表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国のステラリア  作者: 黒瀬 行杜
第三章
40/113

第三章 第七節「嵐の前の静けさ」

王都の空に、見えない目が潜んでいた。

建物の壁面、街灯の陰、石畳の隙間──決して目立つことなく、静かに。


衛星眼球(サテライト)

シュタインシャーレが仕掛けた数多の魔導視点が、今日も王都の隅々を監視している。


白と金の衣をまとい、仮面をつけた男は、円形の部屋にいた。

部屋の中央に浮かぶ魔導円盤。その上には、いくつもの魔導映像が宙に揺れている。


市場の喧騒。軍港の艦列。議会前広場の演説。そして──ある路地裏の酒場。


「……おや、これはこれは。あのときの少年ではないですか」


仮面の奥で、片目が細められる。

映像の中、エル・オルレアンとオズワルド・ミラーが、一人の少女と対話していた。


「女王が舞台を降りたというのに、まだ君は……そうですね。少し遊んであげましょうか」


仮面の下、唇の端がゆるやかにつり上がる。

衛星眼球は三人の動きに合わせてふわりと路地を滑る──だが、突如として映像が乱れた。


三人の姿が、煙のようにかき消える。


「……ククク。転移の術式か何かか? 魔力の痕跡ごと、急に途絶えた……」


短く、沈黙。

そして男は、指先で円盤の映像を切り替えながら、小さく呟いた。


「明日は豊穣祭、か……騒ぎを起こすには、丁度いい」


右手を上げると、別の衛星眼球がふわりと浮かぶ。

手をかざすと、その球体の内に黒いシルエットが浮かび上がった。

仮面すらつけぬ、“あの者”の影。


「……どうした、石仮面」


濁った声が、視球の中から響く。


「ククク。突然の連絡、失礼いたします、商人様。──また少し、“お人形”をお借りしたく」


「ふん。貴様に貸して返ってきた覚えはないがな……まあよい。在庫の処分にはなる」


「対価は、いかようにも」


「なら……一つ、“処分”してもらいたい物があってな」


次の瞬間、黒いシルエットはふっと消える。

部屋に、再び静寂が戻った。


「ククク……少し、楽しみが出来ましたねぇ」


仮面の奥、衛星眼球の光を受けて細められた片目が、不気味に笑っていた。


* * *


「ジゼル、明日からよろしくお願いします」


「そろそろ戻らないとな。宿が見つからないかもしれないし」


エルの言葉に続けて、オズが背伸びをしながら言った。


「……ちょっと、アンタたち」


ジゼル・ブラウロットがじと目で睨んでくる。


「まさかとは思うけど、宿取ってないわけ?」


「はい。クライセンに着いてすぐ、ジゼルの言ってた酒場に向かったので……」


申し訳なさそうに答えるエルに、ジゼルは思い切りため息をついた。


「信じらんない……今から戻ったって、宿なんか空いてないに決まってるでしょ」


「えっ? これだけ大きな都なのに?」


オズが目を丸くする。


「明日は豊穣祭。王都だけじゃない、近隣都市からも人が集まるの。他国からの観光客も来てるだろうし、今から見つかるのなんていわくつきの物件くらいよ」


「……そ、そうなんだ」


エルがやや気圧されるように頷く。


「それに──」


ジゼルの声がわずかに低くなる。


「ここに来るまで、誰かに尾けられてたわよ、私たち」


「えっ……誰に?」


オズが声を潜める。


「知らないわよ。でも、ただの酔っ払いって雰囲気じゃなかった。ま、心配しなくてもいいけど」


ジゼルは肩をすくめ、作業机の鉱片を指で軽く弾く。


「この簡易工房に入った時点で、外から場所は特定できないから」


「すごい結界とか……?」


エルが尋ねると、ジゼルは鼻で笑った。


「ちがうわよ。この工房はドヴェルグの精霊魔法(スピリット)の術式よ」


精霊魔法(スピリット)……?」


「次元の狭間に工房を構えるの。出入りできるのは、その工房の主に許された者だけ。許可がなければ、存在すら感知できない」


