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星聖エステレア皇国  作者:
番外編
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番外編 船上のとある一日II

 オニクスを剥くだけでこんなに反応されるなんて。どう声を掛けようか戸惑っていると、にわかに廊下の方が騒がしくなってきた。


「アザーが出たぞ!! しかも奴ら、甲板に上がってきやがった!!」


 その声に食堂は一気に緊迫した空気へ変わる。ウラヌスとオージェ、シゼルが武器に手を掛けて勢い良く席を立った。


「少し行って来る。エイコを頼めるだろうか」

「お任せを。その間にオニクスも剥いておきましょう」

「すまない。エイコは良い子で待っていてくれ。オニクスは剥くな!」

「いってらっしゃい。気を付けてね」


 駆けて行く三人に手を振る。その背中が見えなくなってからオニクスに向き直った。


「今のうちに剥いておこう」

「ですな。しかし私達もやります。エイコ嬢はウラヌス殿の物を頼めますか」

「うん!」

「気を付けろよ。怪我でもしたら二度と剥かせてくれないぜ、あれは」

「殻を剥くだけなのにね」

「それだけ貴方が大切なのですよ」

「……そっか」


 大切にしてくれてるのか。ならみんなの言う通り、気を付けようかな。

 ウラヌスのために何かしてあげられるなんて、嬉しくてつい口元が綻んでしまう。それが些細な事だとしても。

 アザーとの戦いを終えて、小腹を空かせて戻って来るだろう彼を想いながら丁寧に身をほぐしていった。




 オニクス剥きを終えて手を洗い席に戻った頃、また廊下の方が騒がしくなってきた。食堂の入り口を通り過ぎて行くのは武器を手にした人々ばかり。彼等が高揚した様子で口々に甲板での出来事を語り合っていた。


「あの冒険者達の戦い振り、見事だったな!」

「流石エステレア人だ。一般人にあのようなつわものがいるとは」

「連携も星術の扱いも素晴らしかった! 簡易星術とは思えない威力だ」


 すごい人達がいたみたい。


「あの銀糸の髪のお方素敵だったわ〜! 精悍な皇子様みたい!」

「私は浅葱の髪の人の方が好みかなぁ。どこかアンニュイな感じが堪らない」

「ええ? あの青髪のお姉さまが一番よ! 強くて美しいなんて理想だわ!」


 そりゃまぁーーそうだよね。なかなか他にいないよね。

 人々の話題を掻っ攫ったらしい三人が最後に姿を見せた。


「や〜働いた働いた。お! オニクス綺麗に剥けてンじゃん。ありがとねぇ」


 紙箱に盛られた身にオージェが目を輝かせる。

 その後ろからウラヌスが歩いて来てわたしの隣へ戻った。


「お疲れさま。ゆっくりオニクスを楽しんでね。飲み物も新しく入れてきたよ」


 そう言ったわたしにウラヌスは目を瞬かせて、それからじとりと不満そうな表情に変わる。


「……手を見せてみろ」

「え?」

「ほら」


 有無を言わさず取られた両手。それが光に包まれた。

 ……治癒術だ。


「無理だと分かっている。それでも叶う限り、痛い思いはさせたくないんだ。……分かるかい?」


 向き合ったまま、肩に頭を預けられた。


「は……はい」


 人前で近過ぎる。視界の隅でオージェが手で首筋をあおいでいるのがちらりと見えた。

 旅をしている間は素性隠しも兼ねて上下関係はなしといっても、何だかんだで取るに足らない事ではウラヌスを本気で止めてくれる人はいない。


「ヒュ〜!」


 囃し立ててくる外野がいてもウラヌスは全く動じなかった。ひょっとして聞こえてない? っていうくらい。

 というか、本当に聞こえてないかも。


「ウラヌス……」

「どうした?」


 聞こえてました。




 昼食後、少しのお昼寝を終えた後は部屋で可能な皇妃教育を受けていた。シゼルが付き合ってくれて、ある程度すると甲板に出て、沈んでいく陽の赤を眺めながらウラヌスとおさらいをする。

