第三章 第十五節「負の遺産」
分厚い扉が閉じると同時に、作戦室の空気がぴんと張り詰めた。
黒騎士団本部、作戦室。
広げられた地図には、いくつもの赤い印が記されている。
地図の中央を見据えながら、テオドール・デア=クライセンは無言で腕を組み、三人の顔を見渡した。
その背後には、上級騎士のバシール、クリストフ、マティアスが控えている。
沈黙を破ったのは、ジゼル・ブラウロットだった。
「転送札の反応があったわ。場所はラインベック――この国の最北の街ね」
テオドールの眉がわずかに動く。
「確かか?」
「ええ。私が渡した札よ。貼りつけてくれるよう、信頼できる筋に頼んであったの」
「その“筋”とやらは?」
「……言えないわ」
ジゼルは一歩も退かぬ声で断じた。
「テオドール王子。あくまでこれは魔法協会の調査として進めてきた件です。私たち三人だけで確認に向かわせてください」
一歩前に出たオズワルド・ミラーがそう述べ、視線をエル・オルレアンとジゼルに向ける。
二人もまた黙したまま、王子を真っ直ぐに見据えていた。
テオドールは低く唸り、地図の一点――ジゼルが示した場所へ視線を落とした。
「……予想通りの申し出だ。だが、こちらからも報告がある。例の魔導人形――港湾、裏市場、密輸ルート、すべて洗った。だが、国外に出た記録は一切ない」
エルが目を見開く。オズも小さく呻く。
「つまり……あれはクライセンから出されたものじゃない?」
「正規・非正規のいずれでもない。船の積載記録にも、馬車の搬送記録にも該当品はなかった」
ジゼルの口元がかすかに歪む。
「……でしょうね」
「……何か掴んでいるな?」
テオドールの問いに、ジゼルは肩をすくめてみせた。
「交換条件よ。こちらの情報も、それなりの価値はあるはず」
そう言って、腰の小袋から小さな紙片を取り出す。
それは、手のひらに収まる設計図のようなものだった。
「まず、あの魔導人形――旧型の製造者が“ドリュオンズ”だってのは知ってるでしょう?」
「……ああ。“死の商人”と呼ばれた天才技師。知らぬ者などいない」
「じゃあ……彼が“私”と同じ、小人だってことは?」
ジゼルの言葉に、エルが驚きの眼差しを向ける。
その声音には、自身の種族を明かしてでも交渉を有利に導く決意が滲んでいた。
「ああ、それも噂では聞いている。それよりお前さん、小人だったのか……いや、なんとなく察してはいたが」
「私のことはどうでもいいわ。それより――本題よ」
ジゼルは腕を横に伸ばし、何かを呟く。
空間が軋むような音とともに、次元の穴が開き――そこから重厚な戦斧を引き抜いた。
「なっ、おい! 何する気だ、ジゼル!」
オズが制止の声を上げ、バシールが無言で剣を構える。
だが、テオドールは眉ひとつ動かさない。
「小人の精霊魔法――簡易工房。異次元に構築された工房と物資保管庫よ。今、そこからこの斧を取り出した」
テオドールの目が細められる。
「……それは小人の秘術ではないのか?」
「中人から見れば、ね。でも、私たちにとっては基本技術の一つ。誰でも使えるわ」
「誰でも……? なら――出入口のサイズも?」
「自由自在。術者の意志で、どんな大きさにもできるわ。当然、魔導人形が通れる程度の大きさにもね」
「……そうか。これで“運搬”の謎が解けた」
部屋に、沈黙が落ちた。
ジゼルは斧を霧のように消すと、淡々と続ける。
「ただ、聞いた話だけど……ドリュオンズは、自分の“作品”に二度と手を加えないの。発表当初はね、彼の機体を弄れるってだけで大勢の修理屋が群がった。恐れと憧れ――小人にとっては、それほどの存在だったわ」
「だが、“封印指定”になってからは……」
