第二章 第十三節「血の契約」
群れをなして襲いかかる魔導人形たち。
エル・オルレアンは土壁を次々と展開し、敵をできるだけ分断するように立ち回った。
だが、それでもすり抜けてくる個体はいた。
風の刃が飛来し、エルは鉄の剣でそれを受け止めると、一歩踏み込み──一閃。
ようやく一体を仕留めたが、これではきりがなかった。
「……数が多すぎる……!」
オズワルド・ミラーはまだ万全ではない身体を奮い立たせ、敵の群れを凝視する。
風の魔法を使ってくるなら、核には風の元素が込められているはず。
直線的に動く機体の中から、魔力が濃く集まっている箇所を探る。
「……あった……! 右の下腹部だ、エル!」
魔導人形に共通する、緑の輝き。
それが一箇所に集中しているのが、オズには見えた。
「下腹部……ここだな!」
エルは敵の腹部めがけて剣を突き刺す。
その瞬間、魔導人形は音を立てて崩れ落ちた。
「よしっ……! 弱点さえ分かれば!」
鉄の剣を放り捨て、右手を構える。
掌に火球が形成されていく。
ここまでの戦闘で、魔導人形が回避行動を取らないことは確認できていた。
ならば──
「絶対に、燃え移らせない……!」
慎重に狙いを定めた火球が、核へと吸い込まれるように飛び、爆ぜる。
魔導人形は崩れ落ち、二度と動かない。
「距離が取れれば……いける!」
両手に火球を構え、次々と魔導人形の核へ撃ち込む。
爆発のたびに、敵がひとつ、またひとつと沈んでいく。
「行け、エル!」
オズが声援を送る。
“目”を酷使したことで、身体が鉛のように重い。
けれど、エルが立ち続ける限り──自分も倒れるわけにはいかない。
そのときだった。
エルの死角から、一体の魔導人形が素早く迫る。
「あっ……危ない!」
オズは咄嗟に駆け出していた。
その先にあるのは、エルが放り出した鉄の剣。
それを拾い上げた瞬間、右腕に強烈な痛みが走る。
「うっ……!」
脈打つような拒絶反応。
体の内側で、何かが反発し合っていた。
(……元素魔法や触媒魔法じゃ、反応すらしなかったのに。星なら──リスクはあっても、干渉できるのか……!)
その間にも、最後の一体がエルへと襲いかかる。
反応が遅れ、迎撃が間に合わない──だが。
ガキィン、と高い音とともに、敵の動きが止まった。
鉄の剣が、その核を貫いていた。
「オズ……!」
「……へへ。言っただろ? 昔は剣も振ったことあるって」
魔導人形は音もなく崩れ落ち、オズはそのまま膝をついた。
エルがすぐさま彼を支える。
「大丈夫? ……ありがとう、オズ」
「どうやら、同じ星の力なら使えるみたいだな……反発はかなりあるから、不自由な魔法なのは変わりないけどね……」
冗談めかしたその声も、どこか弱々しい。
エルは彼をそっと床に寝かせ、静かに頷いた。
「休んでて。ここからは、僕が──僕たちが、なんとかする」
そう言うと、倒れた魔導人形から鉄の剣を引き抜き、
エルはマリアの方へと顔を上げた。
* * *
マリア・クルスは身構えていた。
前方から迫り来る魔道士、左側には石巨兵。
背後の魔導人形の対処は、仲間に託している。
マリアの視線は、魔道士の右手に注がれていた。
そこには、赤黒く光る呪印が浮かんでいた。まるで灼け爛れた傷跡のように、禍々しく。
(……呪印。禁呪の一つ……精神汚染系か。魔力回路まで侵されている可能性もある)
舌打ちをひとつ。二体の敵に隙を見せぬよう、視線を絶やさずに構える。
重く、ゆっくりと──ウェンディ・ウィンクラウンは歩みを進めていた。
