第57話 その時計の針は見えない
ジューク港から中央都市に渡るアザー暴走が鎮圧され、わたし達はシゼルのお母さまのご実家で休ませていただいていた。そこでエレヅへ行きたいのに足止めを食らっていると話すと、おじいさまの口利きでアザー駆除船に同行させてもらえることとなった。
「道が開けたら、後方の貨物船に乗り換えて行きなさい。その後はこっそりと、な」
「ありがとう! おじいさま」
彼女のおじいさまはこちらの深い事情についてはお訊きにならない。エステレアの騎士であるシゼルがバハル冒険者の服を着て旅だなんて、何かあるに決まっているのに。
「何から何まで……恩に着る。祖父殿」
「本当にありがとうございます。シゼルのおじいさま」
「とんでもないことでございます。……どうぞ旅のご多幸をお祈りしております」
一介の旅人にするには恭しい言葉がウラヌスとわたしに贈られる。……何か勘付いていらっしゃるかも。
わたし達も再度感謝を伝え、竜車に乗って街を出る。おじいさまは姿が捉えられなくなるまで頭を下げていらっしゃった。
ーーそして船上。
「でかいのがいるぞ!!」
自警団の誰かが叫んだ。
青い海中、一隻の船に並走する巨影が見える。たくさんのアザーが道を開ける中、徐々に浮上してくるその正体を捉えた。
骨だ。
海中哺乳類のような骨が潮水を掻い潜り、空気に半身を晒した。
「げー! めちゃくちゃ仮面付いてンじゃねーか! 気味悪ィな!!」
ルジーがおぞましげな声を上げた通り、そのアザーには複数の仮面が不規則に張り付いている。しかもどういく仕組みか分からないけど、仮面はうぞうぞと自由に動いて、唐突に一箇所へ集合した。
側頭部に並んだ白い顔がこちらに注目している。その顔面へたくさんの星術が続けざまに撃ち込まれた。わたしからすると初めて見るタイプの、要注意対象なのにみんなは迷いも手加減もない。
「なんてデカブツだ。あれだけアザーを倒したあげくこれか」
「ああ、よりによって航路に発生するとはな。しかし数はだいぶ減った。あれさえ何とかなれば鎮圧もまもなくだろう」
自警団の人達の口ぶりからして、これでも状況は良くなっているらしい。
「あれさえ何とかなれば……か」
ノーヴの反応は引き気味だった。でも口ではそう言いながらも、休まず星銃を撃っては弾を補充し続けている。その側ではウラヌス達も星術を放ち、どうやら反撃の隙を与えないつもりみたいだ。
他船からも援護射撃が飛んでくる。こまごまとしたアザーは星術や矢の流れ弾に当たって沈んでいき、運良く船に乗り上げたものは剣の餌食となった。
様々な属性の星術が飛び交う光景はとにかくにぎやかで、派手だった。
(異世界感がすごい……)
地上での戦いより明らかに星術の頻度が多い。この世界では誰もが術を扱える事実を目の前にして、改めて異世界を実感する。
アザー暴走と比べれば圧倒的に敵は少数とはいえ、また違った激しい戦いぶりに圧倒された。
(良いなぁ。わたしもあんな力が使えたらな)
生活の役に立つし、他者を守れる。
羨望の眼差しで人々を眺めるわたし。その目に巨骨へと特大の雷を落とすウラヌスが映った。
「やったぞー!!」
沈みゆくアザー。沸き立つ歓声。見えた勝利に自警団はますます勢い付いて、残りのアザーを片付け始めた。
人々の熱気の合間を縫って、わたし達はこっそりこの場を後にする。向かった先にはシゼルのおじいさまが手配してくださった小舟。
「おいで」
先に乗り込んだウラヌスの手を取って、小舟へと足を下ろす。船頭を務めるのはオージェ。
六人を乗せた小舟は背後で待っている貨物船へ。海はこの状況だ、わたし達は臨時で雇われた護衛としてエレヅに入国する手筈となっている。
「は〜戦い激し過ぎっしょ。あんな星術が激しく飛び交うことある?」
一気に肩の力を抜いた様子でオージェがぼやいた。
「エイコびっくりしたでしょ。大丈夫? 怖かった?」
「大丈夫だよ。みんなすごくて、心強かった。あのアザーはびっくりだったけど」
「ね〜デカ過ぎ! 倒せてたら良いけどさぁ」
「……え?」
不穏な一言に思わず声が漏れる。でもみんなは事もなげに話題を続けた。
「ウラヌスの術で沈んだのだから、ひとまず気は失ったでしょう。これに懲りて、もう浮上してこなければ良いですけれど」
「あの雷で出端を挫くくらい出来ただろうか?」
「ウラヌスさぁ、言葉通り鼻の辺り狙ってたよねぇ」
「お茶目……ですかな?」
盛り上がる面々の中、海中の魚を覗き込んでいたルジーがあくび混じりに言った。
「でも本当に激しかったぜ。戦争でもあるまいし」
多分、彼は何気なくそれを口にした。でも一瞬にして場は静まり返る。
「……え! ご、ごめん! 縁起でもないよな!」
そうだーー縁起でもない。
ウラヌスがわたしを見た。彼も思い至ったんだ。わたしが何か言うより早く、彼は口を開いた。
「君の視た記憶に……荒れる星術と、争う人々があったな」
「……うん。まさか……」
「マジかよ!?」
深刻な雰囲気をルジーの大きな声が裂く。
「ルジー、ちょーっと声量下げようぜ」
「あっ、わり…! うぉっほん!」
いささかだれた空気は、ルジー自ら引き締めに掛かってくれた。
「……まさか、戦争が起きるって言いたいのかよ?」
彼の言葉に沈黙が流れる。突然浮上してきた信じがたい予想と、そうなって欲しくない願望。各々の動揺で静まり返る場に、後にした船から上がる鬨の声が届いてきた。
「貨物船から父上へ文を飛ばす。各国の情勢により気を配っていただき、不穏分子はお伝え願う。そもそもエイコの事も……異国民へ知れ渡るのは時間の問題だ」
「人の口に扉は置けないってね〜。戦争が起きるとしたら、現状エステレア滅亡の予言が一番起因になり得るよねぇ」
星聖エステレア皇国は星信仰の深いこの世界の人々にとって、心の拠り所であるらしいから。聖地のある国が滅ぶとあれば……世界が揺れるのは想像に難くない。マーヴスネットでバウシュカも言っていたことだ。
「エステレアの危機にどこの国が争うってンだよ!? 協力して乗り越えるべきところだろ!」
「ルジー。世界は一枚岩ではない。敬虔な信徒ばかりではないのだ。君もパライオ大森林で見たな? 星の落とし子さまへの赦されぬ扱いを」
熱くなるルジーを諭すノーヴ。彼は理性的に言葉を続けた。
「それだけではない。不安に苛まれた人間は何をしでかすか、分からないのだよ」
エステレアに取って代わりたい。あるいは、エステレアが滅ぶ不安に呑まれる。少し考えただけでも二つ、戦争が起きそうな理由が浮かぶのだから。
「戦争が先か、聖地のアザー暴走が先か……エステレアが滅ぶのはいつだ」
<己が死ぬのはいつか?>。
そう想いを馳せていそうなウラヌスの手を、おそるおそる握った。
「……そうならないように、頑張ろう」
現状、出来ることの少ないわたしが言うのはおこがましいのかもしれないけど。
ウラヌスは嬉しそうに微笑ってくれた。それが今の全てだった。




