジゼルは、反射的にエルの前へ出た。

満身創痍の身体で斧を握り直し、その蒼の巨躯と対峙する。


「……約束したのよ……エルは、私が連れ戻すって」


ファーヴニルの先、その背後から低く響く声が工房に満ちる。


「早まるな、小人(ドヴェルグ)よ」


ゆっくりと迫り来るのは、ヴィルヘルムだった。

その眼差しは、まずジゼルを値踏みするように一瞥し、そのまま一歩踏み込む。


「貴公たちには深く感謝をする……この国の闇を暴いてくれた」


ヴィルヘルムの眼差しは鋭く、それでいて底に揺るぎない確信を宿している。


「先代の王は確かに『死の商人』と繋がっていたようだ。この施設、そしてここに来るまでに散らばっていた旧型の魔導人形がその証左……だが、それは今この瞬間のみだ」


ヴィルヘルムは、一度静かに目を閉じてから、続けた。


「いいか、小人(ドヴェルグ)……ここには“何もなかった”のだ」


ジゼルの目が大きく見開かれた。


「――何もかも、なかったのだ」


「……何言ってんのよ」


ジゼルの喉が低く鳴る。

それはつまり――たった今、斬り捨てられたかつての最愛の男の存在すら、闇に葬るということ。


蒼の竜兜もまた剣を納めると、腰の袋から一枚の札を取り出した。


「この札の行き先は、我々王侯騎士団(ケーニヒスリッター)の医療施設だ。その札を見せれば、騎士王からの紹介だと分かる」


低く抑えた声が続く。


「そこの二人を助けたいなら早く行け……そして、傷が癒えたなら、一刻も早くこの国を去れ」


ジゼルは歯噛みしながらも、無言で札を受け取った。

そして、地に横たわるエルを抱き起こし、ふらつく足でオズの元まで歩く。


二人とも深く気を失ったままだ。

ジゼルは転送札(パス)を握り、最後に一度だけこの場を振り返った。


そして、光が弾ける中、彼女は二人を伴ってその場から姿を消した。


ジゼルが転送札の光とともに消え去るのを見届けると、工房には一瞬の静けさが訪れた。

その沈黙を破ったのは、騎士王ヴィルヘルムの低い声だった。


「……シュタインシャーレ」


空気が揺らぎ、背後の闇から石仮面の男が姿を現す。

仮面の下で笑いを含んだ声が響いた。


「ククク……お呼びでしょうか? 我が王」


ヴィルヘルムは後ろに現れたその男を一瞥すらせず、前を見据えたまま命じる。


「王子を連れて帰るぞ」


倒れ伏すテオドールに視線を落とし、そしてもう一言。


「ファーヴニル、ここの後始末は任せる」


短くそう言い残し、騎士王と石仮面、そして意識を失ったテオドールの姿は、淡い光に包まれて掻き消えた。


蒼の竜兜は、去り際の主へ深く膝をつき、静かに頭を垂れる。

光が完全に消えると、ゆっくりと立ち上がり、背の大剣を抜いた。


崩れた工房の奥、煤と血の匂いが満ちる中――仮面越しに低く呟く。


「……“星”には、これ程までに強力な物もあるのか」


間を置き、わずかに口元が動く。


「俺たちの“星”にも何かが秘められているのか……? なあ――」


弧を描く蒼の刃により、言葉は途切れる。

そして、冷たい金属音が虚空に響き渡った。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

次回第三章最終節の更新は9/17(水)20時頃の予定です!

引き続き宜しくお願いします!

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