第三章 第八節「豊穣祭」
時刻は正午に近い。
王都クライセンの街の賑わいは絶頂を見せていた。
「うわあ……すごい、人の数」
エル・オルレアンは通りを見渡して、目を丸くした。
普段は整然とした石畳の通りに、色とりどりの布や飾り、露店がずらりと並び、通りの両脇には人だかりができている。
王都の各地から集まった民衆が、笑い声や歓声を上げながら祭りを楽しんでいた。
「ほら、これ」
ジゼル・ブラウロットが手にしていたのは、艶やかな飴でコーティングされた果物だった。
りんご飴のようなその菓子を、彼女はうれしそうにひとくちかじる。
「甘い……けど、ちょっと歯にくるわね」
「似合ってるよ。そういうの」
エルが言うと、ジゼルはわずかに目を見開いたあと、そっぽを向いた。
「ふん、どうせ子どもっぽいって思ってるんでしょ」
「ち、違うよ、そんなこと!」
「エル、それは“お姉さま”に失礼だぞ」
オズワルド・ミラーが苦笑しながら言い、手に持った串焼きの肉を頬張る。
通りの中央では、交通規制が敷かれており、巨大な山車が練り歩いていた。
獅子の顔を模したもの、豊穣を象徴する麦の束や果実をあしらったもの、中には神話の怪物をかたどったものまで、奇抜な装飾が続く。
「すごいね、これ……」
エルが思わず呟くと、隣のオズが頷いた。
「この規模の祭りは、ヴィクトリアでも滅多にないぞ」
「趣味の悪いデザインもあるけど、中々の見ものよね」
ジゼルも、りんご飴を食べながら感心したように言う。
その行列の最後尾、巨大な大剣を肩に担いだ騎士を模した山車が現れる。
他を圧するような威容と荘厳な装飾に、通りの空気が一瞬ざわめいた。
「あれは何だろう?」
「多分、騎士かな。クライセンは独自の“騎士文化”を持ってるんだ」
「そう。あれは“騎士王”よ。ここ数年はずっと、あれが大トリ」
ジゼルの言葉に、エルは息を呑んだ。
「騎士王、か……」
その余韻を引き継ぐように、今度は――角笛の音が鳴り響いた。
人々が道の両側へと下がり、中央に整列していく影が見える。
「行進が始まったみたいだね」
エルの声に応じるように、足音が石畳に反響する。
現れたのは、仮面をつけた一団だった。
黒鉄の装甲と漆黒の布で統一された装い。
人間のようで、しかしどこか機械的な統率。
その動きは驚くほどに滑らかで、無音でありながら、なにか不気味さを漂わせていた。
「……あれは?」
「黒騎士団よ。新しくできたばかりの精鋭部隊」
ジゼルが答えた。
「最初の隊列は、魔導人形ね。新型の」
「えっ、あれも人形……」
エルは思わず目を細める。
ウェンディのもとで見た旧型の無骨さとは異なるが、どこか“魂のない”ものが動いているような印象は変わらなかった。
次いで姿を現したのは、仮面をつけていない騎士たちの隊列だった。
鋼の鎧に身を包み、身のこなしに迷いのない者たち。彼らの動きには確かに“意志”があった。
「そういえば、騎士団ってつまりは軍隊だって聞いたけど?」
エルの問いに、オズがうなずく。
「ヴィクトリア、クライセン、それからローレシア――三つの大国はそれぞれ“魔法騎士団”という軍事ギルドを持ってるんだ。それがこの大陸での均衡になってる」
観客からどっと歓声が上がった。
特に女性たちからの黄色い悲鳴が飛ぶ。
「すごい人気だな」
「そりゃそうよ。あれが黒騎士団の団長、テオドール・デア=クライセン」
ジゼルが指差した先、金髪の青年が人々に手を振っている。
堂々たる体躯と、精悍な顔立ち。
騎士らしい気品と剣気をまとった姿は、確かに目を引く。
「たしか、第三王子だったわね」
「王族……」
エルはその姿に、ふと過去の記憶を重ねていた。
離宮から見た、あの日の王族の会合。
幼い自分が遠巻きに見ていた貴族たち。
(そうか……あの時の……)
彼が思いに沈んだその時、突如として――
轟音が、王都の空を裂いた。
耳をつんざく爆発音とともに、通りの一角が激しく揺れる。
人々の歓声は悲鳴へと変わり、白煙と火花があがった先、仮面をつけた魔導人形の一体が、突然倒れた。
