番外編 掛け持ちバイトと空飛ぶ牛
※その時計の針は見えない〜ズェリーザ廃坑の秘密の間
これは夢だ。すぐに分かった。
だってウラヌスが農家の跡取りだし、ローダー皇子は牛飼いの跡取りだし、わたしはその二家のバイトをはしごしてる天涯孤独の身だし。
だからウラヌスが鈴生りの果物に愛を説いて、成果物を抱えてすっこけたわたしを放置していても驚かなかった。
「こんなに熟れて、柔くて、甘い香りをさせて……すっかり華やかなレディだな」
軍手をはめた手が果実を優しく引き寄せて、高く形の良い鼻が擦り寄る。まるで恋人への求愛みたい。彼は自家製の果実を愛してるようだけど、わたしがぶちまけちゃった物は良いのだろうか。全然見る気配がない。
「エイコ! いつまで道草を食っているのだ! 早く乳を搾りに来ないか!!」
ローダー皇子が愛牛でエステレア農園に乗り付けた。でも彼の赤い髪は牛を興奮させて、そのままわたしを通り過ぎると農園を周回し始める。後ろに可愛いわんちゃんがついて回っているけれど、あれはリビウスだ。
「エイコ、上手くぶちまけたようだな。流石の実力だ。では次は母屋屋根を取っ払って日当たりを良くしてくれ。父上のフェロモンが広がれば種がたくさん増えるだろう」
ウラヌスは何を言っているの? あとわたしがぶちまけたの、仕事だったんだ……。
脳裏に浮かぶはげちゃびんのおじさま(陛下らしい)が極彩色の芳香を放ちながらサンサンと陽光に当たる。
「屋根を取り払えって、どうやって登るの?」
なぜかやる気のわたしの質問に、ウラヌスは<こうやるのさ!>と自分が屋根へ駆け上がって瓦を剥がし始めたので眺めていた。
すると戻ってきた皇子がわたしを抱き上げて牛に乗せる。落ちないように腰へ抱き付くと清々しい牧草の匂いがした。
「今朝仔牛が産まれたのだ。寒くないよう小屋を建て直し、藁と毛布を敷き詰めて屋根を取っ払い日当たりを良くするぞ!」
日当たりのことばっかり考えてるの? この世界の人達……。すごい肉体労働だし、小屋建て直すのに屋根取り払うし、彼が言ってるの多分仔牛じゃなくてカピバラのことだって感じるし……。
「待て! エイコ!」
屋根の上からウラヌスがわたしを呼んだ。切迫した声に驚いて見上げると、袋が投げられてローダー皇子がそれを上手にキャッチする。
「今日の給料だ!!」
日払いなんだね。なんでか皇子が受け取ったけど。
「困るんだよな〜」
突如聞こえてきた声の元を辿ると、豪華なお屋敷の前で白タイツ姿のルジーが顔が見えない程にふんぞり返っていた。その前ではノーヴが体育座りをしている。
ルジーはその体勢のまま、口を開いた。
「困るんだよな〜」
おんなじ事しか言わない。
「困っているのはこちらですよ。あめだす株とぺぺろに株が暴落したので借金は返せません」
どうやらノーヴはルジーに借金しているらしい。しかも投資失敗。その割に態度が大きくないかな……。
わたしもウラヌスと皇子に舞踏会ドレスと別荘代、それから古今東西食べ比べセットのツケがあることを思い出して少し困る。返せるかなぁ。でもぺぺろに株は暴落したし……。まぁ夢だからいっかぁ。
「飛ぶぞ!!」
よくは分からないけど皇子の牛は空を飛んで、月みたいな星へ着いた。クレーターだらけの表面には何か施設がある。そこでワインを梱包するオージェと梱包されたワインを開封して飲むシゼルが思い浮かんだ。
(何のための施設なんだろう……)
牛から降りて辺りを見回すと、異星から伸びた大樹が目に入る。ウラヌスの樹だと思った時、幹が観音開きして瓦を持ったウラヌスが現れた。
「リビウス! お手だ! お手!」
皇子が必死に言っているけれど、リビウスは手のひらに顎を乗せていた。
いつの間にかカピバラの群れが発生していて、クレーターに湧いた温泉で和んでいる。頭にタオルやみかんを乗せていて可愛かった。
「今日も一日良く働いたな、エイコ」
「うん!」
ウラヌスのよく分からない評価にわたしは嬉々として頷く。抱き付くと抱き締めてくれて、強く回る腕に勢い余ってわたしはスポーンと星の海へ飛んでいった。
「エイコは元気だなぁ」
ウラヌスのよく分からない評価にわたしがはにかんだ時、視界の端から白い光がやってくる。
目覚めの時だ。
そう思った直後、視界いっぱいに彼の顔が飛び込んできた。
「…………」
目をぱちくりと瞬かせる。こちらを見下ろす、薄い木陰の掛かった姿。状況が理解出来なくて茫然とするわたしに、ウラヌスは花が綻ぶように微笑った。
「おはよう。よく眠っていたな」
お昼前のビエンド渓谷。植物と岩の密集する隠れるのにちょうど良い場所。そうだ、わたし達はここで小休憩を挟んだのだった。
まさか眠ってしまうなんて……。
ウラヌスに膝枕してもらっていたみたい。慌てて起き上がり、謝罪を述べる。
「ごめんなさい。こんな時に眠るなんて……」
「いいや。疲れていて当然だ。もう少し寝かせてやりたいが……」
「ううん! もう大丈夫。足止めして、ごめんね」
「エイコー? 起きたの。大丈夫?」
こちらに気付いたオージェ達が心配そうにわたしを気に掛けてくれる。一気に申し訳なさが増して、とにかく出発しなきゃと口を開いた。
「大丈夫! も、飛んでこっか! 牛の方が早いし!」
ーーこの意味不明な発言によって、この後しばらく、疲労で頭がやられたのではと心配し続けられたのでした。




