Funeral
4月に入ると、富士山のふもとのこの町にも
春の便りはやってくる。
小さな丘のような山の頂に
富士山を正面に臨むように作られた斎場には
魂が天に帰るように
ふんわりとかすみのような煙が
ひとつ、またひとつと昇っていく。
斎場の敷地のソメイヨシノは
5分咲きぐらいだったが、
桜色が園内をところどころ染めていた。
「なんでこんないい天気で、あったかい日に
逝くんだろね。」
「ほんとだね、さんざん悪さしてきたのになぁ。」
亡者の親戚縁者は、後ろの方でひそひとと話す。
炉の前に棺は横たえられ、参列者は
最後の別れを係員の促されて、純白の菊花を棺に
おさめていく。
「ご親族の皆様、今一度お別れを。」係員の白い手袋をはめた手が
まねくが、姉妹と弟は一歩も動かなかった。
係員は今一度と、手を招くが姉妹と弟は互いに顔を見合わせ
首を横に振った。
「それでは。」と係員が棺のむきをくるりと変え、
炉の中へ送り出すローラーへとひつぎを乗せた時だった。
赤茶色の髪でくるくるとただ丸めただけのパーマをあてた
老女が急に歩み出て、棺に取りすがって泣きじゃくった。
「奥様、お時間ですので。」係員がその老女の体を棺から離すと
姉妹と弟の方へと老女を差し向けようとした。
「奥様ではありません。外へ出してください。」
怒りにみちた長女の声がホールに響き、参列者は一斉にその声の
する方向に視線を向けた。
「あんたたちに、殺されたんだよ、人殺しだよ、この人たちは、親殺しだ。」
老女は長女の方を睨みつけて、叫んだ。
「それがどうかしましたか?そんなにこの人が大事なら一緒に棺にはいってやったら
いかがでしょうか。いっしょに死んでやったらいかがでしょうか?」
長女は眉毛を少しあげて、それでも冷静に老女に言い放った。
「どうぞ、ご遠慮なさらずに。
できないのなら、お引き取りください。
お嬢さんにお電話して迎えにきていただきましょうか?」
老女はこれ以上ことばが浮かばなかったのか、よろよろと立ちあがると
ホールから姿を消していった。
長女は係員に「お願いします。」と頭をさげた。
炉の中にゆっくりと棺は吸いこまれ、これで終わったのだと姉妹と弟は思った。
(どうか、、これで縁がたち切れますように。)
長女は祈った。亡者の冥福などではなく、この棺の主が次の肉体を持って、またこの世に
現れないようにと。
姉妹と弟の「父」であった肉体は炎の中に消えた。
そして、そのあと立ち上っていく煙は、春の訪れた景色のなかで
ひときわ、黒かった。
弟は2人の姉に
「これで、よかったのかよ。」と静かに話しかけた。
「いいも、悪いも、あなたは、あの男のこと私にまるなげしたじゃない。」
「まるなげって、おれだって仕事がだめになって、親子で食べてくのに
必死だっただけで。」
「それが、まるなげだっていうのよ。自分のことばっかりで、あの男にそっくり。」
「云わせておけば、この。。。」
弟は長女につかみかかると、
長女の夫が止めにはいった。
「きみには、そんなことする資格なんてない。自分勝手は事実だろう。」
長女の夫のことばに、弟は腕を離した。
そして、二度と会うこともないと言い捨て、自分の妻と娘のところへと行った。
長女は弟につかみかかられて乱れた胸元を直すと、親族の控室へとむかった。
長女の夫と、次女も彼女について控室へと向かった。
あと少しだけのがまんだと、この3人は言い聞かせた。
ようやく、解放される。
「父」という名前だけの存在だった男の人生からも、この男から苦しみしか与えられなかった
自分たちの人生も。。。
自分たちがこの男の最期を待つ時間からも。