淡々とした口調の中に、確かな誇りがにじむ。


「さっきも言ったけど、ドワーフってのは宝石みたいなもんなの」


「……宝石?」


「そう。数が少なくて技術もあるし、なにより“珍しい”。私を捕まえて、金持ちの変態共に売り飛ばせば──一生遊んで暮らせるくらいの金になるわよ」


その言葉に、エルもオズも言葉を失った。


「もちろん、捕まえられるもんなら、ね?」


ジゼルは小さく笑った。不敵で、どこか達観した笑みだった。


「……というわけで。しばらくここ、使っていいわよ」


くるりと背を向け、ジゼルは奥の扉を開ける。


案内されたのは、鉱物が敷き詰められた小さな物置のような部屋だった。

無骨な鉱石の棚が左右に並び、床にも鉱物が散らばっている──それだけだ。


男二人が寝るには、狭すぎる空間だった。


「……あ、ありがとう」


エルとオズは同時に頭を下げた。


* * *


王都の一角、比較的静かな通りに面した宿屋の前。

その扉が開き、エルとオズが肩を並べて外へ出てきた。


祭りの喧騒はまだ遠く、朝の空気は清らかで、ほんのり冷たかった。


「よかったよな、ここ。祭りの翌日からなら泊まれるって言ってたし」


「うん、助かったよ……」


エルは腰に手を当てて、どこか疲れたように笑った。


「やっぱ痛かったか? あの鉱物の床」


オズも背中をさすりながら、顔をしかめる。


「俺もさ。細かいのが刺さって……背中ガリガリだわ、もう」


「ふん。なによ、人が親切心で泊めてあげたってのに」


気づけば後ろに立っていたジゼルが、腕を組んでじと目を向けてくる。


「いやいやいや! 本当に感謝してるって! ただ、さすがに若い女性のところに男二人が泊まり続けるのは、な?」


オズが慌てて手を振る。


「そ、そうそう! ジゼルも気疲れするかと思って……」


エルも勢いよく相づちを打った。


「はぁ? アンタたちが変な気を起こしたら、その場でボコボコにしてあげるわよ」


ジゼルは肩をすくめ、あっけらかんと告げた。


「それに──私、アンタたちより全然年上よ。きっと」


空気が一瞬だけ静かになる。


「え?」


オズはジゼルを上から下まで見下ろす。

見た目はどう見ても子ども。

小人(ドヴェルグ)とはいえ、その若さはにわかには信じがたい。


「俺も若く見られるけど、二十三だぜ? 『茨姫(ドルンレーシェン)』で見た写真から二十年経ってるって言っても、そんなに変わりはないんじゃ……」


「数えで四十よ」


「……えっ」


エルがぽつりと声を漏らす。

確かに、ヒルデガルドに見せられた写真と今のジゼルを比べても──見た目の変化はほとんどなかった。


「いやいや、四十って……さすがに盛ってるだろ?」


オズが言うと、ジゼルは呆れたようにため息をつき、無言で彼の脛を蹴った。


「いってえぇっ!?」


「これだから中人(ヒューマ)は……数が多いからって、自分たちの物差しで他人を測るなんて、失礼にも程があるわよ」


オズがうずくまりながら涙目になる横で、エルがおずおずと尋ねた。


「……あの、やっぱり“ジゼルさん”って呼んだ方が……?」


ジゼルはふっと笑い、軽く肩をすくめた。


「呼び方なんてどうでもいいの。ただ、ちゃんと──“お姉さま”には敬意を払いなさい。いい?」


「は、はい……」


情けない声で返したオズの髪を、風が少しだけ揺らした。


「じゃあ、せっかくだし今日は豊穣祭を見て回るわよ」


そう言って、ジゼルは小さな背をピンと伸ばし、街の中心へと歩き出す。


その後ろ姿は──まるで『茨姫』の子どもたちのようで、どこか微笑ましかった。


祭りの喧騒は、まだ遠い。

それが嵐の前の静けさだと、この時は誰も気づいていなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新は8/20(水)20時頃の予定です!

引き続き宜しくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