表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国のステラリア  作者: 黒瀬 行杜
第三章
43/113

第三章 第十節「三つの夜」

王都の一角、祭の喧騒も落ち着き始めた夕刻――

とある酒場の一室では、黒騎士団(シュヴァルツリッター)と協会の“来訪者”たちによる小さな宴が開かれていた。


「いや、まさか魔法協会(サークル・アーク)の人たちとは……! さっきはすっかり無礼をしてしまったよ!」


そう言って、テオドール・デア=クライセンは豪快に麦酒の杯を空にする。

グラスが卓に叩きつけられると同時に、騎士たちの笑い声が湧き上がった。


場を取り繕ったのはオズワルド・ミラーだった。

街中での戦闘直後、彼は即座に機転を利かせ、自分たちは魔法協会の視察団であり、豊穣祭の視察に来ていたのだと名乗ったのだ。


「いやぁ、命拾いしたわけだな……」


オズは目を泳がせつつ、テオドールから渡された酒をぐい、と煽る。

その飲みっぷりに、周囲から「意外とイケる口だな!」と歓声が飛んだ。


エル・オルレアンもまた、クリストフの勧めに押されるまま次々と料理を皿に盛られていた。

普段なら遠慮するところだが、戦闘の疲労もあってか、素直に箸を伸ばしていた。


一方、ジゼル・ブラウロットはというと――


「肉、肉は!? あと芋の煮込みと……あ、これ何? 魚? くれるの?」


小皿をいくつも抱え、口いっぱいに頬張っていた。

その豪快な食べっぷりに、騎士たちは次第に興味を持ち、まるで見世物のように盛り上がっていく。


「なんだあの小さいの、見た目に反してよく食うな!」


「いや、あれは鍛えてる筋肉の分だろ、絶対!」


その光景を、店の隅でバシール・アルティンシャヒンが無言で見つめていた。

いつものように、黙したまま杯を揺らしている。


「協会の人とあっては、さすがに事を荒立てるつもりはないさ」


テオドールが再び声を上げた。


「それに今日は、結果として俺たち黒騎士団の初陣でもあったしな。まあ、いい日だったってことだ。今日は好きに飲み食いしてくれ!」


根の明るさを隠そうともしない口調に、場はさらに和やかな雰囲気に包まれていく。


* * *


しばらくして、テオドールがふと真剣な眼差しで三人を見やった。


「ところで――お三方。俺の騎士団に入る気はないか?」


その言葉に、場がぴたりと静まる。

エルは目を見開き、軽く頭を下げた。


「……すみません。僕たち、ここに来たのは魔導人形(オートマタ)の調査もあって……」


「そっか。惜しいな」


テオドールは笑って首を振った。


「ねえ、テオドール。アンタ、この国の王子様なんでしょ? いずれは王様になったりするの?」


パンを咥えたまま、ジゼルが問いかけた。


「はは、それは……まず、ないな」


テオドールは笑みを浮かべつつ、グラスを傾ける。


「上に兄上が二人。長兄には嫡男もいる。叔父のローラント殿下も継承権を持ってるし、姉上にも権利がある。全員が暗殺でもされない限り、俺の出番は回ってこないさ」


「団長、それは……!」


クリストフが慌てて口を挟もうとするが、テオドールが手で制した。


「構わんさ。周知の事実だしな。むしろ俺にとっては好都合だ。こうして自分の騎士団を持たせてもらって、騎士としての高みを目指せる。政治なんて、まどろっこしいだけだ」


「へぇ……」


エルが自然と感嘆の声を漏らす。

その流れのまま、ジゼルがもう一口パンをかじりながら問いを重ねた。


「じゃあさ、クライセンって小人(ドヴェルグ)の技術者を使ってるでしょ? 例えば、“アルブレヒト”って名の人……いたりする?」


テーブルの空気が、一瞬にして張り詰めた。

クリストフが何かを言いかけたが、テオドールが手で制し、ゆっくりと応じた。


「……それは答えられないな」


その声音は、先ほどまでの陽気さを完全に引いていた。

だが次の瞬間、再び穏やかな笑みを浮かべる。


「とはいえ、君たちには助けられたからな。俺の知ってる限りでは――“いない”よ」


ジゼルはしばらくその目を見つめたまま、静かに一言呟いた。


「……そう、残念」


「そういえば、もう一人騎士の方がいませんでしたっけ?」


顔を赤く染めたオズが、少し外れた調子で何気なく尋ねると、テオドールがにっと笑った。


「マティアスか? あいつは子が生まれたばかりでね。早く帰るんだよ、ああ見えて家庭人なんだ」


「へぇ……」


再び笑い声が酒場に満ちる。


夜は深まり、仮初の宴は、過ぎゆく祝祭の残り香とともに、ゆるやかに続いていった。


* * *


城の奥まった一室。窓は厚布で覆われ、室内は魔導灯の青白い光だけが静かに揺れていた。

部屋の中央、重厚な長椅子に腰掛けていた男が、ゆるやかに顔を上げる。


ジークムント・デア=クライセン――クライセン王国第二王子にして政務卿。

