第86話 ■の幸福に、■■の■は■■■かーー
聳え立つ塔の中。白いばかりの壁に囲まれ、天井は遥か高く、やはり外は見えない。
世界から隔絶されたような空間にバウシュカはいた。
「ーー何故解さない? 人は、地上の王者であるべきではない。人は全てを喰い物にする。お前達の信仰する星すら、やがては喰らい尽くす」
静かで理性的な物言いは、決して彼が狂っているわけじゃないと物語っていた。バウシュカは世界を滅ぼしたいのではなくて、彼なりに良くしようとしているのだと思う。だけどバウシュカのやり方は結局、星の終わりを迎えることになる。
「それこそ思い上がりというものじゃないかい。一生命体に過ぎない人が、星を喰い尽くすだと? 人は……それ程に長く、栄えられるだろうか?」
ウラヌスの返しをバウシュカは迷いなく否定した。
「いいや。この古代技術の力は見たな? その気になれば世界など滅ぼせたのだ。遥かな昔からずっと。そんな危険因子が、星の名の下、まるで光の申し子かのように振る舞ってきた歪……。星とてそうだ。真の母とは闇であるのに、全ての源のような扱いを受け……。この歪んだ世は、闇にお返しせねばならない」
「人はこの技術を罪と悔いたからこそ放棄したのさ。そして君達が掘り返すまでずっと、眠らせていた。……君は、人の醜い面ばかり視ているのではないかい?」
「醜さ、つまり闇こそ人間の本質よ。だからこそアザーは闇を吸って生まれた。しかし人の統べる世界は、人にばかり都合が良過ぎる。我らはアザーへ降るべきなのだ」
「みーんな闇から生まれたのに、人が真理を捻じ曲げた上に、都合が良過ぎる世を作ったから、アザーに平等にしてもらおうって? 解らないでもないが、頷きかねるなぁ……」
難色を示すウラヌス。
バウシュカは平等にこだわっていて、確かに平等は素敵なことだと思うけど……どうしても疑問が湧く。
アザーの統べる世は、本当に平等なの?
今度はアザーばかりが蔓延るのではないの。アザーには人のような慈悲がない。手加減がない。躊躇いがない。
どんなに悲惨な世となっても、引き返すことはなく。本当の残酷な世が、来るのではないの。
「どこまでも平行線よの」
「星の子代表なんでね。世界を人智を越えた危険に晒す訳にはいかない。……さぁ、早く決着をつけよう。オレは忙しいのさ」
「……こちらの台詞だな!」
剣を抜いたウラヌスにバウシュカも大剣を構えた。そしてローダーが<ようやくか>といった様子で剣を抜き、ウラヌスを揶揄する。
「わざわざ世迷言を聞いてやるとは。酔狂なものだな」
「君には思うところはなかったかい」
「人の業が過ぎる事があれば、いずれ滅びるだろう。星の終わりなど待たずしてな。それは…未来の者達が好きにすれば良いことだ」
「……」
ローダーらしい物言いにウラヌスは表情だけで笑った。面白そうに、少し切なげに。でもその言葉でいくらか肩の荷が降りたのか、表情は明るくなる。
「エイコ、君はなるべく下がっていてくれ」
「うん。ウラヌス、ローダー……気を付けてね」
「任せておけ」
ついに戦いが始まった。二対一。様子見か、まず両側から斬り込むウラヌスとローダーにバウシュカは、流石の実力で双刃を受け止める。彼の得物が大剣なのも幸いしていた。
そのまま押し返されると二人は素早く後退する。視線で会話して、今度は別々に動き出した。
火花を散らす剣戟と次々と繰り出される星術。押しては押されての攻防戦だった。
「ーー煌々、眩きもの。万物を生み出せしもの。至上の光此処に集いて其の威光識ら示さん。哮ろ紅焔、天を焦がせ。汝が目覚めの時は来たりーー紅焔の流星火!!」
ウラヌスに前衛を任せたローダーが詠唱したのは天上級星術。上空から数多の炎が隕石のように降り注ぎ、場が熱気に包まれた。
バウシュカは避けるすべがなく被弾する。普通の人間ならひとたまりもないはず。だけど何故か、満身創痍にも関わらず彼の表情は活力に溢れて見えた。
「…やはり室内では威力が落ちるか。だが、それにしても効いていないようだな?」
