第一章 第三節「道すがらの問答」
魔法とは何か。
それは火を灯す力でも、誰かを癒す手段でもなく、世界に認められる“資格”でもある。
アルマデナへの道すがら、マリアは歩きながら語り、エルはただ静かに聞いていた。
その道に揺れる木々のように、ふたりの影も少しずつ、形を変えていく。
朝の森は、穏やかに息づいていた。
小屋の扉がきぃ、と軋みを上げ、ふたりの影が外へ差し出た。
マリア・クルスは「歩くわよ」とだけ言い残し、迷いなく山道を進み出した。
エル・オルレアンは背負い袋を肩に直し、少し遅れてそのあとに続いた。
森を満たすのは、土を踏む音、落ち葉が擦れる気配、そして静かな風。
言葉は、その音に紛れるように、ゆっくりと漏れた。
「……あの、どこへ向かってるんですか?」
「リベルタ唯一の魔術師団よ。その拠点が、アルマデナって街にあるの」
「……魔術師団?」
「エル、あなた本当に魔法のこと知らないのね。今までどこで育ったの?」
「……教わる機会がなかっただけです」
マリアは一度ちらりと振り返ったが、それ以上は追及しなかった。
代わりに、少しだけ声を和らげる。
「まあ、いいわ。魔術師団っていうのはね、魔法使いたちが集まる組織よ。目的は師団ごとに違うんだけど……細かいところは今はいいわ。とにかく、そこにいるイエロ・フェルナンデスに、あなたを会わせる」
落ち葉を踏みしめる音が、道に淡いリズムを刻む。
下り坂の先、木々の隙間から遠くの平野が、白くかすんで見えていた。
「イエロさんって、どんな人なんですか?」
「……オリヴィアから何も聞いてないの?」
「はい。オリヴィアさんは、何も……」
「……はぁ。まあ、言わないわよね、あの人は。責任が生まれることは、絶対に口にしない主義だから」
マリアは片手で髪を払いつつ、小さく肩をすくめる。
「イエロはね、あなたと同じ“星”よ」
「……“星”って、何なんでしょうか」
「私も、詳しくは知らない」
マリアはほんの一拍、言葉を切る。
足音だけが続く中で、その声音が少しだけ硬くなった。
「ただ――“星”の素質の持ち主が目の前にいるなら、さすがの私でも放ってはおけない。それだけ希少なの」
「……」
「ちゃんと知ってるのは、きっとアトラス・グリュンワルドだけ。あの人が集めてるってことは、“星”ってのはきっと、世界を揺るがす何かよ」
マリアはそう言って、遠くを見た。
淡く煙るような空の向こうに、まだ見ぬ街の気配があるように思えた。
「それくらい、アトラスの影響力はすさまじいのよ」
エルは静かに頷いた。
「それと、アルマデナではもう一つ――“洗礼”を受けてもらうわ」
「洗礼……って、教会のですか?」
「そう。あなた、まだ登録を受けてないんでしょう?」
マリアは淡々と告げる。
声の調子に責めるような色はないが、それでも現実を突きつける力があった。
「中人が外で魔法を使うには、魔法教会か魔法協会への登録が必須よ。それを受けてはじめて、魔法使いを名乗れるようになるの。洗礼ってのは、教会で登録を受けることね」
「……じゃあ、僕はいま……」
「無登録の魔法使いは、魔道士として扱われる。どれだけ魔法が使えても、正式な手続きをしていなければ――ただの危険人物」
エルは、わずかに肩をすくめた。
そんな自分が、“星”などと呼ばれていいのか。自信など、まだない。
「……魔法使いって、どういうふうに分かれてるんですか?」
「じゃあ、ざっくり教えてあげる」
マリアは歩きながら、片手の指を一本ずつ折っていく。
その声は平坦で、風の中でもよく通った。
「まず、魔法使いは、登録を受けた魔力保持者のこと。これは最低限の資格」
「はい」
「そこから、魔術師と魔女に分かれる。男性なら前者、女性なら後者。どちらも星の数で位階が決まるわ」
「星の数って……?」
「ざっくり言えば、腕前の目安。一ツ星は、基本的な魔法が使える段階。二ツ星は、推薦を受けた中堅どころ。三ツ星に至れば、複合魔法を扱えると見なされて――一つの到達点、魔導師の候補になる」
エルはふと顔を上げた。
木の葉の隙間から、淡い青空が覗いていた。
「……その魔導師になるには?」
「魔導師審査っていう、儀式的な選抜を受けるの。魔導師たちの過半数推薦と、大魔導師の承認が必要よ。見られるのは、力だけじゃない――人格や判断力も問われる」
「……じゃあ、魔導師の上が大魔導師なんですね」
「そう。かつては七天と呼ばれた存在たち。今はもう象徴に過ぎないけど。どこに身を置こうと、その力は常に世界に干渉している」
少しだけ歩を緩めながら、マリアは言った。
「あなたの知っている人――アトラスはその大魔導師の一人。オリヴィアは……認めたくないけど魔導師。そして、今から会うイエロもね」
エルは歩きながら、ふと小さく呟いた。
「……僕は、今、何なんでしょう」
マリアは足を止めた。
風が木々を揺らし、一枚の葉がくるくると舞って、エルの肩に落ちた。
「今のあなたは――ただの子供よ。素手で歩いてるだけの、無登録の子供」
声は冷たかったが、そこに突き放す色はなかった。
少しだけ、間があった。
やがてマリアは、ぽつりと付け加える。
「魔導師にはね、星の位階を超えて就く道もあるのよ――【三元の極】っていうの」
「【三元の極】……?」
「三つの元素魔法を使役して、そのうえで二つの複合魔法を行使できる者のこと。この世界に、両手で数えられるくらいしかいない、魔法使いの極致よ」
マリアは淡々と告げる。その声音には、わずかに熱がこもっていた。
「【三元の極】として認められれば、その時点で魔導師として昇格できる。星の数じゃない、力そのものが認められるってこと」
「私が目指してるのは、そこ」
マリアは言葉を切り、少しだけ息を吐く。
「……いろいろあって、二ツ星までは取ったけど。本当はね、星なんかいらないのよ。男とか女とか、そんな分け方にも、もう飽き飽きしてる」
そう言いながら、彼女はほんの少しだけ足を速めた。
そして、背中越しに強く告げる。
「だから私は、【三元の極】に至る。誰もが認めざるを得ない――圧倒的な魔導師として」
エルは、小さく頷いた。
彼の瞳には、ほんのわずかに、灯るような光が宿っていた。
そしてふたりは、また歩き出した。
アルマデナの街は――まだ遥か先の、その向こうにある。
「道すがらの問答」、いかがでしたでしょうか。
今回は会話を中心に、マリアの思考や制度の構造が浮き彫りになる回でした。
次回第一章 第四節「剛剣との邂逅」は、
6月9日(月)12:00頃に投稿予定です。
アルマデナに到着したエルたちが、ついに“剛剣”と出会います。
次回もどうぞよろしくお願いいたします!