そこにかつての可憐な少女の面影は、もはやない。
「なぜ、今さら……来たの……?」
その口から絞り出されるような声。
ゆっくりと顔を上げた彼女は、涙ではなく、怒気を宿していた。
「……あなたの顔なんて、もう見たくなかったのに……!」
「ウェンディ……! あなた、私のことが分かるの?」
マリアは驚いた。
完全に操られているわけではない。彼女は今、確かに“マリア・クルス”という名に反応した。
その姿も、声も、かつての少女のものに違いなかった。
だが──その瞳だけが違っていた。
怒りと憎悪。そして何よりも、深い“誤解”の色が、静かに揺れていた。
「ウェンディ! その呪印は誰に刻まれたの? 答えて!」
「……滅国の七日間……あの日、私の父は、あなたが──」
「……何の話、よ?」
「とぼけないでッ!!」
怒号とともに、ウェンディが指を振り下ろす。
その合図に呼応して、石巨兵が跳躍した。
(……操作されてる? いや、違う。これは──)
マリアの思考に、微かな違和感が混ざる。
(自分の意志で命令を……? でも、思い込みが強すぎる。まるで……)
その思考を断ち切るように、石巨兵が拳を振り下ろす。
マリアは風の魔法を放ち、それを迎撃。だが、ウェンディの声がなおも響く。
「……あなたのせいで」
ウェンディの瞳が揺れ、魔力がわずかに滲んだ。
「すべてが……終わったのよ」
──話が通じない。
マリアは確信する。
(思考干渉か、もしくは記憶改変……いずれにしても高位の禁呪……!)
「あなたが……ガレオンに……金竜を呼んだ……!」
「そうよ……金竜を呼んだのは……あなたなのよ!」
その言葉に、マリアの目が見開かれる。
「……は?」
心からの疑問だった。
まるで、違う話をしているかのようだった。
いや──違う物語を、生きている。
「……何を言ってるの。私が、金竜を……?」
「あなたが、金竜を……金竜を、呼んだ……」
(誰かが、彼女の記憶を書き換えた……? それに……金竜を、“呼ぶ”?)
「──私のッ! お父様をッ! 殺したッ!」
叫びのような言葉とともに、ウェンディは頭を抱える。
(まさか……あの“金竜”を呼び出す手段が、ある?)
(そして、ウェンディの禁呪の主は……それを、知っている!)
「……ああああああ……!」
マリアは、酷く不安定な感情の爆発を前に、それでも警戒だけは解かずにじっと様子を見つめていた。
「もういいわ、マリア・クルス……私があなたを裁く」
先ほどまでの激昂が嘘のように、静かで落ち着いた声。
しかし、その名を呼ぶ声には、確かな敵意が宿っていた。
ウェンディは右手をふわりと上げる。
マリアは石巨兵の動きに備えるが──
「痛っ!?」
足元に何かが絡みつき、動きを封じる。
屋敷に巻きついていたものと同じ、魔力を帯びた茨だった。
(この茨……まさか、この屋敷のも……?)
茨はウェンディの指先から伸びていた。
それはまるで、生き物が本能のままに獲物を捕らえるかのように、マリアの脚を締め上げた。
「樹の複合魔法……!? あなた、本当に──大嘘つきよ!」
マリアが作られた隙──その機を逃さず、石巨兵が拳を振り下ろす。
「くっ……!」
マリアは脚に絡みつく茨を無理やり引きちぎるようにして踏み込み、
その足元から土壁を突き上げる。
拳を弾いた隙に、風の刃で茨を切り裂き、自由になった脚で大きく横へ飛ぶ。
宙に跳ねながら、両手を構える。
(話は通じない。けれど──人格があるなら、まだ……戻せるかもしれない!)
(それに──“誰が”彼女に禁呪を掛けたのかが、分かれば……!)
