第66話 聖戦の狼煙を上げる
星の力を使いエステレア城へ帰ってきたわたし達は、早々に皇帝陛下へ会談の件を進言した。開催の地はここエステレア。火急の要件につき当日まで日がない。
アザー崇拝教の不気味な動きのこともあり、会談の日までわたしは害が及ぶことのないようにと城から出るのを禁じられた。
ローダー皇帝については皇子が上手く立ち回ってくれたのか、代理ではなく本人参加の表明を上げてくれた。これで会談参加のために政務の片付けが積み重なるだろうから、大きな動きは取りにくいはず。皇子も同様に、わたしを追わない大義名分が出来た。
でも一息吐く暇はない。儀式の間にて、わたしはーー星の記憶を授かろうとしていた。
(あの時と違う。この気配……星が応えてくれた)
流れ込んでくる力。自分の中が澄み渡っていく。それと同時に星と己の境界が曖昧になるのを感じた。
儀式の間にいながら、どこにもいない感覚。
何もかも自由がきかなくなって、喉から勝手に声が発せられる。言葉が紡がれる。
『ーー恵みの地が刃、我が庭に立つ。猛るは我が欠片の行方、我が庭が不義。炎は我が庭を焼き払い、水は恵みの地を呑み込む。猛りは負を呼び、負は黒を呼ぶ。黒は地上を覆い、咎人が群れを成し歩く頃には、還りを願いし者が我が下へ列を成すだろう。籠の粒を護るため、地上の安寧を取り戻すため、我が庭の光は誇りを貫き失われる。<人>の終焉であるーー』
次々と脳裏に流れるのは凄惨な光景。わたしの識りたいものを星は、伝えてくれた。
溶け合いかけていた星との境界が急速に引かれていく。煌めきが収まっていく。
わたしはわたしを取り戻して、後ろに控えるみんなへ振り向いた。
「ローダー皇帝の乗る船が攻撃される。自作自演で! エレヅはそれをエステレアのせいにする気です!」
皇帝陛下が頷かれる。
「会談日に向けて、エステレアからエレヅ間の海域に在る全船の帰港を命じよう。これよりは出港も禁ずる」
「父上、理由はいかがなさいますか。相応でなければエレヅに警戒されましょう」
「……建国記念日が近い。異界の星詠みがこの地へ来て初めての建国記念日だ。エステレア人は全て、このよき日に祖国にて平和への祈りを捧げることを勅命としよう」
信仰深いエステレア人ならではの理由だと思う。不審な点はない。
「星詠み殿、エレヅ船への攻撃が<我が庭の不義>で良いな? まだ解らぬものがある。星が<黒>と呼んだもの、そして<籠の粒>とは何だ?」
「それは……」
自分が口にしたものについては無意識故か、あまり覚えていないことに気付いた。
(星詠いは星の言葉を代弁する行為。星はなるべくわたし達の表現に近付けて伝えてくれるけど、どうしても独特な表現になる時があるって習った。本当なんだ)
視たものを思い出し該当する存在を考える。
「黒はアザー、籠の粒はこの城へ避難した人々のことでしょう。全部、話せます」
「ふむ、解釈の違いがあっては困るな。頼もう」
「はい。星の記憶によるとエレヅが自船への攻撃をエステレアの謀略と唱え、わたしの身柄の保護と称して開戦しました。戦火は全土へ及びアザーの大暴走を引き起こします。荒んだ地上は戦いに取り憑かれた者で溢れて、たくさんの人が死に……。このエステレア城で人々を護るため、平和を取り戻すため、皇子は最後まで戦って…………」
「死ぬのか」
言語化したのは他ならぬ本人だった。
「……皇子の死は最後の出来事です。そこへ至らぬよう避けられる道があります。開戦を避ける、世界大戦を防ぐ、アザーの源<心の闇>を生ませない、戦いに取り憑かれた人々を溢れさせない」
「ありがとう……。アザー崇拝教については何もなかったのだな」
「ありません。滅亡に関わりはないようです。動きは気になりますが……」
「メイグーン地下研究所にいたのだったな。警戒するに越したことはない、が。問題は奴等の尻尾隠しが上手いことだ」
世界中から危険視されているのに、その実態を誰も詳しく知らない。だけど星は教団について何も語らなかった。つまり問題はない、ということなんだろう。
どうにも腑に落ちない空気が流れた。それを変えたのはイスカヤ。
「とにかく今は目に見えた開戦理由は与えないことですな。小賢しい工作も、星詠みさまを大義名分にもさせません。打てる手を打っておきましょう」
「そなたの言う通りだな。星より頂いた警告、無駄にするわけにはいかぬ。星詠み殿、感謝する。長旅で疲れたであろう。皇子と共にしばし休まれよ」
とくに疲れは感じていないけれど、そのお言葉はありがたかった。でも自室へ戻って初めて、わたしは気が立ち、興奮状態だっただけだと思い知る。怒涛の日々に確かに疲労は蓄積されていたみたいだ。
会談当日はエレヅ皇帝の他に各国王族や貴族の方々と対面することになる。無様な姿は見せられないと、自分を労った。
(どうか開戦が避けられますように……)
ただ、切に願う。
「嘘でしょ……?」
それはエレヅ皇帝と皇子が乗る船がエステレア海域に入った時のことだと聞いた。
全て帰港させたはずのエステレア船に、未帰還船があった。そしてその船が二人の乗る船へ攻撃を仕掛けたという。エレヅ船は素早く航路を引き返し、おかげで二人の身に怪我はなく。
けれど……敵対行為であると、エステレアはエレヅより糾弾されてしまった。
「あり得ない。船は間違いなく全て港にある。この状態でエレヅの奸計だと? ……無理がある」
ウラヌスの目は不条理への恨めしさを揺らめかせる。
もちろんエステレアは帰船の記録を明かし、無実を訴えた。でもエレヅはそれを工作だと主張して。しかも目撃船の情報は、とあるエステレア船と、一致する。ローダー皇子からの密書によれば確かに邂逅と攻撃の事実はあったらしい。
「グラッデ港に騎士団が配備されました」
報告を受けた騎士団長アギルルフが述べる。玉座の高みから、陛下がわたし達へ重い声を降らせた。
「あまりに早い。やはりこの時を……待っていたな」
星の記憶を頼りに火種をなくし、工作出来ない状況にしたはずだったのに。……まさか。
「未来が、変わっただけ……?」
漏れたわたしの呟きが謁見の間に、いやに響いた。
「ーーこれが私達の選択の結果だというのか……?」
愕然と問うウラヌス。でも、この場の誰にも向けられてはいない。あえて言うなれば……星、だろう。
(エステレア船を全て引き上げたから、別の問題が発生した? それが正体不明の船なの? どうしても、開戦は避けられない……?)
他国からの擁護空しく、宣戦布告がなされる。敵対行為と異界の星詠みの保護を理由に。
エステレアは最初から、わたしをエレヅ要人に会わせる気などなかったのだと。わたしを利用した独裁が目的であると。
こうなればこちらも軍備を整えるしかなかった。どんなに無実と平和を主張しても開戦したいエレヅは攻めてくる。
そしてついに星聖エステレア皇国と大エレヅ帝国。仲違いし続けていた両国の戦争が始まってしまったのだ。
エレヅはこれを星の意思を解放するためのーー<聖戦>と称した。




