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星聖エステレア皇国  作者:
バハル自治区編
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第51話 灰色の世界で色を追って

 薄暗い沼地を進み続けてしばらく。わたし達はアザーが一体もいないことに気付いた。


「以前は少数ながらもいたのですが……」


 ノーヴまでもが首を傾げて不思議がっている。


「初めからアザーがいない場所はありますけど、途中から消えるなんて聞いたことがありませんわ」

「途中から棲みつくってのはあるけどねぇ。ズェリーザ廃坑みたいにさ」


 シゼルとオージェの話にみんなが同意した。そこで先導してくれていたノーヴが足元を指す。


「おや、そこに蛇の巣穴があります。皆様お気を付けて」


 彼が少し横に逸れたのにみんなも倣う。巣穴側をウラヌスが歩いてくれて、わたしも注意を払いながら巣を通り越した。

 どろどろの部分が多い地面は歩きにくい。踏む度にべちゃりと靴へこびり付く泥を持ち上げるのは、地味に力が必要だった。


「疲れたか?」


 心配そうに覗き込んでくれるウラヌス。大丈夫だって返すと、彼は問いを重ねてきた。


「抱っこするか?」

「だっこ…わ!? 大丈夫だから!!」


 わたしが思考を吹き飛ばしている隙に抱き上げられそうになったので慌てて拒む。冒険服とはいえ、わざわざ泥で汚すのは気が引けた。良く似合ってるのに勿体ない。

 でもウラヌスは謎に引かなかった。


「だが……泥を持ち上げる足がいつも重そうだ。可哀想でならない」


 ずっと見てたの?


「ウ…ウラヌスの服が汚れちゃうでしょ。わたしの靴で。大丈夫だよ、まだ疲れてないから」


 足元を一味違う視点から見ていたウラヌスを宥める。助けを期待して、ちらりとみんなをうかがうと頑なに足元へ注意を払っていた。振り返ろうとしてくれたルジーはオージェに頭を戻された。

 さっきまできょろきょろ色んな所を見てたのに!

 なんとも言えない気持ちが湧いたところで、ウラヌスの手がわたしの顔を包み込んだ。彼以外何も見えなくなった。


「おれを気にしてくれるのか。優しいなぁ、君は」


 嬉しそうな表情は可愛くてきゅんとするけれど、手の力からは微かな圧を感じる。


「お……遅れちゃうよ。行こ…ね?」

「そうだな」


 良かった……納得してくれた。

 ほっと息を吐いて前へ向き直る。例の泥人形が目前に在った。


「きゃああ!?」


 さっきまでなかったよね!?

 思わずウラヌスに抱き付くとそのまま抱き上げられた。


「おや…申し訳ない。低木が邪魔で泥人形が見えなかったもので、刈ったのですが……」


 しっかり見る必要ある?

 わたしの疑問は動揺で呑み込まれた。




「これで三体目の泥人形だな。は〜全部ポーズが違うぜ。上手いもんだなぁ!」


 感心の声を上げるルジー。沼地を進み続け、泥人形も三体目となると、もはやその感想は芸術作品に対するものへとなっていた。


「ちょっと溶けたところが、不気味さを煽って味を出してるぜ!」


 ルジーの感想はとまらない。

 彼の言う通り泥人形の表面は少し溶けていた。まるで皮膚が垂れたみたいな質感が生々しい。

 人形は全て同じ方角を見ていて、その顔に嵌まる二つの硝子玉こそもっとも目を引いた。


「造形そのものは全体的にざっくりとしていますのに、目にはこだわりがあるようですわね」


 シゼルの言うように作り自体は輪郭を大まかに捉えたもの。だからこそ、綺麗な硝子玉が余計に印象的だった。


「……雨だな」


 ぽつりと呟いたウラヌスに空を見上げる。すると頬に冷たい滴が落ちた。

 それを皮切りに、雨粒は一気に量を増して地上を濡らし尽くそうとする。慌ててフードを被るわたし達の前で、泥人形が急速に形を失っていった。


「あ〜あ、崩れちまった……」


 惜しむようなルジーの声。

 重く滑り落ちる泥はまるで心残りでもあるように、溶けることを拒んでいるかのように見えた。硝子玉はまだ世界を映している。

 けれど、やがてはそれも覆われ、全てはただの泥と化していく。そうして灰色の番人は……大地へと還ってしまった。


「……何だ? これは……」


 何かに気付いたノーヴが泥濘の中から小さな物を拾い上げる。べっとりとした暗色の中に紛れる、金色が垣間見えた。

 雨粒が泥を洗い流しその正体をあらわにする。


「ロケットペンダント……ですな。この加工は昔エレヅ庶民の間で流行した物です」

「オレ知らないぜ」

「主にバディオンでの流行でしたからね。ルジーの故郷とは間反対ですから、知らないのも無理はないでしょう」

 

 ノーヴはペンダントを開く。みんなが順番に中を見ては、思い当たるものはない様子で身を引いていった。


(何の写真だろう)


 想像を巡らせながらわたしも覗く。でもそこに嵌まっていたのは写真ではなく、多分縮小された絵だった。

 桃色の髪の女性と……同じ髪色の赤ちゃんがおくるみに包まれて、大事そうに抱かれている。目元が柔らかに垂れた穏やかそうな女性だった。


「綺麗な人……」


 思わず漏れた声。ノーヴは不思議そうに顎へ手を添える。


「さて、どなたでしょう? ……おそらく知人の私物と思われますが、所帯を持った話は聞いたことがありません」

「エレヅ人……だねぇ。その知人、エレヅ人?」

「ええ」

「じゃ親兄妹とかは?」

救済地区(サラーサ)孤児の、バハル自治区への移住者と聞いておりますが」


 オージェにそう答えてノーヴはペンダントを閉じると、胸元へしまい込んだ。

 そこで周囲をうかがっていたウラヌスが話題を変える。


「ま、先を急ぐか。雨宿り出来そうな場所もなし。このままでは…また仲良く風邪っぴきだ」

「そうですね」


 雨音は激しくなるばかり。泥人形の名残りはすっかり跡形もなくなってしまった。それを眺めていると、ウラヌスがわたしのフードを深く被せ直して、滴が体温を奪うのを避けてくれる。

 その隙間から見上げたかんばせの柔さに、優しいのは彼の方だと思った。


(もうウラヌスが苦しそうなのは、嫌だなぁ)


 彼の憂いを取り除いてあげたい。早く。

 泥人形もペンダントも気になるけれど、とにかくアザー崇拝教の情報が何か掴めると良い。そしてわたしが視たものの意味も判明させなくては。

 やがて見えてきた屋敷、その孤独な佇まいを前に目を細めた。


(……こんな寂しい場所に二人きり……。こうしなきゃいけない程の、何かがあったんだ)


 まだわたしはアザーのおそろしさを、しらない。

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