表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国のステラリア  作者: 黒瀬 行杜
第三章
41/113

第三章 第八節「豊穣祭」

時刻は正午に近い。

王都クライセンの街の賑わいは絶頂を見せていた。


「うわあ……すごい、人の数」


エル・オルレアンは通りを見渡して、目を丸くした。


普段は整然とした石畳の通りに、色とりどりの布や飾り、露店がずらりと並び、通りの両脇には人だかりができている。

王都の各地から集まった民衆が、笑い声や歓声を上げながら祭りを楽しんでいた。


「ほら、これ」


ジゼル・ブラウロットが手にしていたのは、艶やかな飴でコーティングされた果物だった。

りんご飴のようなその菓子を、彼女はうれしそうにひとくちかじる。


「甘い……けど、ちょっと歯にくるわね」


「似合ってるよ。そういうの」


エルが言うと、ジゼルはわずかに目を見開いたあと、そっぽを向いた。


「ふん、どうせ子どもっぽいって思ってるんでしょ」


「ち、違うよ、そんなこと!」


「エル、それは“お姉さま”に失礼だぞ」


オズワルド・ミラーが苦笑しながら言い、手に持った串焼きの肉を頬張る。


通りの中央では、交通規制が敷かれており、巨大な山車が練り歩いていた。

獅子の顔を模したもの、豊穣を象徴する麦の束や果実をあしらったもの、中には神話の怪物をかたどったものまで、奇抜な装飾が続く。


「すごいね、これ……」


エルが思わず呟くと、隣のオズが頷いた。


「この規模の祭りは、ヴィクトリアでも滅多にないぞ」


「趣味の悪いデザインもあるけど、中々の見ものよね」


ジゼルも、りんご飴を食べながら感心したように言う。


その行列の最後尾、巨大な大剣を肩に担いだ騎士を模した山車が現れる。

他を圧するような威容と荘厳な装飾に、通りの空気が一瞬ざわめいた。


「あれは何だろう?」


「多分、騎士かな。クライセンは独自の“騎士文化”を持ってるんだ」


「そう。あれは“騎士王”よ。ここ数年はずっと、あれが大トリ」


ジゼルの言葉に、エルは息を呑んだ。


「騎士王、か……」


その余韻を引き継ぐように、今度は――角笛の音が鳴り響いた。

人々が道の両側へと下がり、中央に整列していく影が見える。


「行進が始まったみたいだね」


エルの声に応じるように、足音が石畳に反響する。


現れたのは、仮面をつけた一団だった。

黒鉄の装甲と漆黒の布で統一された装い。

人間のようで、しかしどこか機械的な統率。

その動きは驚くほどに滑らかで、無音でありながら、なにか不気味さを漂わせていた。


「……あれは?」


黒騎士団(シュバルツリッター)よ。新しくできたばかりの精鋭部隊」


ジゼルが答えた。


「最初の隊列は、魔導人形オートマタね。新型の」


「えっ、あれも人形……」


エルは思わず目を細める。


ウェンディのもとで見た旧型の無骨さとは異なるが、どこか“魂のない”ものが動いているような印象は変わらなかった。


次いで姿を現したのは、仮面をつけていない騎士たちの隊列だった。

鋼の鎧に身を包み、身のこなしに迷いのない者たち。彼らの動きには確かに“意志”があった。


「そういえば、騎士団ってつまりは軍隊だって聞いたけど?」


エルの問いに、オズがうなずく。


「ヴィクトリア、クライセン、それからローレシア――三つの大国はそれぞれ“魔法騎士団(パラディン)”という軍事ギルドを持ってるんだ。それがこの大陸での均衡になってる」


観客からどっと歓声が上がった。

特に女性たちからの黄色い悲鳴が飛ぶ。


「すごい人気だな」


「そりゃそうよ。あれが黒騎士団(シュバルツリッター)の団長、テオドール・デア=クライセン」


ジゼルが指差した先、金髪の青年が人々に手を振っている。

堂々たる体躯と、精悍な顔立ち。

騎士らしい気品と剣気をまとった姿は、確かに目を引く。


「たしか、第三王子だったわね」


「王族……」


エルはその姿に、ふと過去の記憶を重ねていた。


離宮から見た、あの日の王族の会合。

幼い自分が遠巻きに見ていた貴族たち。


(そうか……あの時の……)


