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星聖エステレア皇国  作者:
世界救済編
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第85話 ■■なさい

「あれ、もうベガを倒したの? …いや、お仲間が減っているね」


 凄まじいエネルギーを生み出す技術は、一体どこに秘められているのか。そう思わせるシンプルな造りの廊下を進み、空間転移装置から上層の円環へ上がると、今度はフブラヴァが立っていた。

 バウシュカの右腕として二人は一緒にいるかと思っていたけれど…。

 遮蔽物が何もない空間にただ一人。寂しく感じる光景なのに、彼は調子が良さそうだった。


「ねぇ、両殿下。異界の星詠み殿。君達は虚しくはないのかな」


 まるで心に寄り添おうとするような、柔和な声色で彼は問いかけてくる。


「…何がだい?」

「私はね、君達三人には多少同情しているんだ。だって世の為、人の為と尽くすことをーー犠牲を強いられているのだから。皇子として、星詠みとして生まれただけなのに、ね?」


 ……犠牲、か。

 その言葉は、わたしにとって覚えがあった。だってわたしが、ウラヌスに少なからず感じていたことだから。エステレアも、世界も放棄出来ない立場にいるのを知っているから。

 世界はずるい。たくさんの人が生み出した歪を彼に押し付けるのだから。その後始末を今、彼にさせているのだから。


「大衆は身勝手だよね。本当はうんざりしてるんじゃないのかな。こちらに来て……自由にならないかい」


 甘い闇がわたし達を誘う。

 だけどウラヌスは、笑って決然と答えた。雲一つない空みたいな瞳で。


「いいさ。……オレは、この世界を愛してるからな」


 ……そうだね。わたしも一緒。そう思った。

 世界は身勝手かもしれないけど、それだけじゃない。目を凝らせば愛しい物がたくさんある。異世界から来たわたしにだって、大切な物はたくさん出来た。

 守りたい物がいっぱいになった。

 それは今、後ろにいるオージェとシゼルだってそうだし、離れた所にいるルジーとノーヴだってそうだ。

 優しくしてくれた人。感謝してくれた人。助け合った人。旅の途中、擦れ違った人。人の世の諍いなんて、どこ吹く風で暮らす生き物たち。いつでも悠然と在る植物たち。

 空も大地も、海も全部大好きだ。

 だからわたし…ここまで来られた。


「そちらのお二人も同じ考えで?」

「私は世界など知らぬ。だが、我が民は守らせてもらう。ウラヌスの言葉を借りるならば、私が愛しているのは民だ」

「……はぁ。貴方は? 星詠み殿。貴方はこの世界で一番の犠牲者だ。突然異界に喚び出され、縁もゆかりもないものを守れと言われているのだから。運命(さだめ)に翻弄される……可哀想な女の子」


 わたしを揺さぶろうと、フブラヴァはわざとひどい表現を選ぶ。もうそんなの、わたしには効かなかった。


「ーーいいよ。わたし……この世界を好きになったから。だから守れる立場になれてーー嬉しい」


 そう思える日々を送ってこられて、良かった。

 不愉快に歪んだ顔がわたしを見る。理解出来ないって、そう語っていた。


「くだらない……人など、滅びてしまえばいい。僕達を辱めた世など、全部終わればいい!!」


 フブラヴァの激情に呼応するように、辺りに黒いものが立ち込める。呻き声を上げる彼から繊維の裂ける音がした。


「な、何だよこれ…!? キメラか……!?」


 オージェとシゼルがわたし達の前に出て警戒する。

 何かに耐えるように前屈みになったフブラヴァの背で、黒い物がぼこぼこと蠢いている。やがて衣装を喰い破るように、幾多の黒い腕が生えーー翼のように広がった。


「ベガのようには、いかなかったけど……まぁ悪くないかな」

「お前、その力には代償がある。解っているのか?」

「もちろんですよ、ローダー殿下。私は望んでアザーをこの身に受け入れた。バウシュカが世界を塗り替えるまで……もてばいい!」


 氷の矢が雨のように降り注ぎ、シゼルの咄嗟の氷壁で凌いだ。でも鋭い先端は表層を突き抜け、間に合わなければわたし達が針山にされていただろう。


「…ふぅ。間に合いましたわ。では、今度はこのシゼルとオージェにお任せを」

「あいつらが頑張ってんだもん。オレ達も、格好付けないとね」


 二人はわずかに振り返って言った。

 氷壁に亀裂が入る。割れるのは時間の問題だ。


「オージェ、シゼル……」

「わ〜ってるって。必ず貴方のもとへ戻りますよ。まだお仕えし足りねぇし。……気張れよ、ウラヌス」

「褒章、楽しみにしていますわ」


 今度は二人の視線がわたしに移る。


「エイコ。本当に……ありがとね」

「ううん。わたし、オージェ達がいたから……」

「こらこら、お別れみたいなのはやめろって。オレはウラヌスとエイコのお世継ぎを見るまで死なねぇ」

「あら、そうですわね。……未来は明るいですわ。さぁ、お行きになって」


 二人の声に背を押され、わたし達は先へ進む。後ろからオージェの元気な声が響いてきた。


「ローダー殿下ー!! 二人を頼むぜーーー!!」


 頼まれた当人は一瞥し、鼻を鳴らした。


「エイコなら頼まれるまでもない」

「悪いな。オレのことまで…」

「…悪いな。エイコで手一杯だ」


 軽口を叩き合う二人に思わず笑う。

 少しだけ、緊張がほぐれた。けれど円環の表面に出たわたし達は、不穏なものを目にする。それはあからさまな異変だった。


「空が……暗い……まだ真昼のはずなのに……」

「地上で何か起きている? ……まさか! エイコ、君が見た<終末>は夜だったな?」

「え……あ……!!」


 地上で、アザーの暴走、もしくは何かが起きているーー?


「あの砲撃が人民の心を揺らしたのだ。無理もない。教団め……追い詰められ、やってくれたな」

「そんな……わたしの視た未来に、近付いてる……?」


 あってはならないことだ。ここからじゃ地上の様子はうかがえず、何が起きているのか分からない。ただ空だけが警鐘を鳴らしていた。

 この現象の行き着く先はーーウラヌスの死。

 寒さからじゃない身震いが、全身を走った。


「早く…行こう」


 恐れを飲み下して先を急ぐ。

 おそらく今回の出来事がタイムリミット。これを止められるかどうかで、世界の行く末は決まる。

 今度こそわたし達は失敗の許されない境地にきたのだ。

 このまま夜が支配すれば植物は育たなくなる。星が冷えれば虫や動物が死に、人が死ぬ。人が死ねばアザーもいなくなる。

 全ての生命が生き絶えた先に待つもの。それは暗く冷たい石の塊。

 ここは、死の星となる。


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