if end 滅びへと駆ける
喚ぶのではなかった。
ただその後悔が、幾度となく己が心を千々に裂く。
「おはよう、エイコ」
隣に横たわる、愛しい姿へ目覚めの口付けを贈る。温かな頬を撫で、指通りの良い髪を梳いた。目元は緩み、小さく可憐な唇が微かな弧を描いている。
「今はーー苦しくないかい」
まだ、幸せの時にいるのだろう。せめてずっと、そのままでいさせてやれたらどんなに良いか。
無邪気な眠り顔に泣きたい程、胸が疼いた。
また、今日が訪れた。
あれから季節は何度一巡りしただろうか。まだ世界救済の旅をしていた頃、エイコが視た記憶を頼りにズェリーザ廃坑を訪れたおれ達は失敗した。まんまとアザーに彼女を覗き込ませてしまい、あまつさえ攫われてしまった。
敵はメイグーン地下研究員だと突き止め、何とかエイコを救出。しかしそれからというもの、己が闇に囚われたエイコは延々と夢を見続けている。幸福と苦しみの時をーー繰り返している。
造り物かと錯覚させられる程に静かな彼女が、時折見せる唯一の変化が二つの表情。星の加護が原因か、狂うことも死ぬことも出来ずに、あの頃のまま、ただ幾度も朝を迎えていた。
「ウラヌス! また奴等が来た。シゼルの隊が先に向かってる!!」
「ああ、すぐに行く」
オージェの報告に負傷者の手当てを切り上げる。今朝方も聖地へアザー共が攻めてきたばかりで、皇都の門周辺は負傷兵で溢れかえっていた。
動ける者を引き連れ再び聖地へ向かう。道中で事切れている者達は、いつ弔ってやれるだろうか。まだそんな事を考えられる余裕が残っていることに我ながら驚いた。
エステレアとエレヅの戦いが世界へ飛び火し、大戦へと移ろったのは去年のこと。激しい争いはアザーの大群を呼び、世界は急速に廃れていった。
小国は既に滅び、代わりに台頭してきたのがアザー崇拝教。奴等はアザーが王たる存在であると主張し、この状況を迎合するばかりかキメラを使い人類衰退を促進させた。人々の中には、恐怖のあまり防衛本能が働いたか、入信する者まで現れている。
(これはエイコの視た通りの未来を走っているのか。やがて無残な死に繋がる、道を)
もう異界の星詠みは頼れない。大切な分かれ道は解らない。剣を手に、思うように駆けるしかないのだ。この暗い空の下を。
水は濁り、大地は荒れ、実りは減り。生態系に変化が起きている。我々はいつまでこの日々を続けられるだろうか?
「ーー煌々、眩きもの。万物を生み出せしもの。至上の光此処に集いて其の威光識ら示さん。翔けろ紫電、天を裂け。汝が目覚めの時は来たりーー紫電の衝戟!!」
見えた大群に幾筋もの雷を落とす。しかし最近、星術の威力が落ちてきた。星との繋がりが薄れてきているのか、あるいは星そのものが弱ってしまったのか……真相は解らない。エイコが眠る限り、永遠に。世界に存在出来る異界の星詠みは唯一人のみ。
昨日も私は、突き付けた剣を落とした。明日こそは目覚めるのではなどと……まだ期待を潰せずに。異界の娘をこんな目に遭わせてもまだ、使い捨て異界人を頼ろうとする業に恐怖すら覚えて。
(これが君のいない世界か)
どうせこんな混沌の日を迎えるしかなかったなら。ーー喚ぶのではなかった。あの日に戻れるなら、何をおいても私は父を、臣を、己を止める。あの愛しい微笑みも、声も、ひたむきな愛も全て、何一つ手に出来なくとも構わないから。
(お願いだ……誰か地上の生命を、彼女を救ってくれ。私はどうなっても構わないから)
星が終わっていく。かつて詠われた通りに。
(この魂滅ぶまで)
ーー戦い抜いてやる。
たとえ最後の光の、一欠片となろうとも。