視界に捉える、石巨兵とその背後に立つ少女。
マリアは、エルたちに言った「敵として断じた」自分の言葉を思い返していた。
──マリアは、その一切を払い退けるように、強く息を吐いた。
「ウェンディ……絶対、こっちに戻って来させるから」
そして、静かに息を一つ吸い込んで──
「その大きな図体なら……全部、受け止めなさいよ!」
両手に宿した火球が意志を込めて膨れ上がり、咆哮とともに放たれる。
その炎は迷いなく、石巨兵を正面から飲み込んだ。
「これで終わりよ、ウェンディ」
「……お願い、冷静になって」
立ち込める血の残滓を風で払うように、マリアは一歩、前へと踏み出した。
「あなたの禁呪は、まだどうにかできるの。だから、お願い──私を信じて」
エルとオズに任せていた魔導人形たちは既に沈黙し、石巨兵の残骸は灰となっていた。
戦いは、収束に向かっているかに思われた。だが──
「……さすが、魔女ね」
ゆらりと、その場に立つウェンディ。
その口元に浮かぶのは、あまりにも薄く、残酷な笑みだった。
「でも……まだ終わりじゃないッ!!」
声の調子が一変し、感情が爆発する。
その手には、短く光る銀のナイフが握られていた。
「やめなさい、ウェンディ……! そんなものじゃ、私を傷つけられない」
マリアの警告も聞かぬまま、ウェンディはナイフで自らの指を切り裂いた。
滴る血が床に落ち──その赤が、新たな召喚の触媒となる。
未完成のまま構築された石巨兵の額に、ウェンディは指先で呪紋を描く。
赤黒い魔力が脈打ち、石の眼孔に、鮮やかな血の色が灯る。
「血の契約……? ダメよ、それ以上は戻れなくなる!」
マリアの叫びが届くよりも早く、石巨兵が咆哮のような魔気を放つ。
そして──大地を揺るがす勢いで、マリアへと突進した。
「──っ!!」
拳が振り下ろされた瞬間には、すでに遅かった。
回避も受け止めることも叶わず、マリアの身体は壁まで吹き飛ばされる。
「マリアさんっ!」
エルの叫びが響く。
崩れた瓦礫の中、横たわるマリアの姿があった。
その傍らに──さらに異様な光景。
ウェンディの前に、三体の土の兵士が浮かび上がっていた。
それは、かつて訓練場で見せた不格好な人形とは別物だった。
肩幅の広い屈強な兵士型の体躯。
全身を覆う滑らかな魔力の膜は、ただの土塊ではないことを明確に示していた。
「……その土人形……あのときのは、嘘だったんですか……!」
エルは震える声で問うた。
だがウェンディは、答えを返さない。
その目を一瞬だけ伏せ──静かに、決意の滲んだ声で言った。
「……あなたは邪魔をしないで、エル」
数秒の沈黙。
その後再び、ウェンディによって血の術式が刻まれる。
赤黒い呪文が、三体の土の兵士に流れ込んでいく。
次の瞬間、土の兵士たちは音もなく動き出し、エルの前に立ちはだかった。
マリアのもとへ駆け寄ろうとする進路を、完全に塞ぐようにして。
「……どうして……っ!」
返る言葉はなかった。
ただ、ウェンディの瞳が、どこか悲しげに揺れていた。
土の兵士たちの動きは、以前とは比べ物にならなかった。
滑らかで、隙がない。魔力の靄を纏いながら、三体が同時に迫る。
「っ──はぁああっ!」
エルは叫び、剣を構えてそのうちの一体へと踏み込む。
狙いを定めた右腕へと斬撃を浴びせ──魔力の膜を断ち切り、腕部を吹き飛ばした。
だがその刹那──
「あ゛ああああああッ!!」
ウェンディの悲鳴が響いた。
胸元を押さえ、苦悶の表情で膝をつく。
「え……」
その瞬間、エルの脳裏に──最悪の想像がよぎった。
だが、それを言葉にすることも、否定することもできない。
彼はただ、呆然と、その光景を見つめていた。
ウェンディが手を当てているのは、まさに──斬り落とされた右腕そのものだった。




