第三章 第三節「そして、再び旅は始まる」
小さな石の城が、そっと庭の中央に姿を現していた。
「……できた、かな」
エル・オルレアンが額の汗をぬぐいながら、一歩下がって全体を見渡す。
風にそよぐ葉音のなか、慎重に積み上げられた石たちが、立派な城の輪郭をかたどっていた。
「わぁ……お城だ……!」
ロスが感嘆の声を上げ、グリムが小さな旗を立てる。
「かっこいい……ほんとに、こんなの作れるんだ」
「うん。でも、まだまだ……本当はもっと、ちゃんとしたのが作りたくて」
エルの声には、わずかに自嘲めいた響きがあった。
だが、それでも“形あるもの”を自身の手で作れたことに、確かな手応えを感じていた。
──かつて、自らの魔法で人を傷つけた記憶。
それ以来、彼は“壊す”ことをどこかで恐れていた。
だがいま、子どもたちの無邪気な笑顔に囲まれながら、小さな“創造”を生み出す自分がいる。
「また作ろうよ、エルお兄ちゃん!」
その言葉に、エルはふっと笑って頷いた。
一方その頃、オズワルド・ミラーは木陰でしゃがみ込み、子どもたちが手にした籠の中身をひとつひとつ確かめていた。
「これは“チュラの葉”。乾かして煎じると喉にいいけど、生で噛むと舌が痺れるから注意してね」
「へぇ……知らなかった!」
「こっちは“ドライアの根”。すりおろして軟膏にすると、火傷に効くんだよ」
彼の周りには、ローブを着た何人かの子どもが集まり、目を輝かせながら話に聞き入っていた。
「オズさん、どうしてそんなに詳しいの?」
「んー、商人だったからね。旅の途中で、いろんな人に教わったんだ」
「すごいなぁ……魔法使わなくても、そんなにいろんなこと知ってるなんて」
「魔法が使えなくても、役に立てることはあるよ。……知識は武器だからね」
オズは笑いながらそう言い、木の根元にそっと毒草を分けておく。
彼の静かな行動もまた、子どもたちの心に何かを残していた。
──そんな穏やかな朝のひととき。
それを破ったのは、マチルダの落ち着いた声だった。
「エルさん、オズさん。ヒルデガルド様がお呼びです。ジゼルから、返事が届きました」
静かな廊下を進み、扉を開けると、ヒルデガルド・ローゼンドルンが椅子に腰掛けていた。
小さな円卓の上には、すでに一通の封書が置かれている。
「これが、あの子からの返事よ」
彼女はそっと封を切り、中から二枚の羊皮紙を取り出した。
一枚目を見た瞬間、彼女はふっと目を細め、微笑を浮かべる。
「相変わらず……不器用な子」
そのまま、エルたちにも手紙を手渡した。
一枚目には、ざらついた羊皮紙に、少し乱れた文字で大きくこう記されていた。
『おばあの頼みなら』
それだけだった。
だが、その一文に込められた信頼の重みを、誰よりもヒルデガルドは知っていた。
「……えっと、これだけ?」
オズが思わずつぶやく。
「これで十分なのよ、あの子にとっては」
ヒルデガルドはそう言って、もう一枚を机の上に広げる。
地図だった。王都グラーフェンブルクの簡略な街路図。
その一角に、赤いインクで雑な丸が描かれている。
そして、余白にはたった一言──
『夜ならここにいる』
「ジゼルらしいわね」
ヒルデガルドが小さく笑う。
エルとオズはその地図を写し取り、旅支度を整えた。
* * *
朝の光が差し込む館の前庭。
旅装を身につけたエルとオズの周りに、子どもたちが集まっている。
「ほんとに行っちゃうの?」
ロスが寂しげに言い、オルトとグリムも視線を落とした。
「うん。でも、手紙には“夜ならここにいる”って書いてあったから、今出ないと間に合わないかもしれないんだ」
エルが優しく説明するように言うと、ロスは唇を噛み、こくりと頷いた。
「……エルお兄ちゃん、また来てくれる?」
「もちろん。また、あのお城の続きを作ろうな」
笑顔で答えると、ロスは目を輝かせながら小さく跳ねた。
「オズお兄ちゃんも、草の話またしてね!」
「今度は本を持ってくるよ。薬草図鑑。もっと面白い話ができると思う」
子どもたちは口々に別れを惜しみ、最後にはぎゅっとふたりに抱きついた。
その様子を、少し離れた場所で見守っていたマチルダが、静かに歩み寄ってくる。
「……気をつけて。王都は、ここよりもずっと騒がしい場所です」
「ありがとう、マチルダさん」
オズが頭を下げると、彼女はわずかに目を細め、ふたりの肩に手を置いた。
「子どもたちに、いい時間をくれました。あなたたちのことは、みんな覚えているでしょう」
そして、その後ろから現れたヒルデガルドが、ふたりに近づいてくる。
「ジゼルは、昔からちょっと気難しい子だけれど……根は優しいの。きっと力になってくれるわ」
「はい。お手紙、ありがとうございました」
「ふふ。礼なんていらないわ」
そう言って、ヒルデガルドはふたりの手を取る。
「──気をつけて、行ってらっしゃい。風の導きが、あなたたちを良き場所へ連れていってくれますように」
柔らかな魔力の気配が、彼女の手からふわりと広がった。
ふたりは同時に頭を下げた。
「行ってきます」
「また、戻ってきます」
そうして、ふたりは『茨姫』の門をくぐり抜け、森の道へと足を踏み出した。
霧の結界は、今はもう彼らを阻まない。
迷いの森を抜けた先に、王都グラーフェンブルクが待っている。
夜の街角で、手紙に書かれた“誰か”との再会を信じて──
エルとオズの旅は、再び動き出した。
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次回更新は8/12(火)20時頃の予定です!
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