第六章 第三節「懺悔したいこと、いっぱいあるでしょ?」
大聖堂の中は、外見どおりの荘厳さだった。
高くそびえる石柱が、天井近くで弧を描いて組み合わさっている。
頭上のステンドグラスからは柔らかな光が差し込み、床に淡い色の模様を落としていた。
クローチェに先導され、三人は身を沈めるようにして長椅子の間を歩く。
夕刻の礼拝は既に終わったのか、堂内には、祈りを捧げる僅かな人影がぽつぽつと残っているだけだった。
「こちらで、少しお話ししましょうか」
祭壇の少し手前、柱の影になった静かな一角で、クローチェが立ち止まる。
三人も向かい合うようにして腰を下ろした。
しばしの沈黙のあと、口火を切ったのはオズだった。
「えっと……マリアさんの妹さん、ってことでいいのか?」
隣のエルに小声で確認する。
エルは「うん」と頷いた。
クローチェは小さく会釈する。
「クローチェ・クルスといいます。改めて、よろしくお願いします」
それから、オズの方に目を向けて、にこりと笑った。
「私、白羊宮の星の覚醒者なんですよ、オズワルド・ミラーさん」
「星の覚醒者……! そうか、ここにも……」
オズが思わず背筋を伸ばす。
だがすぐに、別の疑問が頭をもたげたのか、眉をひそめた。
「って、いやそれより。どこで俺の名前を……?」
「ふふ。私の“星”の副産物で、予知夢を見ることができるんです」
クローチェは胸の前でそっと手を組みながら言う。
「最近、何度か見ていたんですよ。エルさんと一緒に、大きな盾を持った人がここにいらっしゃる夢を」
「予知夢……なるほど、俺の“目”みたいなものか」
オズはぽんと手を打った。
「星ってのは、ほんとロクでもないのから便利なのまで色々だな」
「オズ、それは聞こえが悪いよ……」
エルが苦笑いしながらたしなめる。
そこへ、ジゼルが面白そうに身を乗り出した。
「予知夢、ねぇ……便利な魔法があるのね。ねえ、私の名前も分かるの?」
「はい。ジゼル・ブラウロットさんですよね?」
クローチェは、当然のように言った。
「私も昔、『茨姫』にいたんですよ」
「えっ! おばあのとこに!?」
ジゼルの声がひときわ大きく響き、慌てて口を押さえる。
だが興奮は抑えきれないようで、そのまま勢いでクローチェの両手を取った。
「嘘でしょ、いつの頃よ?」
ぎゅっと握られた手を、クローチェは少し照れたように見下ろした。
「私が居たのは、十年ほど前のことです。私と姉は幼い頃に預けられて……姉が魔法使いの才覚を現し、教会が受け入れてくれるまでの五、六年ほど過ごしていました」
それから、少し懐かしそうに目を細める。
「個人的には、ヒルデガルド様の下でジゼルさんのお写真も見たことがあったので……。ずっとお名前は聞いていましたよ」
「へえ、そうなんだ……」
ジゼルは、思わず力を緩める。
「懐かしいわね、おばあ……私がこいつらと出会ったのはおばあの紹介があったからなのよ」
「ヒルデガルド様が? そうなんですね、これも神の御導きでしょうか」
その横で、オズがぽつりと呟いた。
「『茨姫』か、もう随分と前のことのようにも思えるけど……なんか世間って、案外狭いな」
「うん、どんどん繋がっていくね」
エルは、握手したままの二人を見て、自然と口元を綻ばせた。
が、一つふと疑問に思ったことがあった。
「そういえばクローチェさん、どうしてこの街に?」
エルが問いかけると、クローチェは「あ」と小さく声を漏らし、指先を合わせた。
「そうでした。きちんとお話ししていませんでしたね」
少し背筋を伸ばし、改まった口調になる。
「私、この度……このサン・リュシアン大聖堂の修道女長に任じられたんです。未だに恐れ多くはあるんですけど」
「修道女長……ってことは、ここの修道女たちのまとめ役、ってことか?」
オズが目を丸くする。
「まだ若いのにすごいじゃない」
ジゼルも思わず素直に称賛する。
「そんな、滅相もないです。滅国で傷ついたこの地方の復興を、教会としても本格的に支援していこう、というお話で。サン・リュシアンは聖人リュシアン様の街ですから、神父長にも修道女長にも、既に高名な方がいらっしゃったんです」
クローチェは、少し恐縮したように続ける。
「ただ、今回は元の修道女長が退任されたので……新しい修道女長を、ということで」
「そっか。それで、クローチェさんが」