その顔には、無表情にも似た静けさが張りついていた。

だが沈黙は思考の証であり、沈黙こそが彼の威圧だった。


目元は深い灰紺。

射抜くようなその眼差しに、どれだけの廷臣や諸侯が言葉を詰まらせてきたか。


右耳には、銀の耳飾りがひとつ。

小ぶりな装飾ながら、光を受けてわずかに煌めいていた。


「……なるほど。初陣としては、上出来だな」


静かに告げられた言葉に、マティアス・クレーメルが軽く頷く。


「以上が、今回の一件の報告です。民間への被害は最小限に留まり、敵はすべて撃破済み。隊の士気も、むしろ上がっています」


ジークムントは視線を机上の地図へと戻す。

細やかな線で描かれた王都の街路。その一隅に、淡く光る魔石の印があった。

その一点を、彼はゆっくりと指でなぞる。


「マティアス。黒髪の少年たちの印象は?」


マティアスが一瞬だけ黙し、言葉を選ぶように答える。


「まだ粗削りではありますが……おそらく、ただの旅の徒ではありません」


「……そうか」


ジークムントはわずかに目を細めた。


「彼も、星か」


その言葉と同時に、右耳の耳飾りがかすかに揺れた。

そして彼は、ふたたび地図へと目を落とす。


「……今を逃したら、接触の機会はないか」


魔導灯の光が、再び揺らいだ。

その揺らぎは、ひととき室内の空気を、ひときわ冷ややかに染め上げていた。


* * *


螺旋階段を、コツリ、コツリと靴音が響いていた。

男はゆっくりと、地下へと降りていく。


顔の上半分を覆う石の仮面、白を基調とした上等な衣服、そして何より、その足取りに宿る異様な優雅さが、彼の正体を“異端”であると物語っていた。


──シュタインシャーレ。

彼の名を知る者は少ない。

だが、その名が囁かれるとき、そこには必ず“死”と“策謀”があった。


「……やはりつまらない男だったよ、君は」


階段を降りながら、彼は独り言のように呟いた。


「折角良い演目となりそうだったが──肝心の主役がね。覚悟が足りない。魂が揺れている」


吐き捨てるように、石仮面の男は続ける。


「……力を持ちながら、その刃を選べぬ者など、舞台に立つ資格はない」


仮面の奥、唇の端が愉悦に吊り上がる。


「ククク、しかし収穫もあった──あの斧使いの娘、あれは面白い。……さて、どうやって楽しもうか?」


微笑すら浮かべぬその声は、どこか舞台俳優のような芝居がかっている。

だが滑稽ではない。冷ややかな確信とともに、彼は降りる。さらに、深く。


階段の終わりに、重々しい鉄の扉があった。

彼が手を翳すと、魔術的な封印が軋みをあげて解ける。


ギィ……という音と共に扉が開かれた瞬間、

濃密な魔素と油の臭気が、ふっと彼の衣を撫でた。


その空間は──工房だった。


両脇の壁には、黒衣の魔導人形たちが沈黙のまま並んでいた。

胸元に刻まれた青白い魔核の輝きだけが、かすかな“生”の気配を伝える。


中央の火床では、ひとりの男が槌を振るっていた。

仮面の男に振り向きもせず、淡々と打ち続けている。

シュタインシャーレはその光景を見つめながら、ひとり言のように語りかけた。


「ふむ……今日も打っているのか。何をだ? 魂か? 憎しみか? それとも、君自身の骸か」


男は答えない。

槌の音だけが、打ち返すように響く。


「君は復讐を終えてなお、なお創り続ける。殺しても、殺し足りなかったのか? それとも、殺すことでは……足りなかったのか」


やがて、鍛錬の音が止む。


「命は惜しくない……最期に、これを動かせればな」


火床の向こう、影の中からしわがれた声が返ってきた。

それを聞いたシュタインシャーレは、愉悦すら含んだ調子で言った。


「その執念……実に見事だ。君が打っているのは、刃ではなく“罪”そのものだよ。だが──それでいい。いや、それがいい」


彼は両腕をゆっくりと広げ、並ぶ魔導人形たちを見渡した。


「見るがいい、この兵たちを。君の手が産んだ、冷たく、静かで、残酷な兵器。生まれながらにして“人”の理解を拒絶する、異形の美」


「ククク……実に、実に素晴らしい……この世に、これほど歪で美しいものがあろうか──名工アルブレヒト」


その名が、宙に響いた瞬間――工房の空気が、わずかに軋んだ。

男は応えない。

ただ、再び槌を取り、無言で火床に向かう。


赤い火花が再び弾ける中、石仮面の男はうっとりとした調子で最後の言葉を呟いた。


「芸術とは、狂気が孕む悦楽の果てに生まれる君のような“職人”を得たのは──私にとって、何よりの僥倖だ」


魔導灯の青と、火床の紅が交わり、その場に確かにあったはずの“人間”の色は、静かに焼き尽くされていった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新は8/26(木)20時頃の予定です!

引き続き宜しくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