黒騎士団の隊列の前には、突如現れた黒い魔装束の集団。
「あれは……あの時の!」
エルは思わず叫んでいた。
ウェンディの邸宅で戦った、旧型の魔導人形の集団。
その内の一体、赤く輝く双眼が、エルたちを真っ直ぐに射抜いていた。
爆煙の向こう、黒鉄の騎士たちが即座に動き出す。
「敵襲か!? マティアス、クリストフ! 民衆の避難を最優先だ!」
テオドール・デア=クライセンの怒号が、騎士たちの間に響く。
「了解! 下位騎士を回して、退路を確保します!」
マティアス・クレーメルが即座に指示を飛ばし、隊列の後方から騎士たちが走り出す。
「魔導人形部隊、展開! 民衆との接触を防げ!」
クリストフ・ヴァン=フリードリヒも手際よく号令をかけ、手を掲げる。
黒塗りの魔導人形たちが遮蔽のごとく前線に並ぶ。
「……七体か、敵は。とりあえず三体ずつ」
バシール・アルティンシャヒンが片手で黒いスカーフを払う。
日焼けした肌に金の飾りが映える。
腰から抜かれたのは、湾曲したサーベルのような異国の刃。
「骨が折れそうだな。まさか、こんなところで初陣とは……だがっ!」
テオドールは腰の剣を引き抜いた。
その目に宿るのは、猛る炎。
「バシール! 残りの一体は――早い者勝ちだ!」
叫ぶや否や、黒の鎧の重みをものともせず、地を蹴って駆け出す。
バシールも無言のまま、黒装束の集団へと跳躍していった。
* * *
その頃、通りの一角では──
押し寄せる民衆の波に、エルたち三人が揉まれていた。
「くっ、前に進めない……!」
ジゼルが歯噛みする。
「アンタたちと出会って、まさかこんな早く“手がかり”が見つかるなんて……でも、これじゃ……!」
「あ、おいっ! エル!」
一言も発せず、エルは群衆の隙間を縫うように駆け出していた。
人々をかき分け、通りの中央を目指す。
あの“旧型”を、今ここで取り逃がすわけにはいかない──
そんな思いだけが、彼の胸の奥で激しく燃えていた。
オズの声も、周囲の悲鳴も、もう耳には入っていない。
気づけば息も荒く、喉が焼けつくように熱かった。
けれど、それでも止まれなかった。
焦りでも、怒りでも、恐怖でもない。
それらがぐちゃぐちゃに混ざり合い、ひとつの衝動となってエルを突き動かしていた。
「おい、何やってる!」
声を上げたのは、避難誘導中の若い騎士だった。
だがその叫びと同時に――爆風を巻き起こし、風の刃が疾走した。
それは、旧型の魔導人形がエルの魔力に反応し、放ったものだった。
「観衆か……? 危ないっ、下がれ!」
テオドールの怒声が飛ぶ。
だが、エルは一瞬の判断で地を叩く。
瞬時に土が盛り上がり、壁となって風刃を受け止める。
「ここで逃がすわけにはっ……!」
土壁は砕けたが、エルはもう次の一手しか見えていなかった。
周囲の声も、敵の数も、何もかもが意識の外にあった。
彼にとっては、ただ“目の前の一体”だけが全てだった。
右手には自らの魔力で造り出した鉄の剣が、既に握られている。
「……ったく、先走って! モジャ、私を持ち上げて!」
ジゼルの声がオズに向けられる。
「モジャ!? 誰がモジャだ、ってか何を……」
「いいから、早く!」
「あ、ああもうっ!」
オズはジゼルの体を持ち上げる。
その軽さに一瞬驚くが、ジゼルはそのまま彼の肩を踏みつけ、弾むように跳躍した。
「うおっ……!」
後ろにのけぞるオズを尻目に、宙を舞ったジゼルの右腕が、ぴたりと水平に伸ばされる。
ジゼルの指先に虚空がゆらぎ、次元の穴が出現する。
――それは、彼女の“簡易工房”へとつながる入口だった。
躊躇なく右腕を突っ込むと、光が走り、風が巻き起こる。
やがて引き抜かれたのは、彼女の身の丈の倍はあろうかという巨大な戦斧。
魔力の奔流に、青と銀の髪がしなやかに舞う──
その姿は、まるで戦場に咲く花のようでありながら、斧の存在がその美を容赦なく切り裂いていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
次回更新は8/22(金)20時頃の予定です!
引き続き宜しくお願いします!




