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亡国のステラリア  作者: 黒瀬 行杜
第五章
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第五章 第二十四節「そんな気は、ない!」

火花が散る。

戦斧ブラウロットと、青い礼装の皇子が振るう剣。

湖に浮かぶ狭い石廊の上で、何度も剣戟が繰り広げられた。


「っ……この――!」


ジゼルは歯を食いしばりながら押し返す。

目の前の黒髪の青年は、どう見てもただの中人(ヒューマ)にしか見えない。

なのに、その膂力は小人ドヴェルグの鍛冶師顔負けだった。


「こいつ……! 本当に、中人(ヒューマ)なのっ!」


体勢を崩され、ジゼルは一度距離を取る。

その隙を逃さず、マクシミリアンの剣が、無表情のまま迷いなく追いすがってきた。


――息が、乱れない。

汗も、焦りも、まるで“生理”がない。


「この狭い石廊じゃ……!」


背後で、オズが舌打ちする。

幅は二人並んで歩くのがやっと。

盾を大きく振るう余地もなければ、側面に回り込むこともできない。


――戦闘でお前に何ができる?


オリヴィアの言葉が、悪意のない現実として脳裏をよぎった。


「言われなくたって……! ジゼル、よけろ!」


オズの叫びと同時に、マクシミリアンの剣が横薙ぎに振るわれる。

ジゼルは足元を滑らせるように身を沈め、その刃を紙一重でかわした。


その背後――オズが一歩踏み出す。

盾を突き出し、剣の軌道を正面から受け止めた。


「ぐっ……!」


重い衝撃が腕を伝って肩まで抜ける。

だが、ここで退けば本当に終わりだ。


「弾き飛ばせ――贖罪の山羊(スケープ・ゴート)!」


オズは星の名を叫んだ。

常ならば、盾の表面に星痕が浮かび、敵の魔力を弾き返すはずだった。


……だが。


盾は、何の光もまとうことなく、ただ鈍く金属音を立てただけだった。


「は……?」


受け止められた。

だが、返す“何か”がない――当たってきたのは、術式ではなく、ただ鉄の重さと速度だった。

剣先には魔力の尾も、熱も、ひとかけらも乗っていない。


「どうして! なっ……?」


オズの目が、大慌てでマクシミリアンの全身をなぞる。

剣。

腕。

脚。


――流れていない。


魔力の筋が、どこにも通っていなかった。

“生きた回路”が存在しない。


「跳ね返せないってことは……魔法じゃないってこと!? どうなってんのよ!」


ジゼルが叫びながら再び斬り込む。

その戦斧が皇子の剣を受け止め、ほんの数瞬だけ、オズが後退する隙を作った。


その間にも、オズは必死に目を凝らす。


(この皇子、魔力が……いや、違う)


見えないはずのものが、彼には見えていた。

星を宿す者の視界にだけ映る、“魔力の形”。


マクシミリアンの身体の中で――魔力はただ一点にだけ、異様な密度で凝縮していた。


心臓の辺り。


そこにあるのは、鮮やかな光ではない。

黒い、呪いのような塊。


そして、その“塊”が脈打つたびに、筋肉だけが外から引かれるように収縮する。

肉を縫い合わせ、骨を動かし、人の形だけを無理やり保たせている、醜い“芯”。


「ジゼル!」


オズは血の気の引くのも構わず叫んだ。


「目の前のは人じゃない!」


「は? どういう……チッ!」


ジゼルがちらりと振り返る。

その隙を狙って、マクシミリアンの剣がまた振り下ろされた。


ジゼルは反射的に柄で受け止める。

火花が散る。


その向こうで、オズは震える声を絞り出した。


「もう……死んでるんだ!」


喉が張りつき、言葉がうまく出ない。


「この皇子は……死人だ!」


目の前のマクシミリアンは肯定も否定もしない。

それどころか、まばたきひとつせず、声どころか表情さえ動かさなかった。


その異様な静止だけが、オズとジゼルの背筋をじわりと冷やしていった。


* * *


星紐アルレシャが、二匹の魚影が絡み合うようにうねりながら、エルへ襲いかかってきた。

両端の魚を模した重しが、互いを追いかけるように弧を描き、空中で輪を成す。


「っ――」


エルは身をひねってそれを避ける。

追い抜いた星紐が空中でくるりと輪を描き、またこちらへ舞い戻ってくる。


(速い……!)


既に、魔法は一通り試していた。


火で焼こうとしても、星紐は煤ひとつつかない。

地の魔力で壁を築いても、まるで最初からそこになどなかったかのように、紐は石をすり抜けてくる。

風で切り裂こうとしても、鉄の刃で打ち払おうとしても、その撚られた糸は一本たりとも断ち切れなかった。


「くっ……!」


息を詰めてかわし続けるエルを、オンディーヌはうっとりと眺めていた。


「火、風、地……そして、それらを織り合わせた複合魔法(フュージョン)まで」


湖の魔女が、艶めかしい声音で呟く。


「殿下……エレーヌの才に勝るとも劣らない魔法使いであられましたとは」


その瞳が、ますます熱を帯びていく。


「素晴らしい……私が殿下をお守りせずとも、あなた様は十分にこの国を統べるに値いたしましょう」


「ならば、やはり――私と共に、この国を奪い返しましょう」


「僕に……そんな気は、ない!」


星紐が再び足元を薙ぐ。エルはぎりぎりで跳び退いた。


久しくなかった、中人との戦いだった。

まして相手は、今しがたまで母の話をしていた旧知の魔女だ。


(オンディーヌを、本気で傷つけるわけには……)


だからといって、このまま星紐の追尾を許すわけにもいかない。


「オンディーヌ……これで、止まって!」


エルは決意とともに、城の床へ手を叩きつけた。


地へ流し込まれた魔力が、石畳を波打たせる。

波紋の中心が盛り上がり、オンディーヌの足元ごと石柱となって突き上がった。


「きゃ――っ」


軽い悲鳴。

湖の魔女の身体が、そのまま勢いに乗せられて持ち上がり、背中から城の壁に叩きつけられる。


鈍い音が響き、石くずがぱらぱらと落ちた。


「……ごめん」


エルは思わず顔を歪める。

致命傷ではないようにしたつもりだ。

それでも、骨の一本くらいは折ってしまったかもしれない。


だが――オンディーヌは、青褪めた唇に、一筋血を流しながら、夢見るような笑みを浮かべていた。


「エレーヌの……魔力を、感じます……」


壁にもたれかかりながら、湖の魔女は震える息で言う。


「殿下……あなた様は、本当に……エレーヌの……」


その瞳に宿るのは、痛みではない。

燃えるような憧憬と、滲むような愛情と、そしてどこか歪んだ悦び。


恍惚。


「あっ……!」


その瞳に、その異様な姿に、足元から囚われ、沈んでいくようにエルは固まる。

星紐アルレシャの影が、床を這うように音もなく間合いを詰め――


「私をご心配下さるなんて……殿下は本当にお優しい……」


壁にもたれたまま、乱れた濃紺の髪を垂らし、魔女は笑みを浮かべる。


「ですが……そのお優しさは、ときに仇となります」


星紐が、ついにエルを捕らえた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

また、本年はたくさんの方に読んでいただき、大変嬉しく思っています!


2026年最初の更新は1/2(金)20時頃の予定です!


来年も引き続き宜しくお願いします!

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