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亡国のステラリア  作者: 黒瀬 行杜
第二章
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第二章 第十節「黒き視線」

怒りを完全には鎮めきれぬまま、マリアは予定通り、オズの送別のために予約していた食事処へと足を運んだ。

ウェンディの件で心をかき乱された彼女にとって、それは気を逸らすための、唯一まともな口実だった。

だが──約束の時間になっても、オズは姿を見せなかった。


「……遅いわね」


マリアの声には、苛立ちと焦燥がにじんでいた。

一方でエルは、訓練後に見せたウェンディの微かな異変を思い出しながら、マリアの感情を宥めようと努めていた。


そのとき。


「やっぱり来ていたか」


静かに声をかけてきたのは、魔導書店の店主だった。

店の制服のまま、手には革の束──帳簿らしきものを抱えている。


「オズのやつ、夜はこっちに来るって言ってたから、忘れ物を届けに来たんだが……」


店主の目が周囲を見渡す。だが、どこにもその姿はない。

言いようのない不穏さが、その場に漂い始めた。

それでも結局、その夜、オズは現れなかった。


* * *


そして翌朝。

今度は、訓練の約束をしていたウェンディが現れなかった。

日差しは穏やかなはずなのに、塔の広場に立つマリアとエルの周囲には、はっきりとした緊張が漂っていた。


「……何か、あったのよ」


マリアが呟くように言い、エルも無言で頷く。


その直後だった。

控えめな足音とともに、一人の男が現れる。

晩餐会でも見かけた、黒衣の従者──リチャード・クラウリー。

整えられた白手袋のまま、胸に手を当てて深く一礼しながら、静かに言葉を紡ぐ。


「マリア様、エル様。突然のご無礼をお許しください。当主が……」


二人に緊張が走った。


リチャードの案内で、二人はそのまま彼の馬車に乗り込んだ。

目指すのは、ガンドールの外れ──ウィンクラウン家の本邸だった。


車輪が石畳を軋ませる音だけが響くなか、馬車の内部には重苦しい沈黙が流れていた。


「……屋敷が、棘に覆われていたのです。まるで、魔法の荊に包まれたかのように」


不意に、リチャードが口を開いた。


「荊……?」


マリアが眉をひそめる。


「はい。今朝、私めが使いに出た際には何の異常もございませんでした。ですが戻ってみると、あのような……。まさか、当主に何かあったのではと」


その言葉の裏に滲む焦りは、彼の平素の沈着な態度とはかけ離れていた。


マリアは無言のまま窓の外を睨みつけ、拳を握りしめる。冷静を装ってはいたが、内心ではすでに不穏を認めざるを得なかった。


エルもまた、胸の奥に拭いきれぬ不安を抱えていた。

ウェンディだけではない。あのオズまでもが何者かの手に──そんな予感が、頭から離れなかった。


そのときだった。


(……誰かに、見られてる?)


ふと、エルは視線を窓の外から引き戻し、思わず身じろいだ。

誰の姿もないはずの馬車の内部に、不可視の“視線”のようなものが確かに漂っていた。


だが、それを口に出す前に──馬車は目的地に到着する。


そこにそびえるのは、灰色の石造りの屋敷。

だがその輪郭は、リチャードの言葉どおり黒く脈打つ魔法の荊によって包まれていた。


「……これは……」


マリアが一歩、屋敷へと足を踏み出す。

その気配に呼応するように、荊の一部がざわざわと蠢き──人がひとり通れるほどの隙間を開けた。

閉ざされていたはずの玄関扉が、まるで迎え入れるように姿を現す。


「誘ってるみたいね……いい度胸じゃない」


そう呟いたマリアの声には、いつもの冷静さが欠けていた。

怒りと焦燥、そして一抹の不安が混じり合っている。


彼女はためらうことなく、荊の隙間を抜けて屋敷の中へと足を踏み入れる。


「マリアさん……!」


エルも慌ててその後を追った。


だが、三人目──リチャードが扉に手をかけようとした瞬間、荊が不気味な音を立てて再び閉じ、入口を覆い隠してしまう。


「マリア様! エル様……! 私のことは構いません、どうか、当主を──!」


荊の向こうから、必死な声が響いた。

黒い棘の隙間から、その姿はもう見えない。

閉ざされた扉の向こうには、得体の知れない魔の気配だけが満ちていた。


* * *


闇の帳が降りた密室。

金糸のフリルシャツに身を包んだ男が、白と金の貴族風コートの裾を優雅に揺らしながら、玉座の前に佇んでいた。

彼の顔の上半分を覆うのは、灰色の石でできた仮面──

ひび割れたその面は、片方の目だけを覗かせ、仮面の左右にはまるで翼のような装飾が伸びている。

その視線の先には、淡く揺らめく“衛星眼球(サテライト)”が一つ、空中に浮かんでいた。


そこに映っているのは、揺れる馬車の内部。

赤みがかった桃髪の女魔導師と、黒髪の少年の姿。


男──シュタインシャーレは、仮面の縁に指先を添えながら、ゆるく笑みを浮かべた。


「マリア・クルス……いま最も三元の極(トライフォース)に近づく魔女」


声音には嘲りと愉悦が絡み合い、どこか重力から解き放たれたような浮遊感があった。


「この程度の揺さぶりで乱すとはねぇ……ククク、可愛らしい限り」


やがて、その視線は少年へと移る。


「この少年は……凡か」


まるでつまらぬ玩具でも見るかのように、片眉を上げて仮面の奥で鼻を鳴らす。


「魔力が見えづらくなっていますねぇ。タリスマンの影響でしょうか? ……だが、しかし」


彼の周囲に並ぶのは、書架でも燭台でもない。


無数の衛星眼球。

幾重にも重ねられた術式がその空間を包み、衛星眼球の一つひとつが異なる人々と場所を映し出していた。


「……ククク、“彼女”は器になり得るのでしょうか?」


ゆるやかに指を動かすと、一つの衛星眼球が沈み、代わりに別の水晶が明滅しはじめる。

その輝きが意味するのは、対象への“干渉”の開始。


「――さあ、どのような結果が見られるのか、楽しみですねぇ」


仮面の下の口元に笑みを浮かべ、彼は静かに囁いた。


わずかに光を失った衛星眼球。


その瞬間、彼の意識は別の術式へと移り、場面はゆるやかに切り替わっていった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新は7/26(土)20時頃の予定です!

引き続き宜しくお願いします!

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