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星聖エステレア皇国  作者:
バハル自治区編
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第56話 一段落


「シ、シゼルお嬢様! お久しぶりでございます」

「久しぶりね。みんな元気そうで何よりですわ」

「お嬢様もお元気なお姿で安心いたしました。お待ちくださいませ、旦那様にお伝えをーー」

「構いませんわ。直接向かいます」


 豪邸と呼ぶに相応しいお屋敷。貴族の方が住んでいると言われても不思議じゃない程で、いかにシゼルのお母さまのご実家が裕福かを物語っていた。

 到着するなり、執事さんのような方が驚きつつもかしこまった様子で旦那様とやらーーおそらくシゼルのおじいさまへ伝えに行こうとする。でもシゼルがそれを制し、奥へ足を進めたところで、良いタイミングで老年の紳士が現れた。


「シゼル? 突然どうしたのだ。おお、顔を見せておくれ」

「お久しぶりです、おじいさま。ご挨拶は今度ゆっくりといたしますわ。今日は急ぎの用事ですの。…街のすぐ側でアザー暴走が起きていますでしょう。どうか負傷者救援のための物資と人員を、たくさん頂きたいのです」

「それならばすでに手配しているが……」

「負傷者はジューク港まで続いていて、あちらはもっと凄惨な状況ですわ。つい先日も暴走が起きたばかりですし……。お願いですわ、おじいさま」


 最後は甘えるように言ったシゼル。そんな彼女におじいさまは顔を緩めて頷いた。


「そういう事なれば、もちろんだ。可愛い孫の頼みでもある」

「ありがとうございます。おじいさま」

「して、そちらのお嬢さんは?」


 おじいさまの視線がこちらに向いたので、慌てて頭を下げる。


「初めまして! エイコと申します」


 <誰として>か一瞬考えた末の<冒険者として>の挨拶だった。

 

「エイコ殿、孫が世話になっております。少々お転婆が過ぎるところのある娘ですが、今後ともよろしくお願いいたします」

「おじいさまったら。私の大切な方ですのよ。恥ずかしい話はおやめになって」


 身内に甘えるシゼルの顔は新鮮で微笑ましい。彼女が愛されて育ったことが垣間見え、温かい気持ちになる。街の外は戦場だというのが嘘のように穏やかな時間だった。

 でも当初の目的通り、物資と人員はたんまり頂いていた。




「すごい物資だったね……良かったの? お店は大丈夫?」


 持てる物だけを両腕いっぱいに、先に救護所へ戻る道すがらシゼルへ訊いた。おじいさまは気前よく物資を分けてくださったし、この緊急時だからありがたいけれど……無理をしていないか心配だった。


「バハル自治区は助け合いが大切ですの。こんな時ならなおさら。それに、どんなに素晴らしい商品があったって、使う人がいなくなれば無意味ですわ。おじいさまだって店が傾く程のことはなさいません。商人ですもの」


 <だから心配いりませんのよ>。

 そう微笑うシゼルにまたバハル人の生きる力を垣間見た気がして、頼もしく感じた。


「さて、これからが大変ですわよ。開封や配布を手伝っていただけまして?」

「もちろん!」


 お屋敷にはまだまだ運べてない物がある。かといって物だけがあったって、荷を解いたり、仕分ける人もいないと行き渡らないだろう。

 差配はシゼルの伯父さまがやってくださるそうで、わたし達は実働隊として動く。

 こんな言い方は相応しくないけれど……嬉しかった。星詠みでありながら無力なわたしに、出来ることがあるのは。


(星の力を使いこなせない分まで頑張らなくちゃ。……頑張りたい)


 戻ってきた現場ではウラヌスが重傷の人々から治癒術を掛けて回っていた。ただし治癒術を使える人間は貴重。命には関わらないと思われる程度まで治すと、別の人のもとへ移っている。後は消毒や包帯の一般的な治療だ。


「すまない、物資を分けてくれないか! 包帯がもっと欲しい!」

「も…もちろんです!」


 慌ただしく駆けてきた人に包帯の詰められた箱を差し出す。その間に他の箱を続々と開け、必要な人が取りやすいように並べていった。飛ぶように消えていく物資に間に合わせようと、必死に動いた。

