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亡国のステラリア  作者: 黒瀬 行杜
第三章
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第三章 第四節「境界を越えて」

陽が高く昇るころ、二人は迷いの森をあとにし、クライセンとの国境を目指して歩いていた。

林を抜け、なだらかな丘陵地帯へと足を踏み入れると、やがて乾いた風が草の匂いを運んでくる。


「……なあ、エル」


並んで歩いていたオズワルド・ミラーが、不意に口を開いた。


「俺の“星”のこと、まだちゃんと話してなかったなって思ってさ」


「……うん。僕も、いつか聞かなきゃって思ってた」


少し間を置いて、オズは前を見つめたまま続けた。


「俺の星魔法は【贖罪の山羊(スケープ・ゴート)】──磨羯宮の権能を持つ星の力だ」


「贖罪……?」


「そう。簡単に言えば、“傷を引き受ける”魔法だよ。他人が受けた傷を、俺の身体に移し替えることができる。逆に、俺が受けた痛みを、他人に渡すこともできる」


「……そんなの、自分がすごく傷つくんじゃないの? 他人の痛みまで引き受けるなんて……本当に、痛そうだ」


エル・オルレアンの素直な反応に、オズは苦笑した。


「痛そうって、なんだよ? まあ、実際痛いよ。それに戦いにも向いていないとも思ってる。それでも、人を“助ける”ことはできる。それに、俺がその痛みを背負えるなら──意味があると思えるんだ」


エルは黙って頷いた。しばらくして、少し照れくさそうに口を開く。


「……なんか、オズらしいね」


「なんだよ、“らしい”って。からかってんのか?」


「いや、ごめん。褒めたつもりなんだけど」


オズも、仕方ねぇなと肩をすくめて笑った。


「……まあ、だから協会の仕事もろくにこなせなくなって、結局家業を手伝ってたんだ」


少しだけ自嘲気味に笑うオズに、エルは真剣な目を向けた。


「でも、それでもオズは……僕を助けてくれる。魔法がなくたって、僕が知らないことを、たくさん知ってる。……それだけで、十分すごいよ」


「……なんだよ、それ。調子狂うな……ってか、お前こそさ、変わってるよ」


「え?」


「お前の【獅子の星痕(レグルス・スティグマ)】──星なのに、元素魔法(エレメント)複合魔法(フュージョン)も使える。普通じゃ考えられないんだけど……でも、お前の創った剣なら俺も使えた」


「あ……」


ウェンディとの戦いの記憶が蘇る。確かにあの時、オズはエルの剣を使っていた。


「何となく握ってみたんだ。何かできたらって……そしたら、全然反応しないどころか、全身が痺れるような痛みが走った。エル、お前の創った剣だけは、俺でも握っていられたんだ」


あの時の感触を思い出すかのように手を握り締めるオズ。


「……もしかしたら、星同士ってのは、何か特別なものを持ってるのかもしれないな」


エルは黙って頷き、しばらく沈黙が続いた。


丘を渡る風が、髪を揺らす。

吐く息が、ほんの少し熱かった。


やがて、小さく息を吸い込むと、ぽつりと口を開く。


「……僕も、話さなきゃいけないことがあるんだ」


「ん?」


「……僕の、出自の話。マリアさんにも、結局言えなかったんだけど……僕は、ガレオン皇国の、皇族の血を引いてる。滅国の七日間で滅びた、最後の皇帝の──妾の子、なんだ」


オズは足を止め、静かにエルの顔を見た。


「王様の子、ってことか……?」


「うん。……別に、王族だったことに誇りがあるとかじゃない、同じ皇族の人たちから虐げられてきたし。むしろ、ずっと隠してきた。……いつかは言うつもりだったけど、言えないまま、時間だけが過ぎていった」


「でも……マリアさんのときみたいに、急に離れ離れになるかもしれない。そう思ったら、せめてオズには、ちゃんと話しておきたくて」


エルの声には、わずかな震えがあった。

オズはそんな彼の肩に手を置く。


「いいんじゃねぇの、今言えて。……どんな生まれでも、お前はお前だろ。俺にとっては、それだけで十分さ」


エルは少し目を見開いたあと、小さく笑った。


「……ありがとう、オズ」


笑い合いながら、二人は再び歩き出す。

──そして、なだらかな丘の向こうに、境界の石標が見えてくる。


「……着いた、か」


「うん。やっと、クライセン王国だ」


背後には霧の森。

前方には、クライセン王国へと続く関所。


* * *


クライセン王国の国境を越えたエルとオズは、関所にほど近い町から魔導列車に乗って王都グラーフェンブルクを目指した。

国土が南北に長いクライセンでは、魔導列車は生活に欠かせない移動手段として整備されており、今や民衆の足とも言える存在である。


ふたりがこれまで使わずにいたのは、単純に節約の為だった。

だが今回は、ジゼルからの返事が届き、事態が好転しはじめていることもあって、思い切って列車を利用することにした。


「……王都まで三、四時間くらいかかるらしいよ」


「歩いてたら、二日じゃきかない距離だ。たまには楽してもいいだろ」


そんな会話を交わしながら、揺れる車内の席に身を預ける。


車窓の外には、緩やかな起伏を描く丘陵地帯と、夕暮れの赤が混じる空が広がっていた。

そして、列車がグラーフェンブルク中央駅に滑り込むころには、すでに日が落ち始めていた。


構内を抜け、王都の表通りへと足を踏み出したふたりの目に飛び込んできたのは、まばゆいばかりの光だった。

街灯が順々に灯され、白亜の建物群が幻想的な明かりに照らし出されていく。

通りには露店の香ばしい匂いと、雑踏のざわめきが渦巻いていた。


「……すごい人の数だね」


その声すら、王都の喧噪にかき消されそうだった。


「ヴィクトリアと違って、クライセンはこの街がすべての中心だ。政庁も、神殿も、学院も……すべてがここに収束してる」


道行く人々の衣服もさまざまだ。

貴族風の上質な外套から、旅装束、果ては職人のような格好まで、まさに多種多様。

だが、その誰もがこの王都の空気に溶け込んでいるように見えた。


「そういえば……ジゼルって人の写真、何年くらい前のものなんだろう?」


「たぶん二十年くらい前じゃないか?」


「じゃあ、だいぶ雰囲気変わってるかもしれないね」


「髪型が変わってたりしたら、見ても分からないかもな。店の場所しか分かってないし」


そんな話を交わしていると、ふたりの視線の先に、目印にしていた店の看板が見えてきた。

石造りの二階建て、入り口には温かな光が漏れている。


「……ここだな?」


頷き合ったふたりは、ひときわ騒がしい人波のなかへと身を投じ、その酒場の扉を開けた──。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新は8/14(木)20時頃の予定です!

引き続き宜しくお願いします!

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