第三章 第九節「覚悟の刃」
王都クライセン。
豊穣祭の喧噪が、一瞬にして戦場へと塗り替えられた。
突如として現れたのは、旧型の、黒い魔装束を纏った七体の魔導人形。
その無機質な群れが、喧噪に満ちていた通りを蹂躙する。
「……誰だ、あいつら」
サーベルに指を這わせながら、バシール・アルティンシャヒンが低く呟く。
その視線の先――二人の若者のもとへ、三体の魔導人形が向かっていく。
獲物を奪われたような気分に、わずかに眉をひそめた。
「バシール、彼らのことは後だ!」
剣を振り下ろしながら、テオドール・デア=クライセンが忠臣に叫ぶ。
しかし、その声音に反して、口元には楽しげな笑みが浮かんでいた。
風が走る。
一体の魔導人形が、頭部の魔眼を閃かせた。
次の瞬間、空を裂くように風刃が放たれる。
「ッ――」
バシールは跳んでいた。重力の束縛を嘲笑うような跳躍。
風刃の射線を予見していたかのように、刃の間隙をすり抜ける。
地面に触れる寸前、褐色の肌がきらりと反射する。
その瞬間、一本目のサーベルが魔導人形の脇腹に深く突き立っていた。
「……まずは一体」
呟くと同時に、足裏で機体の装甲を蹴り跳ね、もう一体の正面に踊り出る。
風刃が飛ぶ。だがバシールの姿は、既に背後にあった。
しなやかな回転。
抜き放たれた第二のサーベルが、精密な弧を描いて魔導人形の後頭部に叩き込まれる。
振動の余韻が、刃越しに腕へと伝わる。
二体目の魔導人形が、音もなく崩れ落ちた。
「……ガラクタ相手はつまらない」
* * *
反対側では、テオドール・デア=クライセンが真正面から敵の攻撃を受け止めていた。
風刃。
だが、彼はひるまない。
「なかなかの一撃だが……これしきで!」
大剣を両手で振り上げる。
風が全周から押し寄せるように吹き荒ぶ中――
テオドールは豪快に踏み込み、剣の一撃で魔導人形の片脚をへし折った。
そして、そのまま体を沈め、上体をひねるようにして――
「落ちろッ!」
次の一撃で、首の接合部を断ち切る。
火花とともに赤く発光する目が色を失った。
だが、すぐさま二体目が迫る。
風刃。
構えだけで既に読んでいた。
低く身を沈め、飛来する刃を肩の装甲で弾きながら、懐へと肉迫。
「パターンが拙いな!」
言葉と同時に、剣が縦一文字に振り下ろされる。
敵の胴を斜めに裂く。
装甲の奥から魔力の閃光――魔導核が露出した。
「核は……これか!」
テオドールは刃先を反転させ、突きでその核心を正確に貫いた。
二体目も崩れ落ちる。
「バシール、残りはあと三体だな」
テオドールは戦場の向こう、少年と少女の姿に一瞬目を向け――
「……どうやら、ただの観光客ではないようだな」
血潮のような魔素の風に髪をなびかせながら、彼は口元を吊り上げた。
* * *
通りの中央。
破壊された山車の残骸を背に、二体の魔導人形が並び立っていた。
さらにもう一体、後方から合流しようとする機影がある。
合わせて三体。
その前で、エル・オルレアンは必死に剣を構えていた。
(来る……!)
