第三章 第十四節「小人の流儀」
鍵工房を後にした三人は、ジゼル・ブラウロットの一言で街を離れた。
「着いてきて」
それだけを告げると、ジゼルは振り返らずに歩き出した。
エル・オルレアンもオズワルド・ミラーも、何度か言葉をかけようとしたが、ジゼルの背中が語る雰囲気に飲まれ、結局は黙ってついていくしかなかった。
気づけば陽はとっくに落ち、周囲には人影も街灯もない。
生い茂る木々の奥、森の入口でようやくジゼルが立ち止まった。
「……確か、ここら辺だったかしらね」
「着いたのか? ……森に?」
オズが肩越しに尋ねるが、エルがふと首を傾げる。
「……待って、何か物音がする」
闇の奥から、低いうなり声とともに影が集まってくる。
焚き火の明かりも届かぬ森の中で、いつの間にか三人は囲まれていた。
姿を現したのは、小柄な体躯に牙を光らせた無数の魔獣――小鬼だった。
「ジゼル! なんだこれ!」
オズが思わず声を荒げる。
「何がなんだか分からないけど……!」
エルは息を吐くと、掌に魔力を集めて剣を形づくる。
ジゼルは肩をすくめ、小さく吐き捨てた。
「エル、オズ。この小鬼たちは峰打ちにして。殺さないで」
言いながら、ジゼル自身も簡易工房から斧を呼び出す。
「おいおい……そんな器用なことは出来ないぞ! そもそも俺は戦闘向きじゃ……」
「オズ、いざとなったらこれを!」
エルは生成した剣を地面に突き刺す。
「これ使うのも反動があるんだけど!」
オズは慌てて剣の下まで行き、いつでも抜ける準備だけはしていた。
小鬼たちは、合図もなく一斉に飛びかかってくる。
斧の平面で叩き伏せるジゼル、地の魔法で足場を揺らし小鬼を弾き飛ばすエル、そして――ついにすり抜けてきてしまった一匹を見て、オズは意を決して悲鳴混じりに剣を握り、柄で思い切り殴る。
しばらくして、小鬼たちは形勢の不利を悟ったのか、ゆっくりと後ずさった。
しかし次の瞬間、森の奥から一際強い魔力の気配が迫る。
「やっと出てきたわね……メルヒオット」
ジゼルが低く呟き、振り向きざまにエルを見た。
「エル、力を貸して!」
二人の前に現れたのは、体格の大きな一匹の小鬼。
手には巨大な棍棒を携え、地面を叩くだけで地鳴りを響かせる。
「ジゼル! 俺は……!」
オズが叫ぶが、ジゼルは短く切り捨てた。
「見てればいい!」
言葉と同時に斧を振り下ろすが、メルヒオットは素早く身を翻し、打撃をかわす。
「ジゼル! この小鬼も峰打ちでいいんだよね!」
「そうよ!」
「……なら、逃げ場を塞ぐ!」
エルが地を操り、土壁を起こしてメルヒオットの退路を塞ぐ。
狭まった空間に追い込まれたメルヒオットの頭上に、ジゼルの一撃が振り下ろされた。
「やるじゃない! ったく、……いい加減に、して!」
鈍い音が響き、メルヒオットの体が揺れる。
膝をついたその小鬼が、のそりと顔を上げた。
「腕ナマッテナイナ、ジゼル」
オズが固まった。
エルも目を見張った。
「……小鬼が……喋った……?」
* * *
小さな焚き火を囲む四つの影。
ジゼルが静かに口を開く。
「彼はこの辺りの小鬼のボス、名はメルヒオット。数百年前から生きてる異端の魔獣よ」
メルヒオットは唇を歪めて笑った。
「初メマシテ、ヒューマノオスタチ」
オズは未だに口を閉じられず、エルだけがジゼルを真っ直ぐに見た。
「……ジゼル、そろそろどうしてここにいるか教えてくれない?」
ジゼルは焚火を一瞥し、息を吐いた。
「さっき私が魔力を開いた瞬間、小鬼たちが集まってきたでしょう。なんでだと思う?」
エルが唸る。
「……魔力に反応したから?」
「正解。小鬼は魔力探知が特に秀でてるの。クライセンで魔物を見たこと、ほとんどないでしょ?」
「……そういえば、ないな」
オズが小さく相槌を打つ。
「この国の土地は元素も魔素も薄い。それでも小鬼が生き残れるのは、魔力探知でわずかな魔素の在り処も見つけられるからよ」
ジゼルはそう言うと、腰に下げていた古びた鍵を取り出し、メルヒオットに投げた。
「メルヒオット、この鍵に残った魔力を感じる場所を探して欲しいの。見つけたら近くにこれを貼って来て。報酬はこれよ」
ジゼルはメルヒオットに転送札と鉱石が入った小袋を渡す。
「イイ石! 魔素イッパイ……アイ、了解シタ」
メルヒオットが立ち上がり、森に向かって咆哮を上げる。
それを合図に、小鬼の群れが再び闇に散っていった。
散り散りに去った小鬼を確認してから、オズが溜息混じりに呟いた。
「……まさか、小鬼と手を組むことになるとは夢にも思わなかったよ」
ジゼルは微かに火の粉を睨みつつ返した。
「ふん、これが小人の流儀よ。……小人も小鬼も妖精も、アンタたち中人だってみんな同じ神の子――必要があれば協力するし、反目すれば争う。それだけ」
火の明かりがジゼルの横顔を照らす。
「ただ……正直言うとね、アルブレヒトの工房の鍵を使って小鬼たちに探らせるなんていつだって出来たのよ。でも、私一人じゃ踏ん切りが付かなかった」
火の粉がパチリ、と弾ける。
「……それが、アンタたちが現れて、色々と状況が変わって――私も覚悟を決めたの。もう手段なんて選んでる場合じゃないわ」
エルは火の揺らめきの向こうで、ジゼルの真剣な横顔を見つめていた。
「……そんな風に考えたこともなかった」
ぽつりと漏らすエルの声に、オズが眉をひそめる。
「俺はもうちょっと選びたいかな……せめて寝床くらいはさ」
ジゼルは火を見つめたまま、肩を竦めた。
「考えてなかったわね。野宿でいいんじゃない? 私は工房に戻るけど」
ジゼルはニヤリと笑みを見せ、二人に背を向ける。
「ええっ、置いてくの!?」
オズが思わず声を上げると、エルも苦笑いで肩をすくめる。
「僕たちは……火の番ってことかな」
二人の声に、ジゼルは背を向けたままひらりと手を振っただけだった。
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次回更新は9/3(水)20時頃の予定です!
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