第三章 第六節「動き始めた歯車」
工房の空気が、ふと静まった。
鉱片を弄っていたジゼル・ブラウロットの手が止まり、エル・オルレアンとオズワルド・ミラーの視線を受け止める。
「小人……で、間違いないんですね?」
オズが改めて問いかけると、ジゼルは肩をすくめた。
「半分正解で、半分間違いよ」
「……半分間違い?」
エルが思案顔で首を傾げる。
「エル、だっけ? アンタの小人のイメージってどんなの?」
「えっと……髭の生えた、小柄で武骨なおじさん?」
思わず笑いを漏らしたジゼルは、どこか愉快そうに頷いた。
「だいたい合ってる。けど、それは“男の”ドヴェルグ。私は――ドワーフ。つまり女の方ね」
「ドワーフ……」
オズが目を細める。
「そもそも“小人”ってのは種族名。中人や妖精、巨人なんかと同じ種族の一つよ」
「で、女の小人はめったに生まれないから、“ドワーフ”ってわざわざ呼び分けられてるの」
「そんなに、数が少ないんですか……?」
「そうよ、もしここに小人が百人いたら、その中で一人くらい? まあ、実際はもう少し多いかもしれないわね――とにかく、小人にとっては、ドワーフってのは“宝”みたいなもんよ……でもね」
言葉を切り、ジゼルは遠くを見るように目を伏せる。
「宝石も、箱に閉じ込められてるだけじゃ、価値はないでしょ?」
エルとオズは何も言えず、ただ彼女の声を聞いていた。
「……小人は、光より石を信じて生きてる。暗い場所で、鉱石と火に囲まれて、それを加工して形にする。魔法は使うわよ。でも、それは物を作るための魔法。何かを壊すためでも、変えるためでもない。私たちは、“変えないため”に作るの」
静かに語る声には、どこか硬質な響きがあった。
その余韻を断ち切るように、ジゼルが顔を上げる。
「で、アンタたち、私に何か聞きにきたんでしょ? ほら、要件は?」
話題の切り替えは唐突だったが、エルはうなずきながら口を開いた。
「はい……あの、魔導人形って知ってますか?」
「……魔導人形、ですって?」
ジゼルの表情が、目に見えて険しくなる。
その空気の変化を敏感に察し、エルとオズは顔を見合わせた。
慎重に言葉を選びながら、ふたりはヴィクトリア王国での出来事を語り始めた。
──禁呪によって引き起こされた戦い。
──戦場に現れた、魔導人形の部隊。
──そして、禁呪と魔導人形の関係を追って、この国へたどり着いたこと。
話が終わる頃には、ジゼルの指先が、作業台の上の鉱片をいじるのをやめていた。
「……なるほどね。順を追って説明してあげるわ」
静かに、だが確かな語気で言う。
「まず、魔導人形については詳しいわ。というのも――あれは、ある小人が創ったものだから」
「……小人が?」
オズが驚いた声を漏らす。
「ええ、そうよ。……“死の商人”って言ったら、わかるかしら?」
「……ドリュオンズ!?」
オズの顔が明らかにこわばる。
その横で、エルはまたしても理解が追いつかずに、困惑の色を浮かべていた。
そんなふたりをよそに、ジゼルは話を続ける。
「魔導人形は、クライセンの軍にも正式に採用されてるくらい、この国じゃ広く使われてるわ。でも、アンタたちが見たのは……たぶん旧型ね」
「旧型、ですか?」
「ええ。いま主流の新型は、魔法は使えない」
ジゼルは作業台の鉱片を転がしながら、淡々と続けた。
「魔力を動力にして動く、戦うための兵士。剣を振るって突っ込むだけの設計で、見た目こそ人型だけど……動きも構造も、いかにも“機械”って感じ。量産向けに、とことん簡素化されてるわ」
「……じゃあ、旧型は?」
エルが問い返すと、ジゼルの指先がぴたりと止まった。
「旧型は、魔法が使えるの。自律判断で魔導術式を展開することができた。構造も複雑でね……魔素回路が何層にも組まれてるせいで、調整ひとつミスるとすぐに暴走する」
わずかに溜め息をつく。
「メンテナンスは死ぬほど面倒。それでも一部に熱狂的な支持があったのは、あれが“ドリュオンズの象徴”だったからよ。他の小人は、今でもその設計に手を出したがらない」
