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星聖エステレア皇国  作者:
バハル自治区編
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第58話 ズェリーザ廃坑の秘密


 ローダー皇子を警戒していた以前と違い、ビエンド渓谷を観光客と同じルートで越える。ただしエレヅ国外でもあんなに遭遇したんだから……また鉢合わせる可能性は十分にあったけど。バハル海域のアザーのために予想外に時間が掛かってしまったので、出来るだけ短縮したかった。

 前回とはまた違った趣きの景色を通り過ぎ、そして問題のズェリーザ廃坑へ辿り着く。


「あの噂、まだ消えてないってきな臭いよね〜」


 オージェの言う通り、実は<廃坑内で奇妙な声を聞いたが最後、二度と帰れない>という噂……まだ健在だった。それを聞いたのはここへ来る途中に擦れ違った冒険者さんから。

 廃坑へ棲みつく人喰いアザーを倒したのは以前の事。あれで噂はなくなるだろうと思っていたのに、依然として行方不明者は出ているらしい。


「念入りに調べてみようか。前回は行かなかった所までな」


 ウラヌスが差し出してくれた腕に抱き付く。陽の光が差し込む入り口付近はともかく、相変わらず奥は無のような黒だった。正直やっぱり怖い場所だけど今回はそうも言ってられない。

 彼の光を頼りに、闇の腹へとわたし達は足を踏み入れた。




「……ここは人喰いアザーと戦った場所だな」


 がらんどうの空間を照らしてウラヌスが言った。

 帝都方面へと進むことしばらく、いくつか分かれ道はあった。けれどいずれも行き止まりで、ついに見知った場所まで来てしまう。


「まさかあのアザーが復活……とかないよな? はは、でも気配はしないし、ないか」


 ルジーが怖い話をしてる……。

 ウラヌスは明度を上げて空間全体を照らしたけど、アザーはどこにもいなくてわたしはホッと息を吐く。


「過ぎる影もなし。ここには何もいないようだ」


 彼と一緒に中へ入って空間を見渡した。ここはとくに採掘されたようで、以前は分からなかったその全容は思いの外広かったと知る。

 幸い、この道は落盤を免れた訳なので死者が埋まっていることはない。でもどの壁の向こうで事故が起きたとも知れず、鎮魂の祈りと恐怖がせめぎ合う複雑な心情だった。

 頼りの腕にしがみ付きそろそろと周囲をうかがう。外の光も風も届かない、閉塞感に押し潰されそうな空間。彼の光とみんながいなければ、叫び出してしまいそうな予感がした。

 たじろいだ足が、ふと何かにぶつかる。


(あれ? この床……なんかちょっと、盛り上がってる?)


 それはほんの少しだけ、斜めに迫り上がった地面だった。ただの凹凸かもしれない。でもそこがいやに気になって……ウラヌスの腕を引く。


「ね…ここ、何か変じゃない? 盛り上がり方、綺麗過ぎないかな……」


 わたしの発言に彼とみんなが一斉に問題の箇所を観察し始めた。


「四角い……か……?」


 ウラヌスの呟きにオージェとシゼルがわたし達の前へ出た。それからオージェがさわさわと地面に触れて、ふいにバコンと持ち上げる。その手はーー四角い板を支えていた。


「隠し扉、ですわね。お手柄ですわエイコ」

「わくわくするな〜!」


 どうやら階段が続いているらしい。けれど光と闇の境界線の先は、相変わらず真っ黒だ。

 躊躇いもなく二人が下り始めた。もちろんウラヌスも。階段は広いとは言えず、二人並んでは行けない。なのに彼はわたしの手を引いて、こっちを気遣う姿勢で行こうとしてくれるから、その手を解いた。


「……怖いだろう?」

「こ、怖いけど、ウラヌスが危ないから……。頑張るから大丈夫。前にも後ろにもみんながいてくれるし」

「おう! 後ろは任せとけ!」

「殿は私が務めますので、ご安心を」


 ルジーとノーヴの励ましに勇気をもらう。

 いつも頼りにさせてもらってるけど、今は心底頼もしく感じる。本当にありがたい。恐怖心がないことに恐れ慄いた時もあったけど、お礼を言いたいくらいだ。


「……そうか」


 わたしは、ウラヌスを気遣ったつもりだった。でも返ってきたのは平坦な声。


(え……?)


 彼から表情が消えたのはほんの一瞬。すぐに優しい微笑が戻ってきて<いつでも手を貸す>と告げ前を向いた。


(……ふ、不満だった?)


 だって、こんな暗くて狭い所で手なんて繋いでたら絶対に危ないし。ただでさえウラヌスの片手は明かり役で埋まっているのに。……なんて聞かれてもいない弁明を心中でつらつらと並べる。

 みんながいるから、今の一瞬の出来事をわざわざ掘り返すのも気が引けて。彼が怒ってないことを願うばかり。


(嫌われたくない……少しでも)


 おずおずと、外套の裾を握る。愛情を確かめたくてわざと気付くように引いた。

 その表情が見えない程度、わずかにこちらを向いたウラヌスがわたしの手を二度柔くポンポンする。

 大丈夫と宥められたようにも……離せとやんわり拒絶されたようにも取れる。どちらとも確信が持てなくて気分が沈んだ。


(ウラヌスの様子を深読みして、一喜一憂して……これって依存かな? ……良くないな。いくら恋人になったからって)


 怖がってる時とか、とくに理性が弱くなる状況だとその傾向が顕著になる気がする。皇妃になろうって人間がこんなことじゃ駄目だ。何事にも動じないくらいの気概を持たなきゃ。

 そっと、裾を離す。たったそれだけの行為だけど、わたしにとっては勇気のいることだった。

 でもそれはあっという間に些細な事へと変わる。無音だったはずの暗闇の奥底から、細い声が聞こえたから。

その音は、記憶の中の声と繋がった。


「この気配……覚えがあるねぇ」


 階段が終わる。意味深な呟きと共にオージェが曲がり角の向こうをうかがって。そちらから感じるほのかな明かりにウラヌスは光術を消した。


「どうだ? オージェ」

「当たり。人の姿はなし。……やべーな」


 声がする。

 悶絶しているような、泣いているような……あるいは誰かを呼んでいるような。悲痛な声が鼓膜を騒めかせた。

 冷たい壁の向こうに広がっていたのは牢獄。道の左右に構えた鉄の檻が奥へと連なり、中には様々な姿のアザーが閉じ込められていた。

 ーー星が授けた記憶の場所だ。

 ズェリーザ廃坑の地下。そこは誰かが意図的にアザーを囲う……許されざる場所と化していた。

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