第6話 旅立ち
「目立たない色味が良いんじゃないか」
「い〜やウラヌス。何かあった時に目立ってた方が目撃情報が多くなりやすいンじゃね」
「それはそうだな……。だが目立ち過ぎは問題だ。ただでさえおれ達はどこから見ても立派なエステレア人だぞ」
「だって格好だけ変えてもな〜。異国人にエレヅ人の誇りを真似するのは無理だってぇ」
「いっそエイコの好みで決めるか! 目を離さなければ良いんだろう」
「さんせ〜」
<そういう訳で>。
わたしを置き去りに進んでいたはずの事が急に突き付けられる。わたしは何も言っていないのに、貴族街を何故か隠れるように普通ではない道筋で抜け出したのは先程のこと。
衣装屋らしい店に連れて来られると、ウラヌスとオージェはわたしの為の服を延々と悩んでくれていた。
「お洒落が分かんないよぅ……」
この世界のセンスが分からない。困ってしまい、粗末なワンピースの裾を握り締めたわたしに二人は好きな衣装を選び始めた。
結果として、選ばれたの深い赤と生成色のワンピース。エレヅ帝国民の同年代の女の子達に馴染むようにと決まった。
「お支払い、ありがとう。わたし何も持ってなくて……ごめんなさい」
「気にしなくて良い。代わりにおれ達の用事に付き合ってもらうことになるからな」
店のドアを開くとカランカランと音が鳴った。ドアの開閉を知らせる小さな鐘の音だ。後ろから聞こえて来た店長さんの声に頭を下げると、ウラヌスが閉めて見えなくなった。
「ウラヌス達の用事って?」
「おれ達も人を探していてな。だが、帝都は一旦離れようと思う」
「そうなの? どうして…」
「アザーの暴走に巻き込まれたら大変だろう? 食事はすまないが歩きながらになる。とにかくここを出るぞ」
「う、うん」
こちらとしても帝都からは一刻も早く出たいから、これは渡りに船だった。いい加減わたしがお城を脱走したのもバレているかもしれないし……。
でも、街を出るなら門を通らなくてはならないはず。そこで兵士に止められたらどうしようかと思い至る。下手をすると二人にあらぬ疑惑が掛かってしまうかもしれない。
「お? エイコ、何か悩んでるぅ?」
「あ! ごめんなさい、ぼーっとして……」
店の前で立ち止まってしまっていたらしい。わたしを覗き込むオージェと、心配そうなウラヌスに見られていた。
「だーいじょぶ、だいじょぶ」
軽いけれど、柔らかい声でオージェがわたしの背を摩る。それに少し安心して、ウラヌスの後に着いて歩き出した。
市民街も基礎となる色合いは貴族街と変わらない。あの皇帝や皇子が身に付けていた深い赤と茶は、国色だったみたい。
店々が出す看板も落ち着いた色で、とても統一のある景観だと感じた。所々差し色に使われている金が豪華さも出している。
二人が言うには出歩いている人は普段より少ないらしい。それはやっぱり、アザーの暴走が関係しているようで。軽食は並ぶことなくすんなり買えた。
あまりお行儀は良くないかもしれないけど、歩きながら食べるのも悪くない。何の食材かよく分からない物を美味しく頂いて、そして。
そこからが驚きだった。
「よし、行くぞエイコ」
入り組んだ街中を、何故か兵士の目を掻い潜るように二人は進む。先導するオージェの合図でウラヌスに連れられて時に建物の陰を進んだ。
(なんかデジャヴだ……)
しかも二人はとても真剣で、どうしてこうなってるのか訊ける雰囲気じゃない。ただ都合は良いから黙って従う。
「この時間の巡回ルートは……」
兵士達を見ながらオージェが何か怪しい事を呟いてる。でも、おかげで一度も兵士と鉢合わせることなく街の外壁に着いた。
(外壁に着いた……)
何故か、門じゃない。
この人達、本当にアザーとやらの暴走が原因で街を離れるのかな?
疑問が湧いたけれどこわいから抹消した。
周囲を殊更に警戒する二人は、誰もいないのを確認するやいなや、オージェから積荷を足場に壁に上ってしまった。
「いけるぜ!」
「おいでエイコ」
壁の外側を見下ろしたオージェがわたし達を手招き、一足先に飛び降りた。わたしもウラヌスに手を引かれて積荷を上る。壁の下を見下ろすと思ったより高く感じて怖かったけれど、怖気付く前に視界が勝手に動いた。
目の前に来たウラヌスの横顔に驚いている内に身体に軽い振動が走る。一瞬にして目の前の景色が低くなった。
「脱都成功〜ってね。スリルあったでしょ〜」
「上手くいったな。さて、次はどこを目指すか…」
お姫様抱っこ、初めてされた。
固まるわたしをそっと下ろしてくれるウラヌス。温もりが離れても、わたしの胸はまだうるさかった。
そんなわたしの心中なんて知りもしない様子で二人は地図を広げている。
大エレヅ帝国内の地図みたいで帝都が中心にある。
「エステレア方面の港に戻りたいところだが、道中の森でアザーの暴走は起きている。ひとまず反対側にあるバディオンに行かないか」
「観光地だから異国人多いし、い〜んじゃない? 帝都じゃそれらしい情報なかったし」
ウラヌスの指が指すのはここから程近い場所。ただ、間に小さな村もあった。
「バディオンってどんな所?」
「遺跡を観光資源として栄えた町だ。規模もそれなりにあって、旅人も多いから旅支度が整えられるだろう。間に村もあることだし、エイコも少しは休める」
「そ、そうなんだ。ありがとう…」
「しばらくは大丈夫だが、人の警戒線を越えるといつアザーが現れてもおかしくない。側を離れるなよ」
「うん…離れない」
「ウラヌスの裾握らせとく?」
「だ、大丈夫だよ! もう、オージェ、からかってるでしょ……」
オージェをじっとりと睨むけど、効いてない様子で笑ってる。彼の反対側からも声が聞こえて、むくれた。
「ウラヌスまで笑ってる……」
「ふっ、はは! すまない。……握るかい?」
「…転んでも離さないからね」
「いいさ。一緒に転ぶか」
優しいのか、からかわれてるのか分からない。
でも二人がわたしを気に掛けてくれてるのは分かった。見ず知らずのわたしにこんなに親切にしてくれるなんて、本当に感謝してもしきれない。
『この大エレヅの力となれる名誉を与えてやったのだぞ。これ以上の褒美があるか』
『いい加減にしないか! いつまで甘えているのだ!』
あれは悪い夢だったんだ。もう大丈夫。わたしがどこに行ったかなんて分からない、はず。
これからはエステレアの皇子様に会って、そうしたら、あの女の子の事を言うんだ。全部上手くいく。きっといく、はず。
(また心臓がドキドキしてきた……でも、怖くても進まなきゃ)
生きるために。そしてあの女の子のために。
ごくりと生唾を飲む。
帝都の外。目の前に広がる草原から風が吹き付けた。顔に掛かった髪を払って、一歩を踏み出す。
旅が始まった。