言葉を一拍置いて、ジゼルは意味深に続けた。
「でも――直せる者は、この国に、まだいるはずよ」
工房の空気が、張り詰めた弦のように静まり返る。
エルとオズの視線が、ジゼルに集中する。
「……ねえ、アンタたちは、その“誰か”を探すつもりなの?」
「はい。もしかしたら禁呪についても、何か知っているかもしれないので」
ジゼルは少しだけ口角を上げて、静かに言った。
「なら――私も仲間に加わってあげる」
「えっ……?」
「私がこの国にいる理由、それは――その男、アルブレヒトを探してるからよ」
工房の奥、灯りの届かない棚の隙間から、まるで彼の影が覗いているかのようだった。
「アルブレヒト……」
その名を口にしたとき、ジゼルの表情からわずかに硬さが抜け落ちた。
「そう。私に“ヘリアンサス”の名を与えてくれた人。優しくて、柔らかくて……でも、腕は確かな職人だった」
「……だった、ってことは……」
オズの問いに、ジゼルはゆっくりと口を開く。
「……先に少し教えてあげる。私たち小人はね、六つの鉱場を持っていて、そこにそれぞれの共同体を形成するの。共同体の長は頭領と呼ばれて、頭領の一族には各々が共同体を構える鉱山の名が与えられるのよ」
「……だから、オズはジゼルが小人だって分かったのか」
「ああ、ブラウロットは西方世界北部にある最大の鉱山だからな……さすがに、小人の文化までは知らなかったけどさ」
エルは、ふたりの会話を聞きながら、改めてジゼルという存在の“特別さ”を実感していた。
小柄で無遠慮で、でもどこか気になる彼女。
その背景には、知られざる歴史と、重い名前が刻まれていたのだ。
「それで……彼は――アルブレヒトは、各地の共同体を巡って修行をしていた変わり者だったの。中人との共生のために、色んな流派の技術を学びたいって……」
「その旅の最後が、私の生まれた鉱山――ブラウロットだった」
懐かしむような、どこか遠くを見る目で、ジゼルは続けた。
「彼が去ったあと、私は初めて外の世界に憧れたの。技術を学ぶだけじゃなくて、外に出て、生きてみたいって。……それで、おばあのところに。『茨姫』で過ごしてた間も、何度か彼に会ったわ」
「その頃の彼は、クライセンで工房を構えてた。中人の女性と結婚して、子どももいて……とても幸せそうだった」
そこまで語って、ジゼルの声に僅かな翳りが差す。
「でも、ある日その奥さんと子どもが殺されたの」
エルが、息を呑む。
「混血――中人と小人の間に生まれた子どもが、気持ち悪いって。種族の交わりを忌む、過激派の仕業だったらしいわ」
工房の静寂が、重く沈んだ。
「最後に彼と会ったのは、その葬儀。……それ以降、彼は工房ごと姿を消した」
「鉱脈に戻ったのかとも思った。でも……数年前、ある事件が起きたの」
ジゼルの声が低くなる。
「クライセンの北部で、過激派の拠点が壊滅。中にいた中人は全員死亡。死体は、元の形が分からないくらい凄惨な状態だったわ……」
「でもね、そこに残っていた魔力の残滓が、私にははっきりとわかった」
彼女は、じっとエルを見据えたまま、ふっと視線を落とす。
「アルブレヒトが鍛えた痕……それを、私が間違えるわけないの」
「――まあ、もう十数年も昔の話なんだけどね」
エルは、その言葉に何も返せなかった。
ジゼルの瞳には、かつての師を想う痛みと、かすかな怒りが混ざっていた。
まるで、鉄を熱し、鍛え、叩いて――それでもまだ、芯まで冷えきらないままのような、そんな色をしていた。
工房に沈黙が戻る。
けれど、それはただの静けさではなかった。
これから訪れる何かを、三人が無言で予感していた。
禁呪、魔導人形、そして――アルブレヒトの名も、そこに並んでいた。
全てが、静かに、確かに、ひとつの線でつながり始めていた。
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