第三章 第十七節「アルブレヒト」
地下廊の奥、ひときわ広い空間に足を踏み入れた瞬間、四人は言葉を失った。
そこは工房だった。
重い鉄臭、鈍い魔力の気配。
壁一面に吊るされた工具と、磨き込まれた作業台。
あまりにも整いすぎた空間は、むしろ生の気配を拒絶するようで、
まるで鍛冶場であると同時に、死者を祀る祭壇のようでもあった。
不思議と、足元に残る灰の気配すらも清潔だった。
煤も、血も、恐怖も……ここではすべてが静かに焼かれて、消えていた。
だが何よりも目を引いたのは、部屋の中央に立つ“何か”だった。
無骨な巨体に、魔導炉を思わせる黒鉄の胴体。
剥き出しの腕部には、打ち直された痕跡が幾重にも走っている。
脚部は異様に太く、床にめり込むように据えられていた。
「魔導人形……? いや、違う……大きすぎる」
オズワルド・ミラーが呻くように言う。
「これは……まるで、"巨人"だ」
そのとき、影の奥でかすかな足音が響いた。
現れたのは、痩せこけた男――伸びきった灰色の髪と髭、煤けた工房服に、古びた槌を携えた、老人のような男だった。
ジゼル・ブラウロットが、微かに息を飲む。
目の前にいる男は、彼女が探していたアルブレヒトとは似ても似つかない様相だった。
……いや、そう見えてしまうのも無理はない。
彼女の記憶の中のアルブレヒトは、あまりにも優しかった。
子供たちの声に微笑みを浮かべ、 異なる種の言葉に耳を傾け、小さな歯車の噛み合わせにさえ、愛おしそうに指先を添えていた。
「……アルブレヒト、なの……?」
彼女の声に、男はゆっくりと顔を上げた。
「……ジゼルか、随分と久しいな」
眼差しには、懐かしさも哀しみも、怒りもなかった。ただ空虚で、透き通っていた。
「なんで……こんな場所に。何を造って……どうして戻ってこなかったのよ」
「……戻れるものか。俺はもう“人”ではない。愛した者を焼かれ、何もかもが灰になった。だから……俺はこれを打った」
焦げ跡すら残らぬ炎で、彼女たちは消えた。
声も、温もりも、形も、なにもかも。
焼け残ったのは、この体と、この怒りだけだった。
男の背後にある巨躯が、わずかに反応する。
「これは私の遺作だ、ジゼル……私の魂を売って、魂で打った……機械魔神――そう呼ぶにふさわしいだろう」
憎しみでは足りなかった。怒りでは癒せなかった。
復讐の刃を振るったときでさえ、この胸の穴は埋まらなかった。
だから私は思った。──もう一度、世界を壊そうと。
怒りでは足りず、哀しみでは癒せなかった。
ならば、せめて滅びをもって応えるしかない、と。
まるで、その言葉に呼応するかのように、魔力の波が震えた。
そのとき――その場の空気を切り裂くように、男の前に一人の影が歩み出た。
「ユベル・アルブレヒト、だな……? 貴様は旧型の魔導人形の修復に長けている、と聞いた。先日の豊穣祭での旧型の暴走、並びにヴィクトリア王国での事件について、貴様は関与しているのか?」
毅然とした態度でテオドール・デア=クライセンは割って入り、目の前の男に投げかけた。
腰に携えられた剣は、既に引き抜かれていた。
「……黙して語らずともよい。だが、我々にはこの事態を止める義務がある」
「……クライセンの……王子? ……ジゼル……何故だ?」
テオドールの問いには答えず、アルブレヒトはジゼルを見た。
その瞳はわずかに濁っていた。
「何故……よりにもよって……君が……この国の……中人と……いや、違う。何故、中人と……悪魔たちと……共に……っ!」
「待って! 落ち着いて、アルブレヒト!」
ジゼルが叫ぶ。
しかし、その声はもう届かない――
アルブレヒトは、怒りに任せて槌を地に打ち付けた。
「行け機械魔神! この国を消し去る……手始めに……この王子を、贄とせよ……っ!」
アルブレヒトがそう叫んだ刹那――機械魔神が、黒い炎に包みこまれた。
ジゼルはその炎の正体を知っていた。
「……エル!?」
「……何で、何でちゃんと答えてくれないんですか? もし、あの魔導人形に関わっているなら……ウェンディにかけられた禁呪を知っているなら……僕は、僕は貴方を許さない」
先ほど魔導人形を一層したときとは打って変わって、瞳には冷たい炎を宿して、エル・オルレアンは言い放った。
「……また、中人? ジゼル、私の身に起きたことは知っているだろう……そいつらは悪魔だ! 皆殺しにしなくてはならない!」
アルブレヒトの声に呼応するかのように、黒煙の中から突き出た腕が、エルとテオドールのいる空間を叩き潰すように振り下ろされた。
「ルォオオオオオオ――!」
まるで生物のような叫びを上げて、機械魔神が覚醒した。
両目にあたるスリットが灼けるような紅で光り、その巨体を動かしながら、軋む音を立てる。
「嘘だろ……あの炎が効いていないのか!?」
オズは数段、後ろに下がって目を細める。
情報を、像を、動きを、切り分けるように。
あの黒炎が確かに包んだはずだ。
それなのに――焼け焦げひとつない。まるで、炎ごと拒絶されたように。
「どいつもこいつも……話す気なんて全くないじゃない……っ!」
万に一つ、言葉が通じるかもしれないと……そんな甘さを期待した自分が、馬鹿だった。
冷たい月光のような青白い輝きが、戦斧の刃を這う。
それはまるで、彼女の祈りが宿ったかのようだった。
怒りの中に沈んだ理性が、鋼に宿っているようだった。
「エル! オズ! それと、王子! そのデカブツ、任せるわよ!」
三人の返事を待たずに跳躍――そして、
「どぅりゃああああ!!!」
ジゼルは、かつて「太陽に向かって咲く花」という名を与えてくれた――
心優しく誰よりも中人との共生を願っていた――
アルブレヒトに向かって、戦斧を振り下ろした。
彼を止められるのは、自分しかいない。
それは、そんな決意を込めた一撃だった。
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次回更新は9/9(火)20時頃の予定です!
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