エルが頷くと、クローチェは申し訳なさそうに微笑んだ。
「はい。私自身も、この地に来られるのは、とても名誉なことだと思いました。……滅国の被害を受けた街で、少しでも人の力になれるならって」
そこまでは、迷いのない声音だった。
けれど、ふと視線を落とし、言葉を選ぶように続ける。
「でも、お姉ちゃんは最後まで反対で」
「マリアさんが?」
オズが思わず身を乗り出す。
「ええ。“クローチェを政治に利用する気か”って、ずっと大司教様とやり合っていて……」
クローチェは苦笑した。
「私が、それでも行きたいって言ったら……その場を出て行っちゃったんです。それで、その夜にお姉ちゃんの家に行ったら、もう――」
「……もう?」
エルがごくりと喉を鳴らす。
「……いなくなっていました。置き手紙だけ残して」
クローチェは小さく息を吸い、どこか照れたように、その文面を思い出す。
「“クローチェのバカ! もう知らない!”って……それっきりです」
「マリアさんらしい、けど……」
エルは、額に手を当てて苦笑した。
「まさか、クローチェさんとも喧嘩するなんて」
「はは……あのマリアさんが、大司教と喧嘩して、そのまま姿くらましてる、ってわけか」
オズも半ば呆れたように笑う。
ジゼルは腕を組み、口角を上げた。
「大司教ってことは偉い奴なんでしょ? 中々骨のある奴ね。そんな相手に啖呵切って、そのまま出奔なんて……私は結構、好きよ。そういうの」
クローチェは、困ったような、それでもどこか誇らしげな笑みを浮かべた。
「本当に、手のかかるお姉ちゃんです」
そう言いながらも、その声音には、揺るぎない信頼が滲んでいた。
少し沈黙して、クローチェは再びぱっと明るく咲くような笑顔を見せる。
「そうだ、皆様お宿を探されてるんでしたよね? この大聖堂、旅の巡礼者のための宿泊施設もあるんですよ! もしよろしければ、そちらを利用されてはどうですか?」
「本当に? でも、巡礼者のためなのに僕たちが使っても大丈夫なのかな?」
エルが思わず聞き返すと、クローチェはこくこくと力強く頷いた。
「ええ、大丈夫です。ここまでの道のりを歩いてこられた方は、皆さん“巡礼者”ですから」
「いやいや、俺たち、別に礼拝が目的ってわけじゃ――」
オズが遠慮がちに口を挟むが、クローチェは首を横に振る。
「いくら奇跡の都と言われていても、この街も未だ宿は足りていませんし……。教会としても、旅の方をできるだけ受け入れるように、って言われているんです。それに――」
一拍置き、少し照れたように付け加える。
「エルさんは、私の“お客さま”ですから。洗礼も授けさせていただきましたし。お姉ちゃんの……知り合いでもありますし」
「なるほど、“口利き”付きか」
オズがニヤリと笑う。
「教会公認の宿で、安全、食事付き、しかも財布にやさしいときた。なあ、エル、断る理由あるか?」
「ない、かなあ……」
エルは苦笑する。
「モジャ、アンタは居心地が悪いんじゃない?」
ジゼルが横目でオズを見た。
「どういう意味だよ」
「懺悔したいこと、いっぱいあるでしょ?」
オズは一瞬、ヒヤッとする。
どこまで彼女は気付いているのか。
「私を小馬鹿にしたこととか、私に対する礼を欠いていることとか」
「ジゼル、お前なあ……!」
わあわあと騒ぐ二人を見て、クローチェはくすくすと笑った。
「宿泊棟は、礼拝堂の裏手にあります。男性用と女性用で棟もきちんと分かれていますから、安心してくださいね」
「モジャ、残念だったわね」
「どういう意味だよ!」
どうやら気にし過ぎだったのか。
ジゼルの軽口に大げさに反応しながら、エルに目配せして、言葉を促す。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
エルがそう言うと、クローチェは嬉しそうに立ち上がった。
「はい。では、ご案内しますね」
ちょうどそのとき、天井近くの鐘楼から、ゆっくりと鐘の音が降ってきた。
終礼を告げる、その澄んだ響きが、大聖堂の石壁に柔らかく反射する。
勇者と並び立った僧侶の眠る街。
滅国をくぐり抜け、それでも鐘を鳴らし続けてきた聖堂の懐で、エルたちは一夜を明かすことになった。
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