第二章 第三節「六柱の塔」
「……本当に、君が“星の覚醒者”だとは思ってなかったんだけどね」
そう言ったのは、書店で出会った青年──オズワルド・ミラーだった。
場所は魔法協会本部、西棟の一角。
認定証を受け取った直後のことだ。
「どうして僕が“星の覚醒者”だって?」
エルが少しだけ警戒をにじませると、オズは肩をすくめて、気さくに笑った。
「僕の星の力の一部でね。なんとなく“わかる”ようになるんだ」
そう言いながら、オズは自分の目を指差す。
「相手の魔法の系統がね、魔力の残り香みたいなものが視えるんだ。もちろん、上手に隠す魔術師もいるけど──君は何もしてなかった。星は特に分かりやすいからね」
「……そんなものなんですか?」
思わず自分の体を見下ろすエル。
何かが光っているわけでも、音が聞こえるわけでもない。
「まだ信じられないかい?」
くすりと笑ったオズが、ふと遠くを見るように視線をやる。
「俺も最初は信じられなかったよ。けど──アトラスと会ってからは、少しずつ理解できるようになった。」
「アトラス……?」
「天文台で、彼に会ったんだ。君も知ってるだろ? アトラスのこと」
その言葉に、エルの胸の中で張りつめていた緊張が、雪解けのようにほどけていくのを感じた。
“アトラス”と“天文台”、この二つを知る者に、そうそう悪い人間はいない。
「……エル・オルレアンです。こちらこそ、よろしくお願いします、オズさん」
オズは笑って手を差し出し、エルもそれを握り返した。
「ここに来るのは初めて?」
「はい。でも、師匠の昇格審査があるので、あまり長居はできません」
「ああ、そうか。じゃあ俺も付き添っていい? 面白そうだし」
「……はい。構いませんが」
二人は並んで、北棟へ向かって歩き出した。
六柱の塔。
それが、魔法協会本部の中心をなすこの建築群の名だった。
塔の内部は、冷たい石材と金属が精緻に組まれ、幾何学的な美しさをたたえていた。
正面の階段を抜けると、天を突くように六本の石柱がそびえ、中央には円卓風の広間が据えられている。
そこから、各棟へと通じる構造だった。
「この塔は、六つの魔法体系と──“六柱”を象徴してるんだ」
オズが自然と解説を始める。
「柱って、あの建物の石柱のことですか?」
「それもあるけど、もっと大きな意味でさ。六人の“魔法の到達点”を体現した大魔導師たちだよ。それぞれが一つの魔法分類を極めた人たちなんだ」
「たとえば……?」
「元素魔法の柱は『会長』アスキス。三元の極にも至ったと言われてる。ほかにも、触媒魔法の『教皇』、精霊魔法の『最長老』……」
オズの声には、敬意と興奮が混じっていた。
「そして、俺たちの『白の大賢者』アトラスも、限定魔法の柱だ。あの人は“星”を研究している」
名を聞くだけで、ただならぬ存在だとわかる。
エルは黙って聞き入った。
「残りは、治癒魔法の『聖母』と……道術の『仙人』。後者は東方世界の魔法で、最近になって研究が進み始めたんだ」
「……そんなに種類があるんですね」
「ちなみに、昔は禁呪の『黒の大賢者』が最後の一柱だったんだけど……。“大罪人”になって研究そのものが潰えた。その代わりに道術が台頭したってわけ」
「オズさんって、本当に詳しいんですね」
「だから“オズ”でいいってば。俺も君のことエルって呼ぶしさ」
その言葉に、エルも思わず笑って頷いた。
塔の北棟は、思いのほか静かだった。
廊下には人気がなく、魔力導管の光だけが淡く流れている。
「この先に、儀式の間がある」
オズが顎で示し、エルは無言で頷いた。
重厚な扉の向こうに広がっていたのは、半円形の広間。
階段状の座席に十数人の魔術師が並び、中央の魔法陣が青白く光を放っている。
床の上、壮年の男性がひとり立ち、風の魔法を操っていた。
「今は二ツ星の審査だ。あと一人終わったら、三ツ星の番だな」
オズの呟きに、エルは頷く。
すぐに、マリアの姿を見つけた。
試験官の末席に、濃紺の外套の女が静かに座っている。
その横顔を見つけた瞬間、エルは迷わず指差した。
「あそこにいる人です。僕の、師匠」
オズの視線がそちらを追い──次の瞬間、目を見開く。
「……えっ、ちょっと待って、あれって……」
口をぱくぱく動かし、言葉にならない様子のオズ。
「まさか、あれって……魔女の女王、マリア・クルス!?」
「……マリアさんを知ってるんですか?」
問いに、オズはこくこくと頷いた。
「知ってるなんてもんじゃないよ! 彼女は二十を前に複合魔法をものにした天才魔女だ……いま最も三元の極に近いって言われてる!」
「そ、そんなすごい人だったんだ……」
オズは感嘆とも畏怖ともつかぬ声を漏らす。
「まさか、あの“協会嫌い”で“人嫌い”って言われてる異端児が……いま協会に来てるとは。っていうか、エル! 君、その人の弟子なの!?」
「えっと……一応……そう……みたいです」
照れたように笑ってみせると、オズも呆れたように笑った。
「……信じられないよ。どうやったら、そんな人の弟子になれるんだ?」
その問いに、エルはただ曖昧に笑うしかなかった。