彼が思いに沈んだその時、突如として――

轟音が、王都の空を裂いた。


耳をつんざく爆発音とともに、通りの一角が激しく揺れる。

人々の歓声は悲鳴へと変わり、白煙と火花があがった先、仮面をつけた魔導人形の一体が、突然倒れた。


黒騎士団の隊列の前には、突如現れた黒い魔装束の集団。


「あれは……あの時の!」


エルは思わず叫んでいた。

ウェンディの邸宅で戦った、旧型の魔導人形の集団。


その内の一体、赤く輝く双眼が、エルたちを真っ直ぐに射抜いていた。


爆煙の向こう、黒鉄の騎士たちが即座に動き出す。


「敵襲か!? マティアス、クリストフ! 民衆の避難を最優先だ!」


テオドール・デア=クライセンの怒号が、騎士たちの間に響く。


「了解! 下位騎士を回して、退路を確保します!」


マティアス・クレーメルが即座に指示を飛ばし、隊列の後方から騎士たちが走り出す。


魔導人形(オートマタ)部隊、展開! 民衆との接触を防げ!」


クリストフ・ヴァン=フリードリヒも手際よく号令をかけ、手を掲げる。

黒塗りの魔導人形たちが遮蔽のごとく前線に並ぶ。


「……七体か、敵は。とりあえず三体ずつ」


バシール・アルティンシャヒンが片手で黒いスカーフを払う。

日焼けした肌に金の飾りが映える。

腰から抜かれたのは、湾曲したサーベルのような異国の刃。


「骨が折れそうだな。まさか、こんなところで初陣とは……だがっ!」


テオドールは腰の剣を引き抜いた。

その目に宿るのは、猛る炎。


「バシール! 残りの一体は――早い者勝ちだ!」


叫ぶや否や、黒の鎧の重みをものともせず、地を蹴って駆け出す。

バシールも無言のまま、黒装束の集団へと跳躍していった。


* * *


その頃、通りの一角では──

押し寄せる民衆の波に、エルたち三人が揉まれていた。


「くっ、前に進めない……!」


ジゼルが歯噛みする。


「アンタたちと出会って、まさかこんな早く“手がかり”が見つかるなんて……でも、これじゃ……!」


「あ、おいっ! エル!」


一言も発せず、エルは群衆の隙間を縫うように駆け出していた。

人々をかき分け、通りの中央を目指す。


あの“旧型”を、今ここで取り逃がすわけにはいかない──

そんな思いだけが、彼の胸の奥で激しく燃えていた。


オズの声も、周囲の悲鳴も、もう耳には入っていない。

気づけば息も荒く、喉が焼けつくように熱かった。

けれど、それでも止まれなかった。


焦りでも、怒りでも、恐怖でもない。

それらがぐちゃぐちゃに混ざり合い、ひとつの衝動となってエルを突き動かしていた。


「おい、何やってる!」


声を上げたのは、避難誘導中の若い騎士だった。


だがその叫びと同時に――爆風を巻き起こし、風の刃が疾走した。

それは、旧型の魔導人形がエルの魔力に反応し、放ったものだった。


「観衆か……? 危ないっ、下がれ!」


テオドールの怒声が飛ぶ。


だが、エルは一瞬の判断で地を叩く。

瞬時に土が盛り上がり、壁となって風刃を受け止める。


「ここで逃がすわけにはっ……!」


土壁は砕けたが、エルはもう次の一手しか見えていなかった。

周囲の声も、敵の数も、何もかもが意識の外にあった。

彼にとっては、ただ“目の前の一体”だけが全てだった。

右手には自らの魔力で造り出した鉄の剣が、既に握られている。


「……ったく、先走って! モジャ、私を持ち上げて!」


ジゼルの声がオズに向けられる。


「モジャ!? 誰がモジャだ、ってか何を……」


「いいから、早く!」


「あ、ああもうっ!」


オズはジゼルの体を持ち上げる。

その軽さに一瞬驚くが、ジゼルはそのまま彼の肩を踏みつけ、弾むように跳躍した。


「うおっ……!」


後ろにのけぞるオズを尻目に、宙を舞ったジゼルの右腕が、ぴたりと水平に伸ばされる。

ジゼルの指先に虚空がゆらぎ、次元の穴が出現する。


――それは、彼女の“簡易工房”へとつながる入口だった。


躊躇なく右腕を突っ込むと、光が走り、風が巻き起こる。

やがて引き抜かれたのは、彼女の身の丈の倍はあろうかという巨大な戦斧。


魔力の奔流に、青と銀の髪がしなやかに舞う──

その姿は、まるで戦場に咲く花のようでありながら、斧の存在がその美を容赦なく切り裂いていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新は8/22(金)20時頃の予定です!

引き続き宜しくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