風の唸りと共に、魔導人形の魔眼が光を灯す。風刃の前兆だった。
「ジゼル! 魔導人形には弱点が――!」
エルが叫んだその瞬間、風を裂いて飛び込むように駆け出したのは、青と銀の髪をなびかせた少女だった。
「うおりゃああっ!」
風刃が斜めに走る。
その軌道を見切ったように、ジゼル・ブラウロットは身をひねってすり抜けると、巨大な戦斧を振りかぶる。
轟音と共に、魔導人形の胴体が真っ二つに裂かれた。
金属が悲鳴のように軋む。
断面から火花を散らして、機体が崩れ落ちる。
エルは一瞬、呆然とその光景を見ていた。
「……弱点? そんなもん関係ない。ぶった切ればいいのよ」
肩越しに笑ったジゼルは、ふたたび戦斧を構え直す。
「アンタねえ……勝手に突っ走るんじゃないわよ!」
鋭く言い放つと、飛ぶようにエルの横を駆け抜けていった。
「くっ……!」
エルは呼吸を整え、もう一体の魔導人形へ向き直る。
魔導人形の斬撃を、渾身の力で受け止める。
(重い……けど、いける……)
足元の魔力がざわめく。
エルは地を這うように動き、オートマタの懐へ潜り込む。
剣を横薙ぎに――だが、その刃が相手の装甲を掠めたところで止まる。
一撃を決めきれない。
(……あのときと同じだ)
脳裏に、ウェンディの姿が浮かぶ。
自分の造った土人形と“痛覚”を共有したがため、必死に耐えていた彼女。
(目の前にいるのは魔導人形、あの土人形とは違うのに……!)
心が、刃を止めていた。
「何してるのよ!」
ジゼルの声が飛んだ。
そのとき、エルの背後――もう一体のオートマタが跳躍し、背後から斬りかかる。
「後ろっ!」
ジゼルの叫び。
エルは反射的に、地を叩いた。
瞬時にせり上がった土壁が、迫る刃を弾き返す。
鋼の腕が壁に突き刺さり、爆風のような音が響く。
「はっ、甘いわよ!」
その直後――宙を舞う影が、弧を描く。
ジゼルの戦斧が、オートマタの胸部を斜めに両断していた。
「一体、片付け!」
華麗に舞い降りたジゼルの姿に、周囲の騎士たちがどよめいた。
「……ッ!」
エルは残る一体を見つめる。
再び剣を構え直すが、手がわずかに震えている。
「……覚悟が足りない」
ジゼルの声が背後から届いた。
一瞬の間。
そして次の瞬間、ジゼルの戦斧が再び宙を裂く。
鋭い軌跡を描いて駆け抜けた刃が、今度はエルの前にいた魔導人形を、ためらいなく叩き斬っていた。
真っ二つに割れた魔導人形が、鈍い音を立てて地に沈む。
「……!」
言葉を失ったエルの横顔を、ジゼルはじっと見つめていた。
土煙がようやく静まり、魔導人形の巨体が次々と崩れ落ちていく。
テオドールとバシールのもとにいた四体、エルとジゼルが相対した三体――すべてが沈黙した。
通りには、一瞬の静寂が訪れる。
「……っ!」
エルが肩で息をしながら、剣を握ったまま立ち尽くしていた。
その前に、ジゼルが音もなく立ちふさがる。
「……中途半端なことをすんじゃないわよ!」
乾いた音が響いた。
ジゼルの手のひらが、エルの頬を強く打つ。
不意を突かれたエルの頭がわずかに揺れた。
「死ぬわよ、アンタ……次やったら本当に」
「……ごめんなさい」
エルは唇をかみしめて、小さく呟いた。
* * *
その緊張の余韻を破るように、重厚な金属音が地を打つ。。
魔導人形たち、そして黒騎士団の騎士たちが周囲を包囲するように配置されていた。
黒塗りの仮面の奥から光る視線。
誰もが、エルとジゼルの二人を見据えている。
その中心から、一歩を踏み出したのは――
「いやあ、見事だった」
テオドール・デア=クライセン。
黒鎧の団長は、楽しげに手を叩きながら二人の元に歩み寄った。
「君たち、いい腕だな。民間人のようには見えなかったが……」
その目が、鋭くなる。
「特に――黒髪の君。結果はともかく、魔導人形との戦いに随分と慣れていたようだが……一体、何者だ?」
エルは、言葉を失ったまま立ち尽くす。
その後ろでは、バシールが無言で剣を抜いたまま待機している。
クリストフは魔導人形の再配置を完了し、発令を待つ構え。
マティアスだけが、やや距離を置いてその様子を冷静に見守っていた。
この場の空気は、先ほどまでの戦闘よりも――よほど鋭く、危うかった。
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次回更新は8/24(日)20時頃の予定です!
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