嘆息した後、意味深な発言をしたローダーにバウシュカはニヤリと笑う。
「……混ぜたのか」
ローダーの問いに答えず、信じがたい腕力で大剣を床に突き立てると、固く握り込んだ両拳から腕を震わせた。生き物が走るように血管が浮き出ていくと同時に、黒い靄が漂い始める。
「雲行きが怪しいな。ローダー!」
「ああ!」
何かしようとしている姿に、ウラヌスとローダーは両側から斬りかかろうとした。でも謎の力に二人は弾き返されてしまう。
「ウラヌス! ローダー!」
「よっと……大丈夫だ。心配いらない」
素早く受け身を取ったウラヌス達に安心したのも束の間。バウシュカの震えはやがて全身へと伝わり、水風船が破裂したように、突然その頭上へ無数の仮面が現れた。
わたしの脳内のオージェが<うげぇ…>とげんなりする。
『王は我と共に在り』
バウシュカが口を動かすと、たくさんの声が重なって聞こえた。個々を聞き分けることは出来ず、もはや誰でもない声の集合体。
禍々しい黒を土台に、不規則に並んだ大勢の負を背負って、バウシュカは、異様に白くなった顔でこちらを捉えた。
「どれだけ混ぜたんだ……。戻れなくなるぞーーバウシュカ」
『ククク、お前達の時代は終わりだ。お前達は長く君臨し過ぎたのだ。これより先は、もはや関係のないこと。エステレアの皇子よ、世界を導く役目は我が代わろう。安らかに眠れ……星屑よ』
「……」
一人称が変わってる……。
その様子にウラヌスも閉口してしまった。
得意げなバウシュカが掲げた手を振り下ろす。すると彼には扱えないはずの雷が二人を襲った。
「…がはっ……」
バウシュカの実力を、遥かに越えている……。
雷属性に人より耐性があるウラヌスはともかく、ローダーは血を吐いて身を崩した。
彼を庇おうとしたのか、意識が向いたウラヌス。その一瞬の隙を突いてバウシュカの剣が振るわれた。たったそれだけで、衝撃波が生まれウラヌスに直撃する。
「ぐ…!!」
彼は咄嗟に構えた剣で致命傷を避けたように見えた。でも術の勢いは殺しきれずに、そのまま壁へ激突し項垂れてしまった。
(ーー死んじゃう)
無慈悲な現実が、フッと背後に寄り添った。
わたしに戦う力はない。だから下がっていろと言われて、だけどこのままじゃ駄目だ。ーー動かなきゃ、取り返しのつかないことになる気がした。
わたしにしかない力、それはアザーの浄化。
「星よ、わたしに力を……!!」
二人を守りたい。
わたしの願いは青い光となって、バウシュカを包む。すると彼は苦しそうに身悶えて、仮面ごと黒い靄が晴れた。
(やった!!)
喜んだのも束の間。なんと靄はすかさず放出され、また新たな仮面……負の結晶が並んだ。いつだって使いさえすれば無敵だったはずの力。それがここにきて、驕りだったと思い知らされる。
「…うそ……」
『どうやら我等の力が優ったようだな。お前の守護者も地に伏した。光など、もはや風前の灯火』
たくさんの仮面がわたしを見下ろす。表情のないそれには当然動揺などなく、無情の圧倒的な力を前に、まるで神に眺められているように錯覚した。
『恐ろしいか? 我が』
「……こわくない」
『いじらしいものだな……』
バウシュカがわざとらしく遅い歩みで近付いてくる。わたしなんて、いつでも捻り潰せるとでも言いたげに。
だから負けないように自分を奮い立たせた。たとえウラヌスもローダーもいなくても、ここに立つのだと。
「いいえ。あなたは今、自分を過信しているだけ。古代の人々と同じ。こんな高い場所にいるから、勘違いしてしまうの。神にでもなった気がしているの。あなたなんて……怖くない!!」
彼の顔に明確な苛立ちが宿る。
死ぬかもしれない。でもわたし、引かない。命に変えても彼は止めると……本当の意味で覚悟が定まっていく。それは独り、静寂の中に立っているような心地で。
無駄な物が削ぎ落とされ、意識の全てが五感に行き渡いくのを感じる。
『異界人が』
大剣が構えられた。必ず避ける。その思いで彼の傲慢にギラつく刃を見据えた。




