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亡国のステラリア  作者: 黒瀬 行杜
第二章
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第二章 第二節「狐目と金の髪」

魔法協会(サークル・アーク)の本部は、ガンドール市の中央区画にある。

街の背骨のように真っすぐ伸びる石畳の大通りを進んだ先、緩やかな丘の上に、威容は姿を現した。


その建築は、エルの目には異様に映った。

荘厳ではある。

だが、それはリベルタで見た教会の大聖堂とはまるで違う。

神に祈るためのものではない。


人の手で築かれ、人のために機能する、理性と秩序の建築。

正面に構えられた六本の石柱が、冷たい均整を保ったまま天を突いていた。

中腹に据えられた巨大な石碑には、魔法協会(サークル・アーク)の標語とおぼしき古文が刻まれており、その文面すらどこか無機質な厳格さを醸していた。


エルは、自然と足を止めていた。

その建築が持つ空気が、ひとつの街、あるいは国家を形づくる制度の中心なのだと、初めて実感させたからだった。


「さっさと入るわよ」


先に立つマリアが、呆れたように振り返る。


「観光じゃないんだから」


「……すみません」


エルが慌てて歩を進めようとした、そのときだった。

後方から馬車の車輪が石畳を滑る音が近づき、二人を追い抜いて、協会の前で止まった。


車体の紋章は、ヴィクトリア王国の紋とは違う。

魔法協会(サークル・アーク)の徽章──そして、エルにも見覚えのあるものだった。

リベルタで見た公的文書の角に、小さく印されていたその意匠。

ここがその総本山であることを、あらためて思い知らされる。


馬車の扉が開き、一人の老人が現れた。

銀灰の髪を後ろで束ね、よれのない外套をまとったその姿は、凛とした威圧感をまとっている。

年齢は六十代か、七十代か。それでも背筋は真っ直ぐに伸び、眼光に揺らぎはない。


「おや、こんなところで会うとはな。明日は槍でも降るんじゃないか、魔女の女王(クイーン)


声音は柔らかだったが、目の奥はまるで笑っていない。

見下すでも、苛立たせるでもなく。

感情を徹底して排した、ただの観察。


「それはご丁寧に。皮肉もますます冴えてきたようね、会長様」


マリアが眉ひとつ動かさずに応じる。


「ようやく協会員になる気になったのか? 歓迎しよう」


「考えてもいいわよ。あなたが会長を辞めるならね」


「なるほど、それならあと百年は先になりそうだ」


老人は、エルに一瞥だけくれて、再び正面を向く。

その目線には、名前を問うでも、挨拶を返すでもない、ただの“観察”の色だけが浮かんでいた。

まるで、石造建築の構造を眺めているような、そんな無機質さだった。


「では、また後ほど会おう。女王」


そう告げて、男──アルバート=アーチボルト・アスキスは、協会本部の扉へと歩いていった。

その背に、どこか戦場帰りの老将にも似た威容があった。


エルは、無言でその背を見送る。


「……あの人、誰ですか?」


マリアが、ふうと溜息をひとつ。


魔法協会(サークル・アーク)の会長。現代魔術の制度を整えた張本人よ。現代の七天(セブンス)の一人で、三元の極(トライフォース)にも至った大天才。けど──」


そこで言葉を切ると、肩をすくめて言い直す。


「捻くれた狐目のクソ親父。私は大嫌い」


「……そうなんですね」


あまりにきっぱりした断言に、エルは思わず苦笑する。


だが先ほどの目線を思い出し、ふと背筋に冷たいものが走る。

あれはまるで、品物を値踏みするかのような、冷ややかな視線だった。


人を見ていながら、人を見ていない。

それが、魔法協会(サークル・アーク)会長アスキスという男の、人との距離だった。


* * *


魔法協会(サークル・アーク)本部の受付は、広々とした吹き抜けのホールに設けられていた。

石造りの床に、魔力を通すための導管が網の目のように走り、天井からは幾つもの魔灯が柔らかく光を落としている。


「ここから先は別々よ」


マリアは振り返りざまにそう告げた。


「魔術師認定の受付は西棟。私は昇格審査の手続きがあるから、北棟へ行くわ。手続きが済んだら、審査会場で合流ね」


「あ……はい、わかりました」


エルが頷くと、マリアは踵を返し、大理石の階段を軽やかに登っていった。

背筋を伸ばし、淡々とした足取りで。

その姿は、リベルタの小屋で見せる生活感など一切感じさせず、まさしく“魔女”そのものだった。

しばらくその後ろ姿を見送ってから、エルは案内板を頼りに受付へ向かった。


* * *


「すみません、魔術師認定の件で……」


西棟のカウンターにて、エルは恐る恐る通知書を差し出した。


受付にいたのは、端正な制服を着た若い女性だった。

淡い金色の髪を後ろでまとめ、整った眉と柔らかな声が印象的だ。

手紙に目を通した彼女は、にこやかに頷いた。


「オルレアン様ですね。おめでとうございます。こちらが認定証になります」


差し出されたのは、一枚の硬質紙だった。

淡く光沢のある装丁に、金箔で刻まれた協会の紋章、そして名前。


エルは手のひらにその紙を受け取る。


(本当に、これで……)


信じられないような思いで見つめながら、ぽつりと声が漏れる。


「……えっ、これで終わりですか?」


思わず口に出してしまい、エルは自分でも驚いていると、受付嬢は微笑んでいた。

もっと何か手続きがあると思っていたのだ。

身分証の登録や誓約の念押し、あるいは何か式典のようなものまで想像していた。


(……よかった。下手に身元を詮索されるようなことがなくて)


魔法使い(メイガス)としての登録に必要な身分証は、本来であれば魔法協会(サークル・アーク)に照会される。

だが、自分は“エル・オルレアン”という名で正式な戸籍を持ってはいない。

過去を問われるのは、いつだって恐ろしい。

ふと、以前マリアが言っていた言葉が脳裏をよぎる。


――「魔法教会(オルド・マギカ)は使徒が増えれば、その出自はどうだっていいのよ」


(……ほんとに、その通りだ)


教会は、“神の選び”という名目で、名前も過去も問わない。

使徒という肩書きさえあれば、魔法使いとしての昇格申請も受け入れられる。

それを手配してくれたのがマリアだったことを、エルは思い出していた。


「はい。昇格通知をお持ちの場合、協会登録は自動で行われていますので。よろしければ、職能区や装備支給所の案内もお出ししますが……」


「あ、いえ。ありがとうございます。大丈夫です」


にこりと笑って返され、エルは小さく頭を下げた。少し拍子抜けして、少しだけ、恥ずかしい。

けれど、たしかに自分は今──魔術師(ウィザード)になったのだ。

その実感は、重くもあり、誇らしくもあった。

そのときだった。


「おや、君は──さっき書店でぶつかった子じゃないか」


後ろから聞き覚えのある声がして、エルは振り向いた。

そこにいたのは、あの金髪の青年だった。

柔らかい髪に、飄々とした目元。その人懐こい笑みは、やはり記憶に間違いない。


「君も魔術師(ウィザード)だったんだね。奇遇だなあ」


「あ、はい……その、偶然ですね」


青年はくすっと笑い、軽く頭を下げた。


「俺はオズワルド・ミラー。オズって呼んでくれていい。同じ“星の覚醒者(ステラリア)”として、これからよろしくな」


「……え?」


その言葉に、エルは思わずまばたきをした。

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