第三章 第十八節「慟哭、黒く染まりて」
機械魔神――
アルブレヒトが造り上げた、巨人型の魔導器。
その存在は、まさしく破壊そのものだった。
鈍重な巨体。
だが、その右腕が一閃するたび、周囲の物すべてが薙ぎ払われる。
左手は大きく広げられ、掌の中心には魔力が凝縮していた。
黒鉄に収まった光球は、ジリリ……と軋む音を立てながら、徐々に膨張していく。
「あれは……まずいぞ!」
テオドール・デア=クライセンが叫び、すぐさま横に跳ぶ。
直後、放たれた光球は工房内の設備を飲み込み、塵一つ残さず消し飛ばした。
放熱のためか、僅かに動きを止める機械魔神。
その隙を突いて、テオが剣を振り下ろす。
だが――黒鉄の装甲は傷一つ負わない。
「……硬すぎる!」
「弱点らしい弱点が、まったく見えない……!」
魔力を目に纏わせたオズワルド・ミラーが呻く。
魔導人形のように露出した核はなく、おそらく内蔵されているのだろう。
だが、後方からの支援すらままならぬほど、その黒鉄の装甲は分厚かった。
オズの声に反応して、機械魔神の右腕が振り下ろされた。
戦場に金属の衝突音が響いた。
それを受け止めていたのは、エル・オルレアンが展開した鉄壁だった。
「オズ! 早く逃げて!」
機械魔神によって潰された鉄壁を見届けながら――
黒い魔力を纏った彼は今、巨大な火球を練り上げていた。
(あの魔導人形たちを焼いた火球なら……!)
「お前なんかに……お前なんかに構ってる場合じゃないんだ!」
左手の獅子の星痕が、闇に沈むように鈍く光を帯びる。
放たれた火球は直進し、空間を灼き、機械魔神を包んだ――
「……やったか?」
エルが凝視するなか、テオが静かに否を示す。
「いや……効いていない」
炎の先、左手が構えられていた。
その掌は、火球を握り潰すかのように閉じられている。
「これもダメなのか……? クソっ!」
エルの声に、焦燥が滲む。
「おいおい、ちょっと待てって……」
オズは顔を青ざめさせた。
「あのデカブツ……エルの火球を……魔力を……吸い込みやがった」
三人の胸を同時に掠めたのは――死の気配だった。
このままでは“誰か”が死ぬ。
それが、確実に近づいている。
* * *
地下工房に、鈍い金属音が鳴り響いた。
ジゼル・ブラウロットが上空から真っすぐ振り下ろした戦斧は――
アルブレヒトの槌によって受け止められていた。
着地後、体勢を立て直すとすぐに横振りに転じた。
続けざまに縦に、斜めにと、追撃の手を緩めずにジゼルは猛攻を続けた。
しかし、痩せこけた老人のようなアルブレヒトは――
その場から一歩も動かずに、ジゼルの攻撃を全て槌によって受け止めていた。
「実に良い斧だ……君が鍛えたのか、ジゼル?」
虚ろな瞳のまま、自身に向けられた戦斧をまじまじと見つめる。
「あの荒々しかった君がこれほどの品を造り上げるとは……私も年を取ったわけだ」
「……黙りなさいよッ!」
ジゼルは歯を食いしばり、必死に喰らいつく。
だが、一撃一撃は弾かれ、届かない。
「こん……ちくしょうぉっ!」
戦斧を両手で握り直し、渾身の一撃を振るう。
しかし、それすらもアルブレヒトは軽々と受け止めていた。
「……私の見た目がこんな風になってしまったからか……何か、勘違いしていないか?」
力で押し返しながら、アルブレヒトは淡々と語る。
「ドヴェルグとドワーフとでは膂力がまるで違う……ジゼル、君の刃が届くことはない」
言い終えると、アルブレヒトは力を込めて、戦斧を、ジゼルを強く押し返した。
ジゼルの身体が一瞬、宙に浮く。
「私の遺作が、今、輝いているんだ……ゆっくりと見させておくれ」
アルブレヒトは槌をくるりと回し、握り直して、ジゼルの腹に向かって思い切り叩きつけた。
「ぐっ……!」
吹き飛ばしたジゼルを他所に、アルブレヒトは既に機械魔神を目で追っていた。
「……まだ鈍いな。魔力の供給が足りなかったか」
槌を支えに、目を凝らして、髭を撫でながら思考を巡らせる。
「……そうだ、あの中人どもを食わせてやろうか? あれだけ無駄な抵抗が出来ているんだ……少しは腹を満たしてくれるだろう」
アルブレヒトは自身の最高傑作の勝利を信じて疑っていなかった。
しかし――そんな彼の目の前に信じられない光景が浮かんだ。
「何だ、あの黒い魔力は……先ほどの揺れはあれが原因、か……?」
「……あれだ! あれを食わせれば……神さえ殺せる……!」
