表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星聖エステレア皇国  作者:
世界救済編
78/100

第76話 幾千の煌めきが我を流れ

 登山が趣味の人は、地上を<下界>と呼ぶと聞いたことがある。当時はその独特な表現にユーモアと少しのロマンを感じたものだけど……今なら分かる気がする。

 冷たく、味のない、けれど澄んだ空気。眩い白が一面に敷かれた地と、視界を遮る物が何もない大空。俗世からあまりにもかけ離れた景色は、この世ではないどこかーー別世界にいる錯覚が起きた。

 でも、その感覚はやがて見えてきた物に失せる。


「なに、これ……」

 

 何もない山道を歩き続けた先。視界を、ソレが覆う。

 無骨な岩肌は所々が欠け、よく見ると融けて再び固まったような跡もあった。残存部分には謎の記号、あるいは文字が形に沿って細かく彫られている。その中で<人>のようなものが目に留まり、目を細める。


(岩も、造形も類似物を見たことがない。なのにあの記号? 文字? だけは既視感があるような……)


 雄大な自然、銀世界に突如として現れた異物。鉛色の物体。

 ーー物々しい巨大な円環が内へと重なり、一つの球となっていた。

 どういう原理か、宙へと浮いてソレは……重く動いている。


「古代文字だな」


 一歩前へ出たウラヌスが言う。

 似て非なるもの。既視感の正体はそういうことか。


「我が国に、このような物が……?」


 ウラヌスへ並んだローダーが驚愕の表情で物体を仰ぎ見る。彼さえ知らないなら、本当にこの地へは誰も寄らないんだ……。


「動いている。何故だ? 何をしている…!?」


 もっと近くで観察したくても高過ぎる。

 円環の動きは、それぞれが少しずつズレて一方向へ、と規則的だった。球の中心には何もない。読めない文字を下へ下へと辿っていくと、奥の方に別の何かがあるのに気付いた。


「ねぇ、向こう……何があるよ」

「待て、エイコ。先に行くな」


 足を進めたわたしの前にウラヌスとローダーが出て来る。みんなも後に続いて球を通り過ぎたら、もっともっと驚きの物がそこには在った。


「さ、里があるーー!?」

「コラ声が大きい!」


 ルジーを諫めたのはオージェ。その後ろでノーヴが肩をすくめて見せた。


「しかし、見つけましたな。ここがエイコ嬢の詠った地でしょう。どうですか?」

「うん。……ここだ。この建物たちを、見た。えっと、わたしが詠ったのは……」

「<我が愛し子の、落とせし珠が眠る地には真が在る。戻されし汝は真を訪ねるだろう。識るは救い。識らぬは救い……>だ」


 そらんじるのはウラヌス。わたしが詠うのは一度きり。なのに彼はしっかり細部まで覚えてくれるから本当にありがたい。わたしじゃ到底覚えられない。


「謎だね〜」


 オージェが苦笑いを浮かべた。


「我が愛し子は異界の星詠み。落とせし珠は子供、あるいは命。ここまでは予想したけど……<戻されし汝>って誰だろうねぇ。識る識らないの件もよく分かんないし。こ〜んな所に人が入っていたなんて」

「ここ……未踏の地って言うけど、禁足地なんだよね」


 わたしの問い掛けに答えてくれたのはローダーだった。


「そうだ。エステレアの聖地に対し、ここは忌み地とされている。通常、入山を試みれば必ず天災に見舞われるために。星の怒りに触れたとでもいうように、だ。だが……すんなり入れたな。いっそ不気味な程に。そなたがいるからだろうか」

「……歓迎、されてるかな」

「行けば分かるさ。ーーほら、人がいる」


 ウラヌスの示す先、里の入り口。本当に人が立っていた。

 思春期というにはまだ少しばかり早い、そんな年頃の少年。清廉な白と青のローブは修道着に似ている。

 彼は幾人かの人々を引き連れ、わたしと目が合うとこうべを垂れた。後ろに控える全ての人々が続く。


「お待ちしておりました。異界の星詠みさま」


 声変わりを迎えていない可愛らしい声に反して、言葉遣いは達者だ。だけどまだ、呂律がたどたどしかった。


「どうぞお入りください。このエウティミオがご案内を務めさせていただきます」


 人が割れ、開けられた道を通る。みんなフードを深めに被っていて容貌が見えにくい。わたし達の前を行く少年もだ。

 前方から寒風が吹きつけた。少年のフードが煽られて外れる。

 ーーウラヌスみたいな、白銀の髪と。


(耳が……長い)

 

 長くとんがった耳が現れた。

 自らの姿があらわになったと悟った彼は振り向く。

 一瞬、身をすくめた。虹彩の大きな眼球がこちらを捉えたから。

 深いーー青紫色の。


「……そう警戒なさらないでください。確かにわたし達はあなた方と異なる進化を遂げた。ですが、元を同じくする者です」


 <城に着いたらご説明させていただきます>。

 傷付いた様子はない。淡々と、といっていいくらいだ。ここで初めて、彼の物言いにあまり感情が乗っていないことに気付いた。

 向き直った少年に案内されたのは周囲より少しだけ立派な家屋。最低限の物以外、何もない……物寂しい室内だった。




「星のお導きによれば、アザー崇拝教なるものに困っておられると」


 開口一番に出てきたのはこちらの事情を知っている発言だった。


「あなたも、星詠みなのですか?」

「はい。みな様がいらっしゃることは知っていました。結論から言いますと、申し訳ありません。人の世から離れて久しい我々は、増え過ぎたアザーの対処法を知らないのです。ましてアザー崇拝教など、初めて知りました」


 そんな……。

 下界でも前回の<危機>からあまりに長い時が経ち、かつての星詠みがどうやって世界を救ったか、詳細は既に膨大な歴史の情報に呑まれている。あるのは異界の星詠みが世界を救ったという伝承のみ。

 ここまで来てその言葉……。絶望しかけた時、エウティミオは言葉を続けた。


「その件についてわたしがして差し上げられるのは、後押しただ一つのみ。星が要であることだけは正しい」


 これを聞くために、わたし達はここへ導かれたのだろうか。疑問が頭をもたげる。


「……ですが、アザー誕生の話はお伝え出来ます」

「……え……!?」


 ここにきて突然とんでもない発言が飛び出し、思わず声を上げてしまった。エウティミオはつとめて平静に話を続ける。


「あれは人の繁栄と共に生まれました。ある時を境に底なしに、爆発的に膨れ上がった怒りや悲しみ、恨みなど負の感情が星の力と結び付き、結晶となってしまったのです。あれは人のいる所を好む。そこに餌があるから」

「……ある時?」

「はい。文明の発展は新たな国を興し、大戦を起こしました。大戦は殺戮兵器を生み、殺戮はアザーを生んだ。そうーーこの地こそ、アザー誕生の地なのです」


 ここでーーアザーが生まれた?


「まさか……外の円環は」


 微かに震える声で、ローダーが問う。これにもエウティミオは感慨のない様子で答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