 お屋敷からは追加の物資が<地竜>という恐竜のような生き物の引く荷車でやってくる。


「助っ人に来たぞ! エイコ」


 突然だった。きっぷの良い口調が鼓膜を震わせたのは。


「バウシュカ!」

「また会ったな! アザーある所に俺達ありよ! 奴等は片付いたから、俺も救護に回るぜ」

「あ…ありがとう!」


 彼は荷車から次々と物資を運び出していく。流石鍛えられた腕は力強く、一度にたくさんの箱を抱えていた。


「エイコ、頼んだ!」

「任せて!」


 置いてくれた荷を夢中で解いていくわたしの側には、いつの間にかピピンも加わってて、黙々と作業する姿があった。可愛らしい印象の桃色の髪にそぐわず、その表情は険しい。

 ビエンド渓谷でアザーに故郷を襲われたと話していたのを思い出す。暴走を収めても、彼女の瞳には色濃く憎しみがこびり付いて見えた。


「……何?」


 ふいにピピンの視線が向く。バッチリ合うと何でもないとは言えず、かといって故郷の話をするのも不躾な気がして、結局当たり障りのない話題にした。


「戦ってたんでしょう。大丈夫? 疲れてない?」

「平気よ。アザーを倒すとかえって元気が出るわ。エイコこそ、その格好……旅行者じゃなかったの?」


 逆に痛いところを突かれて面食らう。

 ど、どうしよう……何て答えたら。

 焦る頭では咄嗟に思い付かず、不自然な間が流れてしまって。冷や汗が流れる思いでいたところ、ピピンが少しだけ笑い空気が緩んだ。

 その笑みにどこか既視感を覚えて、彼女が続けた言葉にその感覚はパッと思考から飛ぶ。


「そんなに追い詰められた顔しなくても大丈夫よ。何でも話せなんて思ってないから」


 気を……遣わせてしまった。しかもこんなに幼い子に。


「ごめん、ね……ありがとう」

「何で謝るの? お礼もいらないわ。お互いさまでしょ。それより、早く荷解きを終わらせましょうよ。アザーのせいで傷付いた人々を早く助けなきゃ」

「うん…そうだね。バウシュカの早さに負けないよう頑張らないと!」

「そうよ」


 ピピンがこんなに大人びていたなんて。でもそれはきっと、アザーに苦しめられた過去が彼女をそうさせたんだ。


(強くならなくちゃ、いけなかった)


 たくさんの痛みと引き換えに手にした、哀しい強さ、なのかもしれない。

 自立した彼女を頼もしく、見習うべきと感じる一方で。胸の痛みを覚えるならーーわたしも強くならなくてはいけない。星の記憶にある暴走が起きて、これ以上彼女のように悲しい思いをする子供が増えないために。


(みんな頑張ってるんだ。アザーの脅威に怯えながら、それでも助け合って……)


 救護に忙殺される現場は大変だけど……使命感は高まるばかり。

 仲間のみんなが側にいなくても、わたしは夢中で頑張っていた。異世界から来た人間だなんてことーーすっかり忘れ去って。ただ<現在(いま)>を必死に生きていた。




「よく頑張ったな、エイコ」


 その一声、たった一声で疲れに澱んでいたわたしの心は澄み渡ってしまう。もう長いこと離れていたような心地だった。

 痛みを訴える手を眺めていたわたしを覗き込む顔に、ついつい浮き立つ。


「ウラヌス……! お疲れさま。ウラヌスこそたくさん治癒術を掛けて、大変だったでしょう」

「いや……全く君の助けに回ってやれなくてすまなかった。どうだった? 辛い思いはしなかったか?」


 そう案じてくれながら、彼はわたしの両手を取る。何をしようとしているか瞬時に察して、引っ込めようとした。だけど間に合わなくて。


「痛かっただろう」


 ーー彼を癒せる人はここに、彼しかいないのに。

 ウラヌスの心のような光に包まれて、手の痛みはすっかり引いてしまった。だけどわたしの胸は締め付けられるような苦しみを訴え出す。


(頑張ったのはあなたの方。疲れたのもあなたの方。わたしの大したことない痛みを……優先しないでよ)


 お礼と、抗議。どちらを先に言おうか迷うわたしの目の前で、ふとウラヌスの身体がふらついた。


「ウラヌス? …ウラヌス!!」


 そのままこっちへ倒れ込んできたのを気合いで抱き留める。もちろん、彼が倒れる寸前で踏ん張ってくれたおかげだ。


「…っ、すまない。少し……疲れただけだ」

「そ、そうだよね! 待ってて、今みんなをーー」


 呼んできて、宿へ運んでもらおうとした。だけど離れようとしたわたしの手は引かれ、その場に留められる。

 ウラヌスの顔にはさっきまで隠されていた疲労が滲んでいた。


「行かなくて良い。ここに……いてくれないか」


 珍しい、気弱な声に一瞬にして離れる気が失せた。彼がそう望むなら、叶える以上に優先するものなんて……ない。

 でも休息は必要だ。とにかく腰を下ろすのを促すと、彼は隣に座ったわたしの膝へ頭を預けてきた。


「!?」


 こ、こんな所で!

 羞恥に声を上げそうになった。だけどウラヌスが酷く疲れた顔で目蓋を閉じていたから、悲鳴は飲み込む。

 代わりにそっと、なめらかな白銀髪を撫でた。


「……疲れた、ね。頑張ったね。ウラヌス」


 こんなになるまで力を使って。たった一言<もう無理だ>って言えば誰も無理強いは出来なかっただろうに。

 まるで幼子みたいに無防備な表情で。彼が微かに笑ったから。

 仲間が来るまでずっと、好きにさせてあげていた。

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