第64話 欠けていたもの
「戦争だと……? まさか、視たのか! やはり父上は……!!」
皇子が身を乗り出して、すぐにハッと我に返った様子で背筋の伸びた姿勢へ戻る。
「……視たよ。エレヅが起こすかは分からないけど。たくさんの人が死んでた。だから戦争になりかねないことは……」
「……」
考え込んだ皇子。さっきの発言といい、何か心当たりがありそうに見える。しばらくして彼は歪んだ顔で薄く笑った。
「戦でもしなければ、エステレアは滅ぼせぬ、ということか……?」
そんなにも……。
「エステレアが憎くても嫌いでも……戦争だけは駄目だよ。人も動物も、魚も虫も、みんな死ぬ」
二度と会えないところへ逝ってしまう。そしたらもう触れられない、声を聞けない、新しい思い出は永遠に増えない。両親との幸福の時は、あの日で永遠に途切れた。
「死んじゃうよ……」
ローダー皇子の瞳は危うげに揺れながらもこちらを見ていて。うかがっている。わたしの言葉を聴いてくれている。そう感じた。
「誰かがたくさん泣くことになるんだよ……良いの……?」
いつかの眼差しが、またわたしに向けられる。彼はわたしに大切な人の面影を見ているんだ。以前は嫌だったそれを、今は煩わしくは思わない。
「……そなた、誰か大切な者を、亡くしたのか」
わたしの思っていた彼とはまるで違う、静かな声だった。
「……両親を」
「……そうか」
「……あなた、も?」
「……母上を」
「……そう……」
沈黙が流れる。痛みを噛み締め、分け合うための一時が。多分、同じ経験をした者同士でしか深くは分かり合えない想い。
「お母さまの事、愛してたんだね」
「そうだ…深く、深く敬愛していた。エイコもだろう」
「……まぁ、わたしは、両親と血が繋がってなかったみたいだけど」
わたしは欲をかいている気がする。こんな事、彼に言ってどうするんだろう。何を求めているんだろう。
自分で言ったくせに気まずくなって目線を伏せた。だけど皇子は、多分わたしの期待した言葉をくれて。
「それでも愛されていたのだろう。……そなたを見ていれば分かることだ」
嗚呼ーー本当にそうだ。
二人は間違いなくわたしを愛してくれた。本当のわたしは星乃エイコだと、知らないまま逝ってしまったけれど、それでも……愛してくれた時間が失くなるわけじゃない。
それに分かっていた。実の娘じゃないと知れてもきっと、あの二人は変わらず愛し続けてくれたはずだと。
ちゃんと、分かってた……。
「……あり、がと……」
「……私はそなたを泣かせてばかりだな」
本当に。ずっと怖いだけの人だと思っていたのに。
不器用だったらしい皇子様の言葉に、思わず微笑う。すると彼が息を詰めるのを感じた。
やがて皇子は照れ隠しのように顔を逸らして話を戻す。
「この世界へ来たばかりのそなたは、異界の事など知らぬ、そう言いたげであった。なのに今は……世界の平穏を願うのか」
「そう…だね。わたしは異界の星詠みとして未熟だけど、力があるなら、みんなのために使いたい……そう思うようになったの」
「<みんな>の為、か……」
今度は彼が微笑った。
「そなたは国を越えて、世界を観ているのだな。星の落とし子としてーー」
世界をーー観ている?
その言葉を自分の中に入れた途端、奥底で何かが揺れたような心地がした。
(そうだ…エステレアとか、エレヅとかじゃない。確かに星詠みが生まれるのはエステレアだけど、わたしはエステレアで生まれたわけじゃないし、星が愛しているのはエステレアだけじゃない。きっと、この世界の全てを愛してる。だから星がわたしに望むのは)
ーー世界の救済。
揺れたものが弾ける。まるで水が溢れるように、自分の中に<力>が満ちていくのを感じた。青い、星粒のような光がわたしの周りで煌めく。
これは星の力だ。
ずっと異界の星詠みと言われながら、星との繋がりをいまいち感じられずにいたけれど。今はっきりと感じる……わたしは確かにーー星と繋がった。
「エイコ……」
目の前で驚愕に目を見開いたローダー皇子がわたしを呼ぶ。その直後、もう一つの聲がわたしを呼ぶのが聴こえた。
『エイコ!!』
(ウラヌス!!)
愛しい聲。嗚呼、やっぱり彼は生きていた。ヨランダの言葉なんて嘘だった。
歓喜でいっそう力は増し、光も強くなっていく。
飛べる。彼のもとへ。
そう感じた。
(でも、今ここを離れたら……戦争がどうなるか分からなくなる。内から止める手立ては潰えるかもしれない)
だけどエレヅ皇室への気掛かりがわたしを引き留める。大好きな胸へ飛び込んでいきたい思いと、異界の星詠みとしての使命感。その二つの天秤が大きく揺らいだ時、皇子がわたしの手を掴んだ。
「私を連れて行け! エイコ!」
「え…!?」
「あの皇子のもとへ行くのだろう? 話をする。勿論……一国の皇子として!」
「……皇子……うん!!」
繋がった手をしっかりと握り返した。絶対に離れないように、一緒に行けるように。
視線を交わして頷き合う。星の力はわたしと皇子を包み、視界が白く焼けた。
次に世界が見えた時には……愕然とわたし達を見る、ウラヌスの姿が在った。
「……」
彼は静かに柄へ手を掛ける。一瞬にして駆け抜けた不穏な空気。
違う。
彼の誤解を解くべく、わたしは足りない脳みそを懸命に働かせて最初の一言を放った。




