聖女を捨てた平民の末路
「あ!ああ!あああー!!」
食事の最中、ダメンズは突如立ち上がり、柱にガンガンと頭を打ち付け始めた。
「アンタ、食事中にやめなよ。ゴハンこぼすよ」
「もう駄目だ、限界だよ俺っちは!このままではでは頭がおかしくなっチャイナタウンだよ!」
婚約者のドーマに注意されるが、ダメンズは柱に頭を打ち付けるのを止めない。机の上のゴハンが床に落ちていく中、ダメンズは自分の思いをぶちまけた。
「俺っち思うんだけど、この王国って聖女ありきだよなあ?聖女が国を維持してて、俺っち達はそれに乗っかって日々ダラダラしてるだけだよなあ?っぱ、それじゃ人間駄目になると思うんだ」
「この王国の人間はそうやって生きてきたんだよ。アンタだって三十歳になるまでそうやってダラダラしてきたじゃない」
「それが嫌になったの!帝国では皆が労働して、その対価で生活してるらしいじゃないか!俺っちは帝国人になる!ドーマ、お前の選択肢はAかBかだ!Aは俺っちと結婚して帝国で暮らす!」
「B」
こうしてダメンズは婚約破棄をして帝国へ行き、仕事を探した。だが、世間は彼に厳しかった。
「三十歳まで職歴無し?駄目駄目、せめて、どこかで一年は働かないとどこも雇ってくれないよ」
「アンタ王国人だろ?悪いが、部屋は貸せないなあ。ホラ、王国人って帝国人の事を見下してるじゃないか。住民同士のトラブルの元になるからさあ」
「お前、これ王国の紙幣じゃねえか。銀貨ならまだ使えたかもだが…こんな雑な紙幣、帝国では買い物に使えないぜ。簡単に偽札が作れるからな」
働く所も住む所も食べ物も得られず、ダメンズが得たのは嘲笑と屈辱だけだった。
「あー!あー!あああ!!」
街路樹に頭を打ち付けながら、必死に冷静になろうと判断するダメンズ。彼が出した結論は、王国へ帰る事だった。
「俺っちには帝国人になるのは無理だった。ならば、王国最高と叫びながら聖女に縋って生きるしか無い。帰ろう。ドーマの待つあの家へ」
ダメンズは帰国の手続きをして国境を越えると異常に気付いた。
「何だぁ、この瘴気は?」
聖女によって浄化され続け、瘴気とは無縁だったはずの王国が瘴気まみれとなっていた。ダメンズは来た道を戻り、国境を守る兵士に事情を聞く事にした。
「お、おい!俺が帝国に行っている間に王国で何があったんだ!?」
「王子が聖女様を追放し、愛人を真の聖女と呼び妻にしたらこの樣さ」
「はああああ!?ばーっかじゃねえの?」
ダメンズは自分の国の王子が聖女の重要性を把握して無かった事実に頭を抱えた。
「っぱ、俺っち正しかったじゃねーか!聖女に頼った結果がこれだよ!つー訳で、俺っち帝国に移住する!」
「悪いが、それは出来ない。たった今、出来なくなった」
兵士がそう言うと、兵士とダメンズの間にオーロラの様な膜が現れて行く手を阻んだ。
「は?は?は?は?何だこの膜は?」
「聖女様が結界を張ったんだよ。自分を追放した者やそれに賛同した、聖女様に悪意を持った者を通さない結界だそうだ」
「へー、だったら俺っちは通れアバババババ」
ジュウウウウウ
腐った肉の焼ける臭いが兵士の鼻に飛び込んでくる。頭から結界にダイブしたダメンズの顔が焼ける臭いだ。ダメンズは聖女追放時点で王国に居なかったから、追放の加担者や賛同者には含まれないが、彼は『聖女って何かヤダ』という思いだけで祖国と婚約者を捨てた男である。
彼が聖女に対して持つ敵意は、人がゴキブリに対して抱くソレと同質のものであり、結界も彼の敵意に反応して聖女が想定していなかった結果をもたらしたのだった。
「お、おいアンタ大丈夫か?…駄目だ、死んでる」
焼けた皮膚が鼻と口を塞ぎ、ダメンズは窒息してこの世を去った。死にゆく中で、彼は何度も聖女に謝罪したが、具体的に聖女に何かした訳でも無い彼は心から聖女に謝る事も出来ず、一歩後ろに下がって結界から離れれば助かったと気付いた時には完全に手遅れになっていた。
ちなみに、ダメンズの元婚約者のドーマだが、彼女は王子が聖女を追放したタイミングでこりゃマズイと思い、帝国へ移住した。その後、元王国民向けの集合住宅で暮らしながら職業訓練校へ通い、介護士の職を得た彼女は新聞を読みダメンズの死を知ったのだった。
「…何で、アタシよりずーっと前に帝国人になったアイツが結界に阻まれて死んでんのよ」
ドーマは首をひねったが答えは出なかった。