 旅に出てまでお勉強なんて……と思うけど、ウラヌスが好きなら、これは頑張らなくちゃいけない事だ。

 それにウラヌスが勉強を見てくれるのが嬉しい。でも出来が良いとは思えないから、申し訳ない気持ちも湧いてくる。


「流石はエイコだ。よくここまで覚えたな」


 彼は手放しで褒めてくれるけれど。


「復習なのに付き合ってくれてありがとう。こんな時くらい休みたいだろうに、ごめんね」


 わたしの返しにウラヌスの機嫌は変わらないどころか、目元を紅潮させて、わたしの顔に掛かる髪を優しく撫で付けてくれた。


「エイコは気遣い屋だな。未来の花嫁を自分の手で育てられるんだ。幸せに決まっているだろう」

「……」

「何だ、照れたのかい? ……可愛いな」


 その手が意味深に頬を滑って、顎を捉えられる。まずい雰囲気だ。顔を熱くして震え出したわたしに、ウラヌスは小さく息をこぼして微笑った。


「大丈夫、何もしないさ。ーー今は、な」


 含みのある物言いに耐え切れず彼の胸を叩いて顔を押し付けた。


「〜ウラヌス!!」

「ははは! 口付けなんかしたら、皇妃教育などどうでも良くなってしまうさ!」


 その言葉は図星を突いていて、ますます熱くなる。

 もう恥ずかしい。

 顔を上げられないでいるわたしはウラヌスに抱き締められ、鼻腔いっぱいに彼の匂いを吸い込んでしまう。そうしたらもう頭が回らなくなった。


「はぁ……良い匂いだな……」


 わたしの心の声が漏れたのかと思った。それからウラヌスは結構な時間離してくれなくて。

 これもう皇妃教育どうでも良くなってないかな?

 そんな一抹の疑念がわたしの中をぐるぐる渦巻き続けていた。




 今日一日だけで色々あったけれど、ようやく星が煌めいているだろう夜となった。また天候が怪しいのか星は一切見えない。

 でもそれだけで航海自体は至って穏やかなので、夕食も終えて明日に備えてもう就寝……とはならず。

 突如海上に現れた謎の黒い物体に船は大騒ぎだった。それは波間に紛れて沈んだり、浮き出たりを繰り返している。


「もっとこっちも照らしてください! ひぃ! 寄って来てる〜!!」

「おかしい……また増えたか!? ぎゃあ! ち、ちか…!! どなたかこちらにも光を!!」


 怯える船員さんに乞われてウラヌスとオージェは船上から海上を照らし続ける。それから他の光の星術を使える人達も出動していた。

 光を扱う人は世界的に少数らしく、エステレアに偏っているらしい。船を囲む謎の黒いものは光に照らされると遠のいて行くけれど、また闇を縫って寄って来るのを繰り返していた。


「何なのよこれは。ウラヌス知ってる?」

「知らん」


 二人も知らないなんて。わたしの中には最悪な結論がちらついていた。アザーでないならもう……おばけでは?

 こんなの出たことないって船員さんは言ってた。じゃあわざわざ今出なくて良くないかな。

 わたしは部屋とウラヌスの傍を天秤に掛けてこっちにいた。昼間は恥ずかしかったはずのウラヌスの傍に、今は<何か?>と言わんばかりに堂々と寄り添っていた。

 恐怖の前では羞恥心なんてどうでも良い。


「ウラヌス、光量は増せないの…?」

「すまない。あまり派手にやると怪しまれる。それだけ光術は希少なんだ」


 不安で仕方ないわたしに対してウラヌスは機嫌が良さそうだ。やっぱり彼は、恐怖心を授かり忘れて生まれてきてしまったんだ。

 腰にぎゅうっと抱き付いて恐々と海上を見やると、遠くにぼんやり光る何かが現れ始めていた。

 強風でもないのに、三角形に近いシルエットが大きく揺れている。ボロボロの布が見えた。……あれは帆。

 ーーあれは幽霊船。多分。


「ぎぃやああああ!!」


 わたしより早く、つんざくような船員さんの悲鳴が響き渡った。最後まできっちりフォルティッシモの悲鳴だった。

 ちなみにシゼル、ルジー、ノーヴは出る幕がないからと部屋で就寝している。みんなおかしいんだ。

 そして結論としてこの幽霊船、なかなかにしぶとくついて来ることになる。

 両者一歩も引かずの深夜海上レースの末、結局ぶちぎれたウラヌスによる凝縮された高明度の、特撮物のような光線によって霧散したのだった。場は湧いていた。

 そして部屋に戻って来たわたしに寝ぼけまなこでシゼルが一言。


「そこの窓から何か覗いていましたわぁ…」


 それだけを言い残し、シゼルはもう一度夢の世界へ旅立って行った。わたしは速やかに窓に蓋をした。

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