第82話 甘さで■う、その■に目を向けて
「着いたぞ」
得意顔のバウシュカは一つの石像を示す。見上げる程の高さで、無色透明の星石が幾何学模様に嵌め込まれていた。
石像のすぐ後ろは深い火口。この山は有史以来、一度も噴火していないらしいとはいえ……絶対なんてないだろうと怖い。それに、落ちてしまったら……。
寒さからじゃない震えが足にきた。
「……何だここは」
ローダーがわたし達の総意を口にする。
「アザーの歴史は深い。我等はお前達が<忌むべきもの>として、取りこぼしてきた記憶を繋いできた。王降誕の起点となった、聖戦の記憶をな」
「……?」
「あの異形達に聞かなかったか? 古代遺物は、一つではない。ーーレン」
「はい」
呼ばれた彼女が石像の前に立つ。何か良くない予感がした。
「ガハッ…!!」
突然、複数の教団員から苦しむ声が上がった。ウラヌスとローダーが拘束を逃れ、わたしを抜き去って剣を抜くのがスローモーションのように見えた。
二つの刃がバウシュカの喉元を突かんとした、その時。
「良いのか!?」
バウシュカの大声にピタリと止まる。彼の背後、レンの細い首へーー教団員の剣が突き付けられていた。
造物のように動かなくなった二人を見て、レンは頬を赤らめ恍惚と笑った。
「……嬉しい、ウラヌス様。私を庇ってくださるのですね」
……それはそうでしょ! いくら敵側に付いたからって、あなたは異界人で、しかもエレヅが勝手に召喚してしまった存在で。エステレアとしては罪悪感や申し訳なさがあって……。
……それだけのこと、なのに。なんで。
(……嫌だな、わたし。イライラしてる)
嬉しそうなレンの姿に。
事実を突き付けたくなる気持ちを、喉元まで出かかる醜いものをグッと飲み込んだ。
「ねぇ、今からでも、私とやり直しをいたしませんか? 貴方さえ頷いてくだされば、バウシュカ様は次を任せても良いとおっしゃっていますの。私を救国の乙女として、世界に立ちませんか?」
……レン。あなた、そんなに、乙女の立場が……。
本物にこだわっていたレン。星乃家の血を引かず、星詠みの力を持たず。
それでもあなたは両親に愛されているのに。元の世界へ帰ったら、二人共、生きていて……。
星詠みじゃないから、戦う必要もなくて。お城で毎日お茶やお稽古事を楽しんで暮らせて。
(わたし達、持たないものばかり羨んでるのかな)
望む幸福を掴もうと藻掻くレンを、ウラヌスは目を細めて見つめる。複雑な表情には色んな感情が混ざっていて、その中にわたしは、確かな情を見つけた。
「ーーすまない。君の手を取ることは、永劫にない」
絞り出されたような声だった。その言葉を吐き出すのは苦しかったと、ウラヌスの姿が言っている。
それを受けたレンは空気が抜けていくみたいに表情を失くして、ぽつりと呟いた。
「そう……。でも私、立場や信念を貫く、そんなところも……好きだった……。ーーさようなら」
彼女の手が石像に触れる。その途端、石は白く輝き地揺れが起きた。
「な、なに……!?」
「エイコ!!」
倒れそうになったわたしをウラヌスが抱き込んでくれる。
山が割れそうな轟きに、なすすべもなく見守っていると火口から何かが迫り上がってきた。
身の丈程もある岩や氷をこぼれ落としながら、それはわたし達の目の前を浮上していく。あまりの大きさに巨大な陰へ閉じ込められた。
明らかに人の手で造られた、白い物体。階層状に並んだ円環の中心に、剣を思わせる塔があった。
「これぞ古代技術の結晶、白雲を戴く要塞よ。起動の鍵は異界人。星詠み以外の異界人が来るはずがないと、起動条件を絞らなかったのが災いしたな」
「バウシュカ……何故お前達は、こんな事を語り継いでこられた。我々エステレアすら知らぬ事を」
「邪教と虐げられ、歴史の影で静かに生きるしかなかった我等にとって、王を生んだこの要塞は聖なる象徴として心の拠り所であった」
「アザーが王だと? あれは心の闇の結晶。恐れ、怒り、恨み悲しみの集合体だ。人心を乱し、世を乱す存在だ!」
「アザーは己の損得で動きはしない。星のように贔屓もしない。等しく無慈悲で、冷酷だ。アザーが統べる世は人の作りし序列もなくなるだろう。感謝している。お前達の祖先が起こした大戦には。……さぁ、同胞よ! 世直しの時はきた!」
「!?」
鬨の声と共に、武器を構えた教団員がわたし達を囲み、バウシュカやフブラヴァを背に庇う。二人は口角を上げてこちらを一瞥すると、古代要塞から現れた橋に足を踏み入れてしまった。
「待て!! バウシュカ! フブラヴァ!!」
「邪教徒共、この先へは行かせん!!」
ウラヌスとローダーの実力は周知のはず。だけど教団員は迷いのなさ過ぎる動きで襲い掛かってきた。
「くそッ…!!」
「お邪魔よ。どいてくださらない?」
ウラヌス達の苛立つ声が上がる。
多勢に無勢でもこっちが優勢。でも戦うにつれ、雲行きは怪しくなっていく。
教団員はどんなに傷付いても引かないのだ。まさしく死に物狂いで向かって来る。戦い続ける。
その恐れのない様子は、こわい程だった。
「きゃあ!?」
ウラヌスとローダーの間にいたのに、唐突に腕を引かれて混戦状態の外へと連れ出される。
「約束は果たしたぞ」
「ええ。ご苦労」
労わる言葉の後、一人の教団員が戦いの渦へと戻って行くのが見えた。残されたのはわたしとーーレン。
視線が交わった途端、彼女は口元を抑えて身を震わせる。やがて耐えきれないといった様子で、隙間から笑い声を漏らした。
「ふふ…あはっ、あっはは…!! ……はぁ、あ〜あ」
しなりと小脇を締めて、涙を拭い、愉悦に歪んだ瞳にわたしを映す。
「可哀想……貴方の恋、悲恋でしたのね」
ーーは?
「元の世界へ帰れる方法があったなんて、驚きましたわ。貴方、知っていて?」
「…な、なんで……」
「せっかくウラヌス様と婚約したのに、残念ね。頑張ったのに結局花嫁になれないなんて」
どうしてレンがそのことを?
それは、エウティミオだけがひっそりと継いできた秘密のはず。異界の星詠みだけに伝える真実なのに。




