第二章 第十二節「魔道士との戦い」
扉を開いた先には、大広間が広がっていた。
だが部屋は荒れ果て、昼間だというのに一切の光が差し込まない。
満ちる魔素は、これまでに感じたことがないほどに濃く、肌を焼くような刺激を伴っていた。
一刻も早くこの場を離れたい──そんな弱音を押し殺し、エル・オルレアンは周囲を見渡す。
「あ……」
視界に、見覚えのあるものが映る。
金色の柔らかな髪。焦げた茶色の外套──
それは、大広間の隅に倒れていた。
「オズ!」
エルは叫ぶなり、反射的に駆け出していた。
背後でマリアが何かを叫んだ気がしたが、耳には入らない。
そこに横たわっていたのは、エルと同じ星の力を宿す青年──
この国で初めて出会った、あの気のいい男。オズワルド・ミラーだった。
「オズ! 大丈夫か! おい、しっかり!」
「……うっ」
必死の呼びかけに応えるように、オズがわずかに瞼を震わせる。
呼吸は浅いが、まだ生きている──それだけで、エルの胸に安堵が広がった。
「マリアさん! オズがい──」
振り返ったエルの視界を、何か巨大な影が塞いだ。
それはまるで壁のような存在。
──いや、違う。
その塊は、さきほどの小部屋で見た写真に写っていた“それ”と、まったく同じだった。
「避けて!」
マリアの声と同時に、エルはオズを庇いながら跳ね退く。
その刹那、地面から鉄の槍が勢いよく突き出された。
それは、眼前に迫った石巨兵の動きを阻むように、正確な軌道で突き立った。
わずかに軌道を逸らされた巨体が、地面を踏み抜きながら揺らぐ。
「馬鹿! 勝手に突っ走って!」
マリア・クルスが怒声を上げた。
それは忠告を無視した弟子への叱責であり、倒れていた知人の無事を確認した安堵の裏返しでもあり──そして、何より目の前の“最悪”に対する苛立ちだった。
彼女はすぐさま魔法の準備に入る。
冷たく硬い床に両手を当て、瞳を閉じ、魔力を奔らせた。
地面が隆起し、土の塊が人型を成していく。
一体、また一体。呼応するように次々と立ち上がる土人形たち。
やがてそれらは互いに融合し、ひとつの巨大な石巨兵へと姿を変えた。
「──行きなさい!」
マリアの石巨兵が突進し、相手の巨体へと拳を叩きつける。
大気が揺れ、土煙が巻き上がり、視界を奪う。
しかし──
「っ……!」
次の瞬間、轟音とともにマリアの石巨兵が吹き飛ばされてきた。
巨体は床を転がり、砕け、魔力の光を散らしながら崩れ落ちる。
それは、まるで最初から存在などしなかったかのように消えていった。
「石巨兵の使い手、ね……」
マリアは静かに顔を上げた。
その目は、大広間の奥、魔素の流れの中心を睨んでいる。
「……憎たらしい。どんなつもりで、私の言葉を聞いていたのかしら」
その言葉に応えるように──
奥から、コツ、コツと、足音が響いてきた。
一歩。
また一歩。
その足音は、重く、ゆっくりと──確かな意志をもってマリアへと近づいてくる。
「な……何が起きてるんだ……?」
意識を取り戻したオズが、混濁した目で広間を見渡す。
目の前に広がる異様な光景を、上手く飲み込めない。
「なんで……なんでマリアさんが……ウィンクラウンの当主と対峙しているんだ!?」
奥から現れたのは、ウェンディ・ウィンクラウン。
だがその姿は──虚ろな目に狂気を宿し、もはや以前の彼女ではなかった。
「ウェンディさん……僕です、エルです!」
エルが叫ぶ。
しかし、まるで言葉など届いていないかのように、ウェンディはただ静かに前へと進み続ける。
マリアは目の前の少女の姿をじっと見据えていた。
その瞳に浮かぶのは、怒りでも、憐れみでもない──どこか、痛みを帯びた視線。
やがて、何かに気づいたように視線を落とし、かすかに唇を噛む。
「……エル、無駄よ。彼女はもう──ウェンディじゃない」
「分からないよ! 何を言ってるんですか、マリアさん!」
エルの叫びを裂くように、大広間の扉が叩き割られる。
風の魔法の痕が刻まれ、扉の奥から、あの黒衣の集団──魔導人形たちが列をなして現れる。
「魔導人形……!? なんでこんな、大量に……!」
オズはふらつく身体を支えながら、茫然とそれを見つめた。
だが、その奥で蠢く魔素の気配に、彼の“目”が微かに反応する。
「エル! オズ! ……そっちのガラクタたちは、任せるわよ」
マリアは背を見せることなく、短く命令を下す。
そして、自らは一歩、前へと進み出る。
「私はこの石巨兵と……魔道士を叩く」
その声には、微塵の揺らぎもなかった。
マリア・クルスは、目の前の少女──かつてのウェンディを、魔道士として、敵性の魔法使いとして明確に断じた。
「魔道士って……どうして」
エルは、まだ目の前で起きたことを受け入れられないでいた。
マリアは、ウェンディを“敵”だと言った。
それには納得がいかなかった。だが──
魔導人形の先頭に立つ一体が、カクカクと首を傾けたかと思うと、すっと手を上げた。
その合図を皮切りに、列を成した機械兵たちが、一斉にマリアへと襲いかかる。
「っ!」
エルは歯を食いしばり、床に両手を当てた。
マリアの背後に、巨大な土壁が立ち上がる。
魔導人形たちは進路を遮られ、壁に衝突して弾かれた。
続けて、エルは鉄の剣を生成し、身構える。
「エル……! お前、本当に複合魔法を使ったのか!?」
驚愕を隠せないオズ。
星とは、本来、限定された魔法しか扱えない存在のはずだった。
そのはずなのに、エルは、いま、確かに元素魔法と複合魔法を併せ持つ。
理解はできなかった。
だが──信じる理由は、あった。
オズはエルの肩に、そっと手を置いた。
「……申し訳ないけど、俺の星は戦闘向きじゃないんだ。けど、この“目”でサポートはできる」
「オズ?」
「魔導人形の核を狙ってくれ。核さえ壊せば、動きは止まる。核は──俺が見つけるから」
「……分かった!」
二人の星の高鳴りに反応し、魔導人形たちは一斉に向きを変える。
エルとオズ、二つの“星”が、共に輝き始めた。
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次回更新は7/30(水)20時頃の予定です!
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