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星聖エステレア皇国  作者:
バハル自治区編
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第62話 メイグーン地下研究所

『申し訳ございません。お見苦しいところを』

『構わぬ。これはどうしたと訊いているのだ』

『失敗作でございます。今すぐに片付けますので、どうぞわたくしの研究室の方へ……』


 行ってしまう。声を上げようとして、だけどまだ研究員の指す<あちら>の情報を掴んでいないと、思い留まる。ローダー皇子が教えてくれる保証はどこにもないから。

 去って行く足音を見送り、失敗作とやらを片付ける人達の声に耳を澄ませていた。でも……それ以降、目ぼしい話はなかった。


(誰もいなくなった……)


 残念ながら室内には鍵の代わりになりそうな物がない。鍵穴をジッと見つめて、その単純そうな作りをかえって歯痒く思う。


「そうだ!」


 自分の衣装からボタンを探し出し引きちぎった。それを鍵穴に嵌めて回すと、思惑通りに回る。カチリという音を確かに拾った。


「やった!」


 そっと扉を薄く開いて周囲をうかがう。誰もいない暗い廊下だった。いくつかある扉のどれも開く気配がないのを確認して、靴を脱いだ。




 広がっていた光景にただただ絶句する。まさに人を人とも思わぬ所業。生み出されていくのは人ならざる生き物。だけど悶絶する彼らを<実験体>と呼び、平然と観察する研究員こそ、人ではないものに見えた。


「要らぬと言ったら要らぬ!」


 その前で声を荒げているのはローダー皇子。そんな彼を宥めるのはリビウス。


「まぁまぁ殿下。一度改良させてみましょう。それからの判断でも遅くはありませぬ」

「遅い! 奴は何度、我が命を軽んじた。いつかラグマはエイコに傷を付ける!」


 ーーわたし?


「そもそも私は、人とアザーのキメラなど好かぬ。リビウス、お前がどうしてもと言うから試してみたまでのこと」

「殿下のお優しさにはまこと敬服いたします。情けと思って、どうか今一度だけ、老い先短いこのリビウスの言うことを聞いてはいただけませぬか」

「……その物言いは卑怯だ、リビウス」


 二人の話からしてラグマは人とアザーのキメラだったのだ。あの血の気のない白過ぎる顔……今にして思えば、アザーの仮面のような色だ。夜色の髪はアザーの軀の色。


「従属性の植え付けが上手くいかなかったために、大変なご不便をおかけしました。お許しいただけるのであれば、どうか今一度挽回のチャンスをお与えください」


 かしこまるヨランダ。二人から言い募られてローダー皇子は少し迷う素振りを見せたけれど、首を振った。


「……ならぬ。許さぬ! もう私にあれは必要ない」

「そう毛嫌いなさいますな。お父君ご推進の研究ですぞ」


 ローダー皇子の父親……大ローダー皇帝。あの男がこんな研究をさせているなんて。星詠みを攫うだけじゃ飽き足らず、どこまで人を愚弄するの。

 話し込む三人の前で一人の男性が連れられて来た。だらりと垂れた手首は拘束されて、覇気のない様子で研究員に促されるがまま硝子張りの空間へ入る。その後ろの扉が開いた。一切の明かりが見られない向こう側から現れたのは一体のアザー。


(どうして抵抗しないの……?)


 男性は不思議な程に大人しい。アザーが彼の目の前へ回り込み覗き込んでも、無反応だ。

 アザーは長い首を傾げた。白い物が滑り落ちる。しばらく見合っていた彼らだったけれど、おもむろに男性の身体が不自然な痙攣を起こした。そして硝子越しに男性のーーくぐもった悲鳴が漏れ出てくる。


(あの人も、一体化してしまう)


 心の闇を突き付けられて、苦しみを繰り返して、一時に永遠に囚われるのだ。そして自我を失ったまま誰かを襲う。

 初めてズェリーザ廃坑を訪れた時、骨を食べるアザーの気配をウラヌス達は訝しんでいた。あれはきっとなまなり。アザーに成りきる寸前の……人だったんだ……。


(……酷い……)


 思い出すのは恐ろしくも哀しい声。慟哭だった。救いを求める、心の叫びだったのだ。


(……許せない……)

 

 あの辛さを平然と与えて。苦しむ人々を嬉々と観察して。人の痛みが分からない、理解しようともしない。

 

(ーーでも今は)


 だけど怒りよりも勝るのは、アザーにされた人々を救いたい想い。


(助けたい。あの人達を。わたしに出来るのなら、力があれば)


 ただ強く願った。迂闊に力を使っては駄目だと言われていたことも忘れて、強く。

 わたしの想いが流れ出たように、青い光が研究所を駆け巡る。当然ローダー皇子やヨランダにも異変を悟られたけれど、どうでも良かった。

 たくさんのキメラ達から黒い塵が溢れ出して霧散する。崩れていったアザーの皮。次々と中から現れていくのは……融合から解き放たれた人々だった。


「これは一体……!?」


 ヨランダや研究員達が驚愕の声を上げる。そんな彼らに紛れて、空間の奥、青い光に薄っすらと照らされた廊下にわたしは見てしまう。


(ーーアザー崇拝教!!)


 認識した直後、腕を取られた。


「エイコ!?」


 皇子が目を見開いてわたしを捉えている。ずっと怖くて仕方なかったはずの瞳なのに、前ほど怖くなかった。少なくともここにいる研究員よりは信じられる。自分の中で彼への印象が変わりつつあるのを、感じていた。





……………


今後の更新について活動報告に載せています

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