路上ライブ・ラリー
駅の近くの広場。そこに一人の青年がストリートライブをしていた。
圧倒的な歌声。情緒的な歌詞。何より心を震わせる声質に俺は立ち止まらず得なかった。
才能の塊を前に、挫折させられた日を思い出した。思い出してしまった。
中学から始めた音楽活動。三十歳を前に辞めて就職した事。
心に去来する切なさと懐かしさ。
俺もかつては夢を見ていた少年だった。
全力で歌い、全力で何をか探していた。
何かを掴もうとした手で、誰かを傷つけてしまったこともあった。
青臭くても、本気で世界を変えられると思っていた。
今の俺は、思い描いていた未来から大分遠くへ来てしまった気がする。
夢を諦め、現実的に生きようと決めた日。彼女との結婚を考えた。
後悔はなかった。
だがそんな彼女とも些細なケンカや行き違いで別れてしまった。
色が抜け落ちた月を、俺はいつまでも眺めていた。
青年の音楽に、いつしかの記憶が蘇ってきた。
大切なものをどこかに忘れてきてしまった。そんな感情がふと浮かんだ。
青年の音楽を聴いている人間はたくさんいた。
俺と同じように、過去の記憶を探索している。皆そんな表情をしていた。
聴衆の中にベビーカーを押す、一人の女性がいた。
俺より三つ若い元カノ。心が一瞬、ズキリと痛んだ気がした。
目が合うと、逃げ場を求めるように彼女の目が揺れた。
俺はそんな彼女の姿を見たくなく、青年の歌を背に歩き出した。
彼女。幸せそうでよかった。本心でそう思えた。
そしてもう一度、歌を歌おうと思った。
才能とか関係なしに。
自分が歌いたい歌を。
風に吹かれながら。
がなり立て、天を突きあげるような声で。
少年だったあの頃のように。
End
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