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星聖エステレア皇国  作者:
バハル自治区編
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第54話 闘志を交える

 湿原を出て、一度港で船の様子をうかがうことにしたわたし達は信じられないものを目にする。


「なんで……うそでしょ……?」


 先日片付いたばかりのはずのアザー暴走。それが今、再び起きて地上を覆い尽くしていた。


「あり得ない。この短期間で、しかも先日とそう変わらぬ場所じゃないか……」


 混戦する場を愕然と見つめるウラヌス。暴走は前回から規模を増して、まだ態勢を立て直せていなかっただろう自警団の惨状は見るに耐えないものがあった。

 アザーの波に呑まれていく人々にわたしは呆然として。その両側から武器を取り出す音が聞こえた直後、迷いなく駆け抜けていくみんなの背中が目に映った。


「エイコ、こちらへ。邪教の姿はありませんわ。木に隠れていましょう」


 シゼルがわたしの肩を抱いて安全な所へ連れて行こうとしてくれる。


「でも、シゼル…! こんなの、どれだけの人が死んじゃうか……! わ、わたし……」

「いけませんわ」


 言おうとした言葉は、彼女にしては珍しい断固とした声色に遮られた。縋る想いで見たシゼルは首を振る。何としても……星詠みの力は使うなと言われていた。


「救えるかもしれないのに……!!」


 ああ、歯痒さに息が詰まりそう。

 救える可能性がある命が目の前にたくさんあるのに、こんな時にさえわたしは隠れていなければならないの。

 でも、他国へ素性が知れる程にウラヌス達へ迷惑を掛けるのも分かっていた。それはエステレアへ、あるいは世界にまで損失を与えかねない。


「……そうね、私達、貴方に酷なことを強いていますわ。けれど耐えてください。たとえたくさんの人々を亡くそうと、貴方を失う訳にはいきませんの。それは世界さえ失いかねないと……分かっておられますわね」

「……」

「生きなければなりませんのよ、エイコ」


 みっともなく八つ当たりをしたわたしに、シゼルは凛然と、でも柔らかに諭してくれた。


「……ごめんなさい」


 大局を見なければならないのに、目の前に囚われてばかり。でもその気持ちを失くしたら、わたしは人としての大切なものまで失う気がする。


「ご安心くださいな。貴方が出来ないことは、私達が果たしてみせますわ。あの殿方達がお強いこと、エイコもご存知でしょう?」

「シゼル……」

「必ず貴方のお力が必要になる時がきますわ。そうしたら、どうか私達をお救いください」

「……うん。ありがとう」


 甘やかすわけじゃない、わたしの背筋を伸ばしてくれる彼女らしい言葉だ。二人で微笑み合って、戦いの行方を見守ろうとする。でもそれは叶わなかった。


「エイコ!」


 シゼルの切羽詰まった声と共に抱えられ、木陰から飛び退いた。あまり突然のことで、何が起きたのかと瞠目するわたしの後ろで金属の擦れ合う音が聞こえる。

 振り向いたすぐ目の前にシゼルの背中。彼女と武器を交えているのはラグマだった。


「こんな所まで来ましたの。迷惑ですわ。その執念、他にお使いなさいな」

「主人の命令なんでな。ケヘヘ……女が二人。油断したナァ」

「していませんわ」


 やけに自信のある様子で冷たく言い放ったシゼル。

 どういうこと?

 わたしの頭の中へ戸惑いが生まれた時、ラグマへ眩い光の柱が落ちた。


「!?」


 今のはーーウラヌス!?

 戦場をうかがうと、少し外れた場所に立つ彼が腕を掲げていた。前髪の影が落ちて表情は見えない。ただ、いやに不穏さを感じる静けさでウラヌスは立ち尽くしている。


「さ、エイコ! 走って!」

「う、うん!」


 シゼルに促されるままに彼のもとへ行く。第二弾の星術を放とうとしているウラヌスの背へ回り込むと、忌々しげな言葉が低くぼそぼそと並べ立てられた。


「いつもいつもいつも……邪魔な羽虫共。いつまでエイコの周りを飛び交うのだ?」


 こ、こわいウラヌスが出てる……。


「走れ紫電! 焦がし尽くせ!!」


 重々しい轟きと共に、稲妻が木々へ落ちる。背後の喧騒にも負けない轟音だった。

 でも木の陰から飛び出してきた、あの三人。


「ちっ……外したか。木が邪魔だな」


 ウラヌスへ真っ直ぐ駆けてくるのはローダー皇子。彼を迎えるウラヌスは構えを取り、白刃と黒刃、ついに交わった二人の剣。


「人頼りはやめたのか?」

「安い挑発には乗らぬぞ」

「喜んでいるのさ。……ようやく君を屠れる!」


 ウラヌスは高揚した様子で、剣を流して再び斬り込んだ。

 鎬を削る二人。その向こうでラグマとリビウスを相手取るシゼルは、徐々に戦場へ誘導しているようだった。

 あっちに行けばみんながいる。アザーっていう邪魔が入るし、お互い狙い討ちするのは難しくなるだろうけど、この状況では戦場を抜けるのも避けたい。ついでにアザーを一掃出来れば良し、アザーが彼らを倒してくれたらなお良し。

 ……多分、そんなつもりだと思う。

 

(でも、この二人は……)


 ウラヌスとローダー皇子は外れた場所でたった二人、戦っている。邪魔の入らないここでーー決着をつけるつもりなんだ。


「しつこい男だな、君も。おれの恋人に何の用があるというんだ」

「恋人だと……? それは貴様のものではない。私こそが先に出逢った。拐かしめ。危険な旅に連れ回して、いい加減に返してもらおう!」

「エイコは君に怯えているが? どうも君は強引が過ぎる」

「フン…貴様は怯えさせたことがないとでも言うのか」


 挑発的なローダー皇子の一言。無意識に、少しこわかったウラヌスの姿が思い起こされて。一気に表情を失くした目の前の彼と被って見えた。


「……どこの誰とも知れぬが、気の毒に。アザーの暴走に巻き込まれ、不幸にも命を落とすとは」


 激しい斬り合いの中、ローブが脱げたローダー皇子へウラヌスが言った。これまでずっと、どちらかが隠していた顔はもはやあらわになって。一国の皇子同士は見知らぬ他人として、ここに在ることを決めたようだった。


「何故だ……何故その男の後ろに隠れる!? エイコ!!」

「ぁ……」


 鋭い光を放つエメラルドがわたしを睨む。身がすくんで、両手を握り込んだ。

 間にウラヌスの背中が入り込みローダー皇子は見えなくなる。


「もう何もかも、君には関係のないことだ」

「私はその娘と話している!」

「話だと……? 一方的な、詰問に思えるがな!!」


 ぶつかる闘志。わたしのことで争ってるのに、どうして良いか分からなくて立ち尽くすしかなかった。あまりの剣幕にウラヌスに加勢する言葉さえ思いつかない。

 気持ちばかりが逸るわたしの後ろから、地を駆ける重い音が迫ってくるのを捉えて振り返った。

 人を襲う夜色の生き物。

 不気味な闇が……わたしを呑み込まんとすぐ目前に迫っている。

 

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