「そう。狂信者以外は触れなくなった。そもそも、弄れるだけの技術を持つ者がほとんどいなかった。けど――今でも、ただ一人だけ。修復できる者がいる」
テオドールの声が低くなる。
「……誰だ?」
「十数年前、ラインベックには中人純血主義者たちの秘密結社があったわよね?」
その名に、テオドールの瞳が鋭く細められる。
「……ああ、全員が惨殺されて既に組織は解体されたと聞いている。俺もまだ幼かったから、詳しくは知らないがな」
ジゼルは静かに頷いた。
「そう……なら、彼らに中人の家族を殺されて、行方不明となった小人がいたことは知っているかしら?」
「聞いたことはあるが……まさか――!」
テオドールが何かに気づいて目を見開く。
「ジゼル、君が前に言っていたアルブレヒトというのは……ユベル・アルブレヒトのことなのか?」
「……ええ。アンタたちクライセンの人間が言う“怒れる小人”――ユベル・アルブレヒトが旧型の修復職人よ」
作戦室が、再び静まり返る。
テオドールは視線を伏せ、しばし沈思。
そして、重く息を吐いた。
「……ならば尚更、君たちだけで行かせるわけにはいかない」
ジゼルがわずかに眉を寄せる。だが――
「ただし」
テオドールは、真っ直ぐに三人を見据えた。
「俺が随行する。以上、これ以上の譲歩はしない」
「団長……!」
クリストフが驚きの声を上げるが、テオドールは片手を上げて制した。
ジゼルとテオドールの視線が交錯する。
数秒の沈黙ののち、ジゼルは口元にかすかな笑みを浮かべた。
「……いいわ。それで手を打ちましょう」
「感謝する、ジゼル・ヘリアンサス」
短い言葉の応酬に、決意が滲んだ。
そのやり取りを見届けていたエルが、小さく吐息を漏らすように呟いた。
「……僕も、もう甘えていちゃダメだ。手段は選ばない」
誰に聞かせるでもなく、けれど、確かにそこにあった覚悟のような声だった。
* * *
王都グラーフェンブルク。
クライセン城の北区画に聳える塔の一角――
王侯騎士団の本拠地。
堅牢な石壁と精緻な魔導障壁に守られた静謐の空間。
その私室で、二つの影が卓を挟んで向かい合っていた。
一人は、騎士王ヴィルヘルム・フォン=アイゼンブラント。
もう一人は、蒼竜の兜を被った男――ファーヴニル・ウルスラグナ。
王侯騎士団の副団長。その名と地位以外、素性の一切が謎に包まれた存在。
卓上には、羊皮紙が幾枚も広げられていた。
報告書、技術資料、追跡記録、そして一枚の粗雑な地図――
その隅に記された名に、ファーヴニルが低く呟く。
「……ユベル・アルブレヒト。まだ生きていたとは」
「驚くには値しない。だが――再び“動き出した”となれば話は別だ」
ヴィルヘルムの声は、石のように重い。
「テオドールには……あれは荷が勝ちすぎるかもしれんな。怨恨の怪物だ」
「……私が行きましょうか?」
兜越しの声音は静かで、底が見えない。
その瞳を読み取ることは、王すらも難しい。
ヴィルヘルムはしばし思案し、羊皮紙へと目を戻す。
「この国には、未だ噴き出さぬ“膿”が残っている。それもまた――」
「ククク、どうされましたか……我が王?」
闇から現れたのは、石仮面の男――シュタインシャーレ。
「しばらく留守にする。ダミーを用意しておけ。それと――」
「アルブレヒトの工房まで案内しろ……“負の遺産”の後始末に向かうぞ、ファーヴニル」
「ククク……喜んで」
ファーヴニルは黙したまま、静かに立ち上がった。
兜の奥の視線が、じっと石仮面の男に向けられていた。
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