アルブレヒトは黒い魔力の源――エルに目を奪われていた。
もはやジゼルのことも、クライセンの王子のことも眼中にはなく、機械魔神を至高の作品へと昇華させる素材のことしか考えられなかった。
自然とエルのいる方へ、アルブレヒトは手を伸ばしていた。
最高の素材を掴もうと、手を伸ばした矢先に――
彼の左腕は不意に舞った。
「な……」
腕が飛ぶ先に視線を向けるアルブレヒト。
そこには先ほど吹き飛ばしたはずのドワーフがいた。
「さようなら……アルブレヒト」
ジゼルは今度こそ、彼を、アルブレヒトを終わらせるために――
「太陽に向かって咲く花」の名に誓って――
その腹に、決意の一撃を叩き込んだ。
鮮血――
だが、流れ出たそれは――
怨讐に囚われた怪物ではなく、誇りを抱き続けた小人の戦士のものだった。
「……っ……まさか……自分の身体も弄ってる、なんて……っ」
口元から、貫かれた腹から、血を滴らせながら――
ジゼルは息も絶え絶えに呟く。
ジゼルの戦斧は確かにアルブレヒトに届いていた。
しかし、纏われた布が裂かれた奥から覗いたのは――
鈍い銀色の金属に覆われた、どこか人の形をした異形の躯。
「……私の肉体は機械魔神と共にある。私が死んでも……機械魔神が破壊の限りを尽くすまでは、私は生き続ける」
斬り落とされた左腕の先から伸びた、槍のような機構が、ジゼルを貫いていた。
「……何で……何で、こんなに……おかしくなっちゃった、のよ……わたし、の……アルブ……レヒト」
もう、瞼を支える力さえ残っていなかった――
ジゼルは、静かに、瞳を閉じた。
* * *
「ルォオオオオオオ!」
黒い炎を呑み込んだ機械魔神が、耳を裂くような咆哮を放つ。
星の魔力を得た黒鉄の巨体は、異様な輝きを帯び、空気を震わせた。
「……さっきより魔力が濃い? 何か来るぞ!」
オズが叫ぶと同時――
左の掌が開き、三本の指が不気味な音を立てて分離する。
節くれだった鋼の指は、それぞれ獲物を狙う獣のように宙を舞い、急加速した。
「オズ! 下がって!」
一本が一直線にオズを目がけて突っ込む。
その先端に、眩い光が凝縮していくのを見た瞬間、エルは鉄壁を展開――
激しい火花を散らして指を弾き飛ばす。
だが、指先から放たれた光弾は狙いを逸れ、オズの頭上を掠めて背後の壁を撃ち抜いた。
轟音と崩壊音。
振り返ったオズは、血の気を引かせたまま呟く。
「……あんなの直撃したら、骨も残らねぇ……」
「エル! オズワルドの方に指を行かせるな! 二本押さえろ! 俺は残りと本体をやる!」
剣を構えたテオドールが吠える。
エルは短く頷き、迫る一本をかわしながら、オズを狙った別の一本に火球を叩き込む。
火球に混じる黒い魔力に反応したのか、指は軌道を変えて――エルを追尾し始めた。
(……エルは引きつけられそうだな)
テオドールは、自分に迫るもう一本を剣で弾き飛ばしながら、眼前の黒鉄の巨人を睨み据える。
「……さて、どれだけ持たせられるか」
――そのときだった。
「ジゼル!!」
エルの叫びが響く。
視線の先――鋼の槍に貫かれ、崩れ落ちるジゼルの姿。
その光景が、エルの全ての動きを止めた。
「そ……んな……」
「エル! 集中しろッ!」
テオドールの怒声も届かない。
膝が震え、視界が滲む。迫る危機に気付くこともできず――
巨人の指が、静かに赤い光を収束させていた。
「エル、避けろ!」
オズが全力で駆ける。
何も出来ない自分――せめて盾になるために。
巨人の指先から、赤光が弾けた。
「エル!!」
目の前の閃光に、ようやくエルも気付く。
だが、その場から動くことは出来なかった。
――轟音。
エルの視界の中、光弾は別の影を直撃していた。
「ぐぉ……っ……!」
テオドールの右腕が、肩口から鎧ごと吹き飛んでいた。
「……え」
血が噴き、鎧片が床に散らばる。
その衝撃が、エルの胸を抉った。
なぜ――僕を。
なぜ――また、大切な人が。
なぜ――僕はまだ。
「ああああああああああ!」
声にならない絶叫が、腹の底から迸る。
その瞬間、獅子の星痕が闇に染まり、黒い奔流が噴き上がった。
それは人の形を模した黒の影。
だが、そこに“エル”の面影はなかった。
影は光を集める指へと飛びかかる。
次の瞬間、指は赤熱し、溶け崩れ――音もなく消え